第8回:子供向けと侮るなかれ。実はエンスー映画なんです!? − 『カーズ2』
2011.07.26 読んでますカー、観てますカー第8回:子供向けと侮るなかれ。実はエンスー映画なんです!? 『カーズ2』
『トイ・ストーリー』監督のクルマ映画
女子供向け、なんて言葉はさすがに死語だろうが、それでもアニメに対して偏見を持っている人はまだまだ多い。たとえば昨年公開された『ヒックとドラゴン』がいかに素晴らしいかを話しても、半笑いで返されてしまうのがオチだ。少年の成長物語としても、3D映画としても一級品なのに、アニメというだけでスルーされる。原恵一監督の『カラフル』も不遇だった。原作小説をはるかに超えるレベルの作品に仕上がっていたのだが、賞賛の声は狭い範囲にとどまった。
例外的に、ジブリ作品だけは大人が鑑賞すべきものとされている。宮崎駿監督の名声は日本人としても誇らしい限りだが、それに匹敵する作品群を送り出し続けているのが、ピクサー・アニメーション・スタジオであり、ジョン・ラセター監督だ。1995年の『トイ・ストーリー』は世界初のフルCGアニメとして新たな表現の可能性を開いた衝撃的な作品だった。それ以上に、よく練られた脚本には感嘆するしかなかった。『トイ・ストーリー2』そして昨年の『トイ・ストーリー3』と続く壮大な物語は、大人、子供を問わず夢中にさせた。大喜びで歓声を上げる子供の隣で、親はぼろぼろに泣いてしまうのだ。
ラセター監督がクルマを主人公にして作った作品が、2006年の『カーズ』だった。『トイ・ストーリー』はおもちゃが主人公だから擬人化のハードルは低い。しかし、クルマだと「きかんしゃトーマス」的な色合いを帯びてしまう恐れがある。そうなると、さすがに大人が観るにはツラいのではないかと心配したのだが、まったく杞憂(きゆう)だった。ラセター監督のクルマ愛、そしてハイウェイが整備される以前のルート66文化への郷愁がスパイスとなり、自動車映画として十分に成立していたのだ。
主人公のライトニング・マックィーンは新人レーシングドライバーで、天才ぶりを発揮するが自信過剰が災いし、友達がいない。ピストン・カップのチャンピオン決定戦に向かう途中で田舎町のラジエーター・スプリングスに迷い込んだ彼は、ぼろレッカー車のメーターや「ポルシェ」のサリーと出会い、友情に目覚めていく。そして、判事のドック・ハドソンからドライビングのコーチを受け、友人たちとともに最終戦に向かう。
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続編では日本が大活躍!
レースで優勝しているのにカウンターステアを知らないとか、少々不自然な設定もあったが、またしても完成度の高い脚本にやられてしまった。才能はあるがコミュニケーション能力に欠ける若者が、友人たちの支えで事を成し遂げる過程で自らも成長していく、というのが手あかにまみれたストーリーなのは確かだ。ディテールの積み重ねで説得力を持たせるのが、制作者の手腕である。
5年の時を経て、続編『カーズ2』がやってきた。オープニングでは、どこかの海上油田を舞台に、イギリスのスパイカー(メーカー名ではなく、文字通りスパイを職業とするクルマ)が悪の組織を相手に大立ち回りを演じる。007ばりの派手な脱出劇から一転、ピストンカップ4連勝中のマックィーンが帰ってきたラジエーター・スプリングスが描かれる。
テレビ中継でイタリアのトップレーシングドライバーのフランチェスコ・ベルヌーイに挑発され、彼は「ワールド・グランプリ」に参戦することになる。このレースを主催するのが元石油王のアクセルロッド卿で、新開発のクリーン燃料「アリノール」を宣伝する目的で企画したのだ。ここで、最初のシークエンスとつながり、なにやらエネルギーをめぐる巨大な陰謀が渦巻いていることが示唆される。
ワールド・グランプリというのはF1をモデルにしたものかと思いきや、市街地コースやダートコースを組み合わせた「チキチキマシン猛レース」仕様だった。第1戦が行われるのは、日本である。街並みには派手な電飾看板が連なり、歌舞伎町と秋葉原を混ぜあわせたような雰囲気だ。「速い!」とか「ドリ車」とか、奇妙なネオンサインが輝いている。なぜか背後には雄大な富士山がそびえ、ビルの隣には唐突に五重塔が出現する。このあたりはアニメならではのデフォルメで、あえて類型的に記号を並べているのだろう。パリの場面では、セーヌ川の橋の上で「シトロエン2CV」と「シトロエンDS」がキスをしていた。
カプセルホテルや洗浄便座も登場し、こういったアイテムは日本を描くのに定番となっているようだ。クルマにも日本キャラが使われている。歌舞伎シアターで踊る「オクニ」、スモウ・カーの「キングピン・ノブナガ」と「ピニオン・タナカ」、石庭づくりの名人である軽3輪の「ゼン・マスター」などが事前に紹介されていたが、残念ながらこれといった役割は与えられていない。日本を代表するレーシングカーの「シュウ・トドロキ」も、活躍の場面はなかった。
がっかりすることはない。日本ブランドということでは、もっと大きな意味を持つ出来事があった。レセプションパーティーの場面で会場に流れている曲に聞き覚えがあると思ったら、われらがPerfumeの『ポリリズム』なのだ。快挙である。最近洋画では日本向け限定の主題歌という奇妙な風習が広がっていて、日本の歌手の歌が宣伝に用いられることがある。『エクスペンダブルズ』ではエンドロールでまったく映画にそぐわない歌が流れていささか鼻白んだ。しかし、Perfumeの曲はワールドワイドで採用されたわけで、中田ヤスタカのクオリティがちゃんと理解されたことを意味する。
欧米の新旧名車をモデルにしたキャラクター
日本のレースでは走行中にエンジンが謎の爆発を起こすクルマが続出し、冒頭のシーンに出てきたスパイの「フィン・マックミサイル」が背後にうごめく陰謀を暴こうと活動を始める。そして、マックィーンのピットクルーとして同行したメーターが巻き込まれて、悪の組織と対決していくことになる。クリーンエネルギーをめぐる国際的な暗闘という、いかにも現代的な主題が扱われていて、子供が理解できるか少し心配になった。でも、キャラクター自体を楽しめるのがこの映画の美点なのだ。
登場するキャラクターは、実際のクルマをモデルにしたものとオリジナルのものがある。マックィーンはオリジナルのレーシングマシンだが、サリーは誰が見たって「ポルシェ996」だ。ラジエーター・スプリングスの住人では、マックィーンにドライビングを教えたドック・ハドソンは1951年型「ハドソン・ホーネット」で、実際にNASCARで活躍している。フェラーリ好きのタイヤ職人ルイジは「フィアット500」だ。ちなみに吹替版ではルイジの声をパンツェッタ・ジローラモが担当していて、これが実にハマっている。今回の作品ではピットクルーとしてイタリアのレースに同行するのだが、久しぶりに会う両親は「トッポリーノ(フィアット500初代モデル)」だったりする。ほかにも、「マーキュリー」のポリスカー、「フォルクスワーゲン・バス」、「T型フォード」までが登場する。
『カーズ2』ではレースを実況するのは「シボレー・モンテカルロ」で、「ジャガーEタイプ」が解説を担当する。ロンドンでレースを観戦される女王は「ロールス・ロイス・ファントム」だろう。日本の記者会見でマイクを向ける記者は「ホンダ・フィット」で、イタリアの道には「フィアット・グランデプント」が走っている。見逃したものも多分たくさんあるので、DVDで見直せばもっといろいろなクルマを見つけることができるだろう。
主なキャラクターについては公式サイトに説明があるのだが、陰謀をたくらむザンダップ教授については明確な表記がない。シンプルな造形と飛び抜けた低性能ぶりは、どうも東ドイツのあのクルマを想起させるのだが、どうだろうか。そして、さらにその後ろに鎮座する黒幕のクルマも正体不明だ。さすがに悪役は具体的な車種を明示するわけにはいかないわけだ。
悪の組織の合言葉が「カルマンギアにラジエーターなし」だったり、さまざまなところで変にマニアックな要素がちりばめられている。親子で観に行けば、子供がマックィーンの大活劇やメーターとの友情物語を楽しんでいる横で、親はエンスー趣味を満足させることができるかもしれない。
(文=鈴木真人)
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鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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