第151回:レーシングマシンの戦いは次世代へ受け継がれる
『カーズ クロスロード』
2017.07.14
読んでますカー、観てますカー
第1作の世界観に戻った物語
佐藤琢磨がインディ500初優勝を果たした。日本人初の快挙で、実にめでたい。偉業のわりには国内での盛り上がりが今ひとつなのは寂しいが、アメリカのレースになじみが薄いということなのだろう。インディアナポリス・モーター・スピードウェイに詰めかけた30万人以上の観客が熱狂する祝祭感は、テレビ映像では伝わらない。
日本で『カーズ』の興行収入が思ったほど伸びなかったのも、同じ理由だと考えられる。フォーミュラカーのインディとは違って『カーズ』の舞台はストックカーレースのNASCARだが、オーバルコースで行われるのは同じだ。最近では、インディの方はロードコースでも競われるようになったが、ひのき舞台はやはりオーバル。アメリカ人の大好物である。モンスターマシンが超高速バトルを繰り広げ、観客席からはレースの全体が見渡せる。ビールをがぶ飲みしながらひいきのチームを応援するのが、彼らにとってはこの上ない楽しみなのだ。
『カーズ クロスロード』は、シリーズ第3作である。ただ、前作の『カーズ2』と直接につながったストーリーにはなっていない。『2』は新機軸を出そうとして話を広げすぎたきらいがある。石油をめぐる世界的な陰謀を企てる悪の組織と戦うというアクション要素の強い展開には違和感があった。サーキットでスピードを競うことに焦点を絞ることで第1作の世界観に立ち戻った『クロスロード』は、実質的にはリブートといえる。
『カーズ』は、新人レーシングマシンのライトニング・マックィーンが、レジェンドであるハドソン・ホーネットの指導で成長していく物語である。公開された2006年には、佐藤琢磨がスーパーアグリでF1を走っていた。
LEDヘッドライトで表情が変わる
11年も経過しているから、新人だったマックィーンはベテランになっている。「ピストン・カップ」で5度の優勝を飾ったスターなのだ。順調に勝利を重ねていたが、新世代が着実に力を伸ばしてきた。最も注目されている新星がジャクソン・ストーム。彼は驚異的な速さを持ち、マックィーンは勝てなくなってしまう。焦った末、シーズン最後のレースで大クラッシュを起こしてしまった。
マックィーンと同世代の仲間たちの中には、引退に追い込まれる者もいた。新人たちは上の世代を過去の遺物扱いし、圧倒的なスピードでレースを席巻する。ストームにとっては、過去のチャンピオンも盛りを過ぎた老いぼれなのだ。マックィーンもかつて自己中で生意気なルーキーだったのだから文句は言えない。
新世代と旧世代はかんたんに見分けがつく。旧世代が柔らかな丸みを帯びたボディーなのに対し、新世代は鋭いエッジを持ったシャープな形状だ。もっとわかりやすいのが、ヘッドライトである。マックィーンの時代に使われていたのはHIDランプだが、新世代はみんなLEDなのだ。2007年頃から採用が始まったLEDヘッドライトは、自動車デザインの自由度を飛躍的に高めた。かつては丸か四角かの違いしかなかったのに、バリエーションが大幅に広がったのだ。
ヘッドライトはよく人間の目にたとえられるが、『カーズ』のクルマたちの目はフロントウィンドウにある。それでもヘッドライトの違いによって、明らかに表情が異なるのだ。ストームのヘッドライトは2つの鋭角を持つタテに細長い形で、いかにも先進的なマシンという印象を与える。マックィーンの控えめなヘッドライトは、どこか牧歌的に見えてしまう。
『ロッキー4/炎の友情』のような展開?
レーシングマシンは映画のために作られたオリジナルだが、実在のクルマをモデルにしたキャラクターも登場する。マックィーンの“恋人”サリーは、「ポルシェ911(996)」だ。当時は斬新だった涙目も、今見るとちょっと懐かしさを感じる。マックィーンの本拠地ラジエーター・スプリングスに住むピットクルーのルイジは、「フィアット500」がモデルだから当然丸目だ。
失意のマックィーンは仲間たちのもとに戻り、再起を期してトレーニングを始める。彼をサポートするのは、最新の機器を使って理論的にプログラムを進める若い女性トレーナーのクルーズ・ラミレスだ。しかし、彼女の経験が浅いこともあって、なかなか成果が上がらない。
ライバルとなったストームは、徹底的なデータ分析でシミュレーションを行い、効率を上げることに注力する。デジタルな手法で必勝パターンを追求し、パーフェクトな戦略を築き上げるのだ。マックィーンは、逆の道を行く。リアルな走りを磨き上げるため、ビーチで走り込みを重ねる。泥の中での格闘戦のような草レースにも出場し、戦う感覚を取り戻していく。
この展開で誰もが思い起こすのが、『ロッキー4/炎の友情』だろう。第1作で戦った後に親友となったアポロがソ連のイワン・ドラゴとの戦いで命を落とし、ロッキーがリベンジに立ち上がった。イワンは政府が用意した最新の施設で科学的なトレーニングを行うが、ロッキーは大自然の中で体を鍛え上げる。雪の中で丸太をかつぎ、犬の代わりになって四つんばいでソリを引いた。効率の悪そうな泥くさいやり方が、実戦で役に立つ能力を高めるのだ。
『ロッキー』シリーズはその後も続編が作られ、2015年にはアポロの息子がリングで戦う『クリード チャンプを継ぐ男』が公開された。『カーズ』の物語も、次世代へと引き継がれていくのかもしれない。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。