第90回:「日本」は日本のメーカーにとっての足かせ
2018.05.15 カーマニア人間国宝への道“葬式に乗っていける”という価値観
「GT-R」についての考察を終えたところで、我々カーマニアのデザイン意識について、もう一度考えてみようじゃないか!
我々カーマニアは、自分の価値観が正しいと思ってる。そして、つまんないミニバンや、わけのわからないヘンなカッコのクルマ(例:「ジューク」)に乗ってる一般ユーザーを「武士は食わねど高楊枝(ようじ)」とばかりに見下している。
我々日本のカーマニアのデザイン意識は、グローバルな視点で見るとどうなのか? そして日本市場ってヤツは、やっぱり特殊なのだろうか? そのあたりを中村史郎氏にぶつけてみた。
清水(以下 清):日本人って、「こんなクルマ、葬式に乗っていけないよ」っていう価値観があったじゃないですか。30年くらい前まで。
中村(以下 中):よく言われてましたね。
清:その頃の“こんなクルマ”は、例えれば真っ赤なスポーツカーだったり、ちょっと斬新なデザインのクルマだったわけですけど、それを聞いて我々カーマニアは、「パンピーはやっぱダサイ」みたいに思ってた。クルマを葬式のために買うのかよ! って。
中:ハハハハハ。
清:それがいま、誰も言わなくなった。そして、ロボットアニメみたいなカッコのSUVや、超オラオラ顔のミニバンや軽ハイトワゴンとか、カーマニアが眉をひそめるハデなデザインのクルマに、一般ユーザーが喜んで乗ってますよね。葬式でひんしゅく買いそうなクルマに。
セダンを捨てた日本人
中:市場としては、海外よりも日本のカスタマーのほうが、新しいものを求めていると思います。
清:ですか!
中:たとえばセダン。日本だけですよ、これほどセダン市場が死んでしまったのは。アメリカだって、中国、ヨーロッパだって健在ですよ。セダンがこれほどまでに存在感を失った市場は日本だけでしょう。
清:つまり日本の一般ユーザーは、世界に先んじてセダンをすっぱり捨て、保守的なクルマ好きは主にドイツ製のセダンに逃げた。なぜでしょう?
中:日本はもともとクルマが好きな社会じゃないからでしょうね。
清:ですか!
中:だから、クラシックなクルマらしさから平気で離れていったんだと思います。その点アメリカやヨーロッパ、韓国や中国でも、社会がもっとクルマ好きだから、セダンやハッチバックみたいなオーソドックスなボディータイプが、まだ支持されているし、日本じゃイマイチ人気の出ないクロスオーバーSUVが世界中で大ブームです。ちなみに僕が一番好きなのは今でも4ドアセダンで、ずっと「スカイライン」に乗ってますけど。
清:史郎さん個人の嗜好(しこう)は、クラシックなんですね(笑)!
中:ジュークやGT-Rを作っておきながらなんですが、やっぱりセダンがないとね。GT-Rじゃ葬式に行けないじゃないですか(笑)。
清:ダハハハハハ!
中:でもね、僕はセダンやスポーツカーだけじゃなくて、ミニバンのデザインにも思い入れがあるんですよ。「セレナ」は3世代連続でやりましたが、ずっとデザインテーマを変えていない。
清:なんでモデルチェンジしたんだろう、と思うくらい変わってないですね。
セレナは“日本のゴルフ”
中:ミニバンはモデルチェンジごとにデザインテーマを変えるのが普通なんです。日産も、トヨタさんとかホンダさんも。やっぱりマーケットが変えろって要求するんですよ。
清:“変わらなきゃ”も変わらなきゃ。
中:でも、セレナは変わってない。サイドウィンドウのラインが同じだし、顔つきもテールランプもみんな一緒のテーマ。3世代にわたってあえて、変えてない。実はたやすいことではないです。「守ろう!」って言わなかったら変えちゃうから。僕はセレナのブランドを守ってかつ進歩させる、って決めたんです。日本の「ゴルフ」のつもりで作ってたんです。
清:そうなんですね! でもカーマニアはそもそもセレナに興味ないので……。
中:でも、ミニバンは日本の市場を代表するクルマだから、一貫したデザインポリシーがあってもいいはずですよね。
清:おっしゃる通りです。
中:ところで、日本で売れてるクルマの6割から7割は、軽自動車とミニバンです。
清:つまり、ほぼ国内専用モデルですね。
中:軽もミニバンも、グローバルスタンダードからすると、縦横のプロポーションが外れてる。
清:箪笥(たんす)が走ってるみたいです。
中:それと、普通の日本人って、タイヤサイズをあまり気にしないんですが、これは日本だけです。耐えられないほどタイヤが小さいけれど、そういうことに対して感度が低い。日本人は、クルマに対して独自の価値観を持っているから。
清:便利で広くて動けばいいんだ、という?
中:そういうことではなくて、自分たちにとって気持ちのいいカタチをしっかりと持ってる。たとえば、四角いのが好きとか。
清:四角いの、大好きですね。「アルファ155」とかも含め。
中:日本ってスゴイいんですよ。これだけグローバルからかけ離れた独自の国内市場が形成されていて、なおかつ日本の自動車メーカーは、海外の市場で世界ナンバー1、2、3を争ってるわけですから。そんな国は他にありません。みんな国内市場と海外市場で売ってるクルマは基本同じ。国内専用車種といってもいいモデルが販売ベスト10の上位を占めるのは、フルサイズピックアップが人気のアメリカと軽自動車が4割を占める日本ぐらいです。
清:世界に誇る奇観なんですね!
中:でもある意味、日本市場は日本のメーカーにとって、すごい足かせでもあるんですよ。
清:え? それは……。
中:もし日本市場のための独自の対応が必要なかったら、日本のメーカーはもっと楽勝だろうと思います。
(語り=清水草一、中村史郎/まとめ=清水草一/編集=大沢 遼)

清水 草一
お笑いフェラーリ文学である『そのフェラーリください!』(三推社/講談社)、『フェラーリを買ふということ』(ネコ・パブリッシング)などにとどまらず、日本でただ一人の高速道路ジャーナリストとして『首都高はなぜ渋滞するのか!?』(三推社/講談社)、『高速道路の謎』(扶桑社新書)といった著書も持つ。慶大卒後、編集者を経てフリーライター。最大の趣味は自動車の購入で、現在まで通算47台、うち11台がフェラーリ。本人いわく「『タモリ倶楽部』に首都高研究家として呼ばれたのが人生の金字塔」とのこと。
-
第320回:脳内デートカー 2025.10.6 清水草一の話題の連載。中高年カーマニアを中心になにかと話題の新型「ホンダ・プレリュード」に初試乗。ハイブリッドのスポーツクーペなんて、今どき誰が欲しがるのかと疑問であったが、令和に復活した元祖デートカーの印象やいかに。
-
第319回:かわいい奥さんを泣かせるな 2025.9.22 清水草一の話題の連載。夜の首都高で「BMW M235 xDriveグランクーペ」に試乗した。ビシッと安定したその走りは、いかにもな“BMWらしさ”に満ちていた。これはひょっとするとカーマニア憧れの「R32 GT-R」を超えている?
-
第318回:種の多様性 2025.9.8 清水草一の話題の連載。ステランティスが激推しするマイルドハイブリッドパワートレインが、フレンチクーペSUV「プジョー408」にも搭載された。夜の首都高で筋金入りのカーマニアは、イタフラ系MHEVの増殖に何を感じたのか。
-
第317回:「いつかはクラウン」はいつか 2025.8.25 清水草一の話題の連載。1955年に「トヨペット・クラウン」が誕生してから2025年で70周年を迎えた。16代目となる最新モデルはグローバルカーとなり、4タイプが出そろう。そんな日本を代表するモデルをカーマニアはどうみる?
-
第316回:本国より100万円安いんです 2025.8.11 清水草一の話題の連載。夜の首都高にマイルドハイブリッドシステムを搭載した「アルファ・ロメオ・ジュニア」で出撃した。かつて「155」と「147」を所有したカーマニアは、最新のイタリアンコンパクトSUVになにを感じた?