ロールス・ロイス・レイス(FR/8AT)
夢のクルマ 2014.12.19 試乗記 ロールス・ロイスの2ドアクーペ「レイス」に試乗。歴史ある高級車メーカーが現代に送り出す、“ドライバーズカー”の運転感覚や乗り心地を報告する。よみがえる「美」
11月も終わりに近づいた某日の朝、『webCG』編集部の駐車場に到着すると、レイスの撮影はすでに始まっていた。「トヨタ・サクシード/プロボックス」が似合う、簡素なビルの1階駐車場の一角がさながら小さな宮殿になって輝いていた。パルテノングリルの上のスピリット・オブ・エクスタシーが半透明で、根元が青白く発光していた。まるでアールヌーボーのエミール・ガレの作品のように、耽美(たんび)的なムードを醸し出している。オプションの「イルミネーテッド(発光)・スピリット・オブ・エクスタシー」を筆者は初めて見た。
ロールス・ロイス・レイスは、全長5280mm、全幅1945mm、全高1505mmという巨体だけれど、完璧なプロポーションが巨体を巨体に見せない。なんとなく「サンダーバード2号」を思わせるファストバックスタイルは1950~60年代のGTを現代によみがえらせたものだ。
「『ランチア・アウレリア』『マゼラーティA6G』『アストン・マーティンDB4/DB5』……たくさんの美しいクラシックカーがファストバックです。クーペにとって自然なライン。セダンのショートホイールベース版で、小さなブーツ(イギリス英語でトランクのこと)で、強いキャラクターとクリーンなプロファイルを持っている。これこそ2ドアのフィールです」
2013年初夏、彼らの本拠地グッドウッドで開かれた試乗会で、チーフデザイナーのジャイルズ・テイラーさんがそんなことを言った。「ものすごくダイナミックで、よいハンドリング、よい旅行経験、実用性といった感覚を伝達することができる」と続けた。「コミュニケイティング・センス」という言葉をテイラーさんは使った。「強いドラマのセンスを求める人」向きの、「ユニークなロールス・ロイス」。それがレイスのデザインのキーワードであった。
ちなみにレイス(Wraith)とは、ロールス・ロイスで1938年に初めて使われた最も有名な車名のひとつであり、ほとんど感知できない力、貴重で、機敏、力強いなにか、大地に縛られない精神をほのめかしている。ご参考までに、手元の和英辞書には「(人の死の前後に現れる当人の)霊」とある。
そこかしこに特別感
ドアは、「ファントム クーペ」同様、後ろヒンジの、ロールス風にいえば「コーチドア」を採用している。フツウの2ドアのように、リアタイヤよりについ立ってしまうと、「あ、こっちから開くんか」というコントが演じられる。常識をひっくり返している。そこに興趣がある。蛇足ながら、「コーチ」とはこの場合、馬車の意である。
ドアを開けると純白の世界が広がる。清潔、始まり、純血、気分一新などを意味する白が内装色に選ばれていたからだ。ほんのりレザーの香りが漂う。革の質は当然最高級である。柔らかで、まるで人の体に触れているかのような弾力がある。だから、純白の世界といっても、「フローズン」ではない。少しも寒くないわ。
メーターや時計、スイッチ類のデザインはアールデコを模している。クラシックカーのヴィンティッジ(1919~30年)、ポスト・ヴィンティッジ(1931~42年)、すなわちイギリス人が最もよい自動車がとれた、と定義する時代と重なるデザイン様式が、現代風に解釈されて用いられている。大量生産に反旗を翻すデザインともいえる。
スターターボタンを押して6.6リッターV12ツインターボを目覚めさせ、おずおずと走りだす。ステアリングホイールは、「ゴースト」のそれより若干太くなっているけれど、低速では極めて軽い。
気分はもう超富裕層である。アラブの王族か現代のジェイ・ギャツビーでなければ味わうことのできない小宇宙の、数時間後の引っ越しが決まっているとはいえ、かりそめにもそこの住人に私はなった。
ルームミラーに映る後方視界が狭いのは、ファストバックスタイルゆえ致し方ない。駐車場での取り回しに苦労しそうだけれど、それは取り越し苦労というものである。なんとなれば、トップビュー、上から見た画像をカメラシステムが作り出してくれるからだ。
秘められた怪力とハイテク
乗り心地の第一印象はイギリスで乗ったときと変わらず、「フワフワ」というものである。
おそらく電子制御のエアサスペンションの設定がゴーストとは、特に低速域において異なっているに違いない。実は私、グッドウッドでの試乗会で、しつこくそのことを現地のエンジニアに聞いたのだけれど、「足まわりの設定はゴーストよりハードである」という答えしか得られなかった。エンジニアの回答はともあれ、私の印象は東京で乗っても同じだった。コミュニケーション能力の不足を嘆くほかない。
私はこう独自に推測してみることにした。
レイスはベースのゴーストに比べて、リアトレッドが24mm幅広く、ホイールベースは183mm短い。そして車高は50mm低くなっている。その分、足まわりの初期の動きをフワフワにできた。しかし、速度を増すにつれて、複数のセンサーが入手した情報をもとにコンピューターが計算しまくり、2.5ミリセカンドごとにダンパーを変化させる。硬くなると、ゴーストよりハードになる……。
6.6リッターV12ツインターボは、ゴーストの最高出力570ps、最大トルク79.5kgm(780Nm)から、それぞれ632ps、81.6kgm(800Nm)にチューンされている。テスト車の車検証によれば、車重は2430kgもあるけれど、前後荷重は1230/1200kgと、ほぼ50:50の重量配分に仕立てられている。
それに加えて、サテライト・エイデッド・トランスミッション(SAT)という新技術が備わっている。私の場合、どこでどう作動しているのか感知できなかった、というのが正直なところだけれど、このSATがものすごく効いている、らしい。
BMWのF1チームで8年、エレクトロニクスに携わっていたシステムエンジニアが考案したこれは、文字通り衛星、つまりGPSで自らの位置を認知し、現在のドライビングスタイルを考慮して、ZF製の8段ATの適切なギアを自動的に選ぶ。ドライバーの次の動きを予測して待ち構えている。もとより圧倒的なパワー&トルクを持っている。だから、そもそも右足を深々と踏み込む必要がない。それをSATが助長し、いかなるときもエフォートレスに加速を得ることができる。
走りも非現実的
エフォートレス(effortless)とは、「努力を要しない」という意味である。ロールス・ロイスはこの言葉を伝統的に重視している。いまどきの2ドアのグラン・ツリズモでありながら、パドルシフトを備えていないのは、汗臭いことはロールス・ロイスには似合わない、と考えているからだ。
V12エンジンをもつ632psのスーパー・グラン・ツリズモは、ものすごく速い。あっという間に法定速度外の世界に連れ出そうとする。なにしろ、ガタイがデカイ。内側の空間は安寧(あんねい)でありながら、津波のような加速が押し寄せる。0-100km/h加速4.6秒というのは、「ポルシェ911カレラ」並みということだ。
たとえフルスロットルにしたところで、乱暴さはみじんもない。激しいキックダウンとか、無粋なマナーは一切見せない。スピリット・オブ・エクスタシーが着ているシルクのドレスのまま、全力疾走する。実は電子制御により完璧にコントロールされているわけだけれど、そういう感覚はみじんもない。
「夢のよう……」
という言葉が浮かんだ。もし、20インチの偏平タイヤが時折ショックを伝えてくれなければ、現実感というものがうせてしまうだろう。
ロールス・ロイスは、1906年の創業以来、世界の王侯貴族のためのクルマであり続けてきた。2003年にブランドの権利がBMWに渡った後も、その栄光にはいささかの陰りもない。それは結局のところ、いつの時代の人々も、世界最高の自動車、「ザ・ベスト・カー・イン・ザ・ワールド」を作りたい、と欲してきたからであるに違いない。
人間は結局のところ、自分がなりたいと考えている人になる。最近新聞で見た自己啓発本の広告にそうあった。本田圭祐選手も「ワールドカップで優勝しよう、と思っていないヤツが優勝できるはずがない」という意味のことを言っている。
であるとすれば、私、あるいは読者諸兄が考えるべきはこれしかないのであります。いつの日か、「究極の紳士のグラン・ツリズモ」を手に入れる!
(文=今尾直樹/写真=荒川正幸)
テスト車のデータ
ロールス・ロイス・レイス
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=5280×1945×1505mm
ホイールベース:3110mm
車重:2430kg
駆動方式:FR
エンジン:6.6リッターV12 DOHC 48バルブ ツインターボ
トランスミッション:8段AT
最高出力:632ps(465kW)/5600rpm
最大トルク:81.6kgm(800Nm)/1500-5500rpm
タイヤ:(前)255/45R20 101Y/(後)285/40R20 104Y(グッドイヤー・エフィシエントグリップ)
燃費:14.0リッター/100km(約7.1km/リッター、欧州複合モード)
価格:3333万円/テスト車=3932万7000円
オプション装備:スターライト・ヘッドライナー(142万6000円)/ドライバーアシスタントシステム<ナイトビジョン+レーンディパーチャーウォーニング+ストップ&ゴー機能付きアクティブクルーズコントロール+ヘッドアップディスプレイ>(133万円)/イルミネーテッド・スピリット・オブ・エクスタシー(78万9000円)/ビスポーク・オーディオ・システム(72万9000円)/シートパイピング(34万7000円)/ベンチレーションシート<前席>(29万円)/ウッドカラー<Tudor Oak>(26万8000円)/ステンレス・ポリッシュ・トレッド・プレート(25万円)/コーチライン<from standard palette>(15万1000円)/「RR」ヘッドレスト・モノグラム (12万円)/TVチューナー(11万3000円)/ボディーカラー同色のホイールセンター(10万1000円)/スピリット・オブ・エクスタシー象眼モニターカバー(8万3000円)
テスト車の年式:2014年型
テスト開始時の走行距離:2915km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(5)/高速道路(5)/山岳路(0)
テスト距離:126.1km
使用燃料:20.8リッター
参考燃費:6.1km/リッター(満タン法)/--km/リッター(車載燃費計計測値)

今尾 直樹
1960年岐阜県生まれ。1983年秋、就職活動中にCG誌で、「新雑誌創刊につき編集部員募集」を知り、郵送では間に合わなかったため、締め切り日に水道橋にあった二玄社まで履歴書を持参する。筆記試験の会場は忘れたけれど、監督官のひとりが下野康史さんで、もうひとりの見知らぬひとが鈴木正文さんだった。合格通知が届いたのは11月23日勤労感謝の日。あれからはや幾年。少年老い易く学成り難し。つづく。