ロールス・ロイス・レイス ブラックバッジ(FR/8AT)
究極の究極 2018.01.26 試乗記 ブラック基調のドレスアップやスポーティーなチューニングを特徴とする、ロールス・ロイスの2ドアクーペ「レイス ブラックバッジ」に試乗。メーカー自ら「ロールス・ロイスブランドのダークな側面を強調した」とアピールする、走りの質を報告する。いま風のロールス・ロイス
朝の清冽(せいれつ)な空気のなか、クジラのごとき巨体を持つ真っ黒けのクーペがいつの間にか出現していた。車名のwraithとは、英語で「(人の死の直前に他人に見えるという)生霊(いきりょう)、死霊、亡霊、幽霊」のことだという。「やせ細った人」という意味もあるみたいだけれど、この場合は当てはまらない。
黒いボディーには赤いコーチラインが入っていて、筆者は即座に徳大寺有恒さんが乗っておられた「コーニッシュ」を思い出した。つまりこれは伝統的な組み合わせとして昔からある、ということである、たぶん。「昔」っていつのこと? という質問に対してお答えできるほど筆者の知識は十分ではないのでなんですけれども、徳大寺さんのコーニッシュ、内装もたしか黒で、もちろんウッドパネルが貼ってあって、ダッシュボードの上に小さなバラのつぼみが一輪さりげなく置いてあった。そういうキザが誠に似合うクルマだった。
目の前のレイスは、2016年3月のジュネーブショーで正式デビューを飾ったブラックバッジと呼ばれる高性能版である。4ドアサルーンの「ゴースト」と同時に発表され、コンバーチブルの「ドーン」にものちに追加されたブラックバッジは、パワートレインを強化し、足まわりを見直すという高性能モデルの王道を踏まえつつ、内外装にダークな味付けを加えたところがこんにち的なわけである。『スター・ウォーズ』のダース・ベイダーとか、欧米で人気の吸血鬼モノとか、あるいはヒップホップとか、いまの文化状況を反映している、といえるかもしれない。
クールでいながらゴージャス
1906年の創業以来、富と権力のシンボルであり続けてきたロールス・ロイスのつくり手側が、フォースの暗黒面ならぬ自社ブランドの暗黒面について自覚的だったというところが興味深いわけだけれど、それをまたビジネスのタネに使おうというのだから大胆不敵と申しますか、誠にタフな戦略、タフな神経と評すべきだろう。もっとも、自分ちのクルマが悪いことをした意識はないでしょうけれど。
というようなことはともかくとして、できあがったものは実にクールである。日本語でいえば、カッコイイ。上品なシルバーから「高光沢ブラックの妖婦」に変わったスピリット・オブ・エクスタシーを見よ。「シルバーの地に黒いRRの文字」のバッジは反転され、黒地にシルバー文字でRRと入る。これこそブラックバッジの由来だ。クロームで輝くべきパルテノングリル、トランクリッドのフィニッシャー、それにエキゾーストパイプなどもダークに塗りつぶされている(塗っているわけではないかも、ですけれど)。足元を引き締める21インチの巨大なホイールは開発に4年を費やしたというカーボンコンポジット製で、もしかして超軽量かもしれない。
ドアを開けると、内装は鮮烈な赤と黒。コーチラインの赤よりは薄い、朱色のような赤のレザーシートと内張りにドキッとする。またこのレザーがソフトで触ると気持ちイイ。
眼前のダッシュボードには古典的なウッドの代わりに、キラキラと輝くパネルが使われている。ステルス戦闘機の表面に使われている、0.014mmという超細いアルミの糸を織り込んだカーボンコンボジット製だそうで、レーダーに映らないのだったら、ネズミ捕り対策としてボディーの外側、グリルに使ったらどうなのでしょうか、と思ったりする。
天井には「スターライト・ヘッドライナー」という、夜空を模した数百の(たぶん)小さなLEDが朝だというのに瞬いている。シートは大ぶりでかけ心地がよく、お金持ちになった気分がジワ~ッと湧いてくる。現代のクルマとしては細身のステアリングを握ると、他人のものであることは明白なのに、なんだかいとおしくなってくるのが自動車という乗り物の不思議なところだ。
フツウのレイスとは違う
スターターボタンを押して、6.6リッターV12直噴ツインターボを目覚めさせる。これから伊豆に向かうのである。アクセルペダルを踏んで走り始めた途端、オオッ、これは! と驚嘆する。
フツウのレイスに乗ったのはずいぶん前だけれど、それでも記憶に残っている。あれとはもう、アクセルの食いつきが違う。間髪入れずに右足に反応する。クジラのごとき巨体を感じさせない。さらに右足に力を込めると、2次曲線的に加速する。トルクがブワーッとあふれ始める。おまけに、ロールス・ロイスとしては異例なことに、後方からデデデデデデッというエンジンの排気音が聞こえてくる。そう派手ではない。いまとなってはメモには残っているけれど、記憶には残っていない。
レイスの最高出力、ロールス・ロイス史上最強を誇る632psはそのままながら、最大トルクは70Nmも強化されている。70Nmというと、わが家の「ホンダN-ONE」の自然吸気0.66リッター3気筒の65Nmが1個余分についた、ということである。ウチのだけでだと5Nm足りない。870Nmという最大トルクを、1500rpmという低回転からつむぎ出す(なお、現在のノーマルのレイスは800Nmから820Nmに強化されているので、その差は50Nmに狭まっている)。
併せて、8段ATのプログラムも見直されている。いわく、スロットル開度が25%以上になると、性格を変える。ギアのホールド時間が長くなり、ギアによって、最大500rpm、シフトが遅くなる。より引っ張る、ということでしょう。スロットル開度が80%以上になると、各ギアで常に6000rpmまでV12を回し切る。大トルクに耐えるべく、新しいドライブシャフトが採用されてもいる。0-100km/h加速はフツウのレイスの4.6秒からコンマ1秒速くなっている。
峠では技量が問われる
エアサスペンションのセットアップは再設計されている。とはいえ、基本的には彼らが「マジック・カーペット・ライド」、魔法のじゅうたんの乗り心地と表現するフワフワ感は維持している。ごく軽いステアリングに手を添えてアクセルを全開にすると、アドレナリンが噴出する。
矢のような直進性はない。そのかわり、前255/40、後ろ285/35というスーパーカーサイズのタイヤにもかかわらず、西湘バイパスの悪名高き目地段差ですら、苦もなくこなす。文字通りタンタンと通過する。それはもうすばらしい乗り心地で、実はこのあと国産最高級車の試乗会に行ったのだけれど、そのクルマにとっては不幸な偶然であった。世の中、上には上があるのだ。
いわゆるハンドリングもすぐれている。車検証によると車重は2430kgもあるけれど、前荷重1230kg、後ろ1200kgと前後重量配分はほとんど50:50。重たいV12を搭載しているのにじつにスムーズに鼻先が入る。
乗り心地がフワフワだから、姿勢を制御するのはむずかしい。ターンパイクのようなRの大きなコーナーの連続であれば、ワルツを踊るようにエレガントに走ることができる。伊豆スカイラインぐらいになると、ボディーがでっかいこともあって、タンゴの名手じゃないと無理。巨体ゆえブレーキの利きもアクセルほどには思うにまかせない。
それを乗りこなしてこそ、である。自動車というのはいつだってドライバーの技量が問われている。まして、ジェントルマンの乗り物であるロールスともなればなおさら。それもダークサイドのプリンスともなればなおいっそう。大いに挑みがいがある。というか、別に飛ばさなくてもいいというか……。
そんなレイスのブラックバッジ、価格はフツウのレイスの3560万円に対して4099万円と、500万円以上お高いわけである。ま、近頃出現しているという「億りびと」のかただったら、たいした相違ではないのではあるまいか。1金貨も持ってませんけど、私がビットコイン長者だったら、こちらを選ぶ。ロールス・ロイスの暗黒面。May the Force be with you.
(文=今尾直樹/写真=田村 弥/編集=関 顕也)
テスト車のデータ
ロールス・ロイス・レイス ブラックバッジ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=5280×1945×1505mm
ホイールベース:3110mm
車重:2430kg
駆動方式:FR
エンジン:6.6リッターV12 DOHC 48バルブ ツインターボ
トランスミッション:8段AT
最高出力:632ps(465kW)/5600rpm
最大トルク:88.7kgm(870Nm)/1700-4500rpm
タイヤ:(前)255/40R21 102Y/(後)285/35R21 105Y(コンチネンタル・コンチスポーツコンタクト5)
燃費:14.6リッター/100km(約6.8km/リッター、欧州複合モード)
価格:4099万円/テスト車=4571万4000円
オプション装備:ボディーカラー<ダイヤモンドブラック>/シングルコーチライン/全席RRモノグラム付きヘッドレスト/インストゥルメントパネル ステッチ/ブラック・アウター2トーン・ステアリングホイール/スターライト・ヘッドライナー/コンフォートエントリーシステム/リアプライバシーガラス/レザーマット/日本仕様ドライバーアシスタンス/ロールス・ロイス ビスポークオーディオ/ビスポーク・インテリア モジュールエディティング/ブラックサイドフレームフィニッシャー
テスト車の年式:2017年型
テスト開始時の走行距離:5335km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(1)/高速道路(8)/山岳路(1)
テスト距離:286.4km
使用燃料:51.2リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:5.6km/リッター(満タン法)/5.7km/リッター(車載燃費計計測値)

今尾 直樹
1960年岐阜県生まれ。1983年秋、就職活動中にCG誌で、「新雑誌創刊につき編集部員募集」を知り、郵送では間に合わなかったため、締め切り日に水道橋にあった二玄社まで履歴書を持参する。筆記試験の会場は忘れたけれど、監督官のひとりが下野康史さんで、もうひとりの見知らぬひとが鈴木正文さんだった。合格通知が届いたのは11月23日勤労感謝の日。あれからはや幾年。少年老い易く学成り難し。つづく。