性能を引き出す手法はレースカーそのもの
マクラーレン“ロングテール”の系譜を振り返る
2018.08.13
デイリーコラム
出自は90年代のサーキット
この(2018年)7月12日に「グッドウッド・フェスティバル・オブ・スピード2018」で“ワールドプレミア”に供されたのち、18日後の7月30日には早くも日本でアジアデビューを果たした「マクラーレン600LT」。今やマクラーレンにおいて、軽量、ハイパワーでよりスパルタンなハードコアモデルを示す称号となった「LT」の名を冠する、最新のモデルである。
ご存じの向きも多いだろうが、LT、すなわち「Long Tail(ロングテール)」には、マクラーレンが紡いできた栄光のヒストリーが込められている。その源流となったのは、伝説のロードゴーイングスーパーカー「マクラーレンF1」から発展した「F1-GTR」のエボリューションモデルとして、1996年から数年にわたりサーキットで戦ったロングテール仕様車である。
1995年シーズンから「BPR-GTグローバル選手権」に参戦を果たした初期のF1-GTRは、外観はロードバージョンのF1に対して大型のフロントスポイラーとリアウイングを追加した程度の違いしかなかった。しかし、もともとF1は当時の常識を超えた超高性能車である。実戦デビューから程なく頭角を現し、「フェラーリF40 GT」や「ポルシェ993 GT2」などのライバルを圧倒。同年6月のルマン24時間レースにて、関谷正徳選手に日本人ドライバー初の総合優勝をもたらすなど、素晴らしい戦果を挙げた。
ところが翌96年シーズンになると、ポルシェがミドシップの専用フレームに996時代の「911」風カウルをかぶせた、おきて破りのモンスター「911 GT1」を投入。マクラーレンF1-GTRは苦戦を強いられる。さらに、いよいよ欧州中心のBPR-GT選手権から世界戦たるFIA-GT選手権へと昇格する97年シーズンに向け、メルセデス・ベンツ/AMGも「CLK-GTR」の開発を進めていた。こうしたライバルの台頭に対応すべく開発・製作されたのが、F1-GTRのエボリューションモデルなのだ。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
「LT」の名を冠した最初のモデル
ルマンをはじめとする高速サーキットでのスピードを稼ぐ一方、フロア面積を増やすことでダウンフォースも増大させるという現代的なレーシングマシンの設計思想に基づいたエボリューションモデルは、約100kgの軽量化も実現。この年のルマンでは、純粋なレーシングスポーツである「WSC95」カテゴリーのTWRポルシェに次いで、総合で2、3位に入るなど、新たなライバルに対して互角以上のポテンシャルを示した。
ただ、このモデルは「F1-GTR 1997」などと呼ばれ、そのボディー形状を言明するネーミング、すなわちロングテールという名称が与えられることはなかった。したがって、マクラーレンが初めてオフィシャルとして「ロングテール」という名を使ったのは、2015年春のジュネーブショーで発表した「675LT」となる。
675LTは、同時代のスーパーシリーズ「650S」をベースとしたハードコアモデルで、限定500台は即座に売り切れとなり、同じ年の12月には「675LTスパイダー」も発表された。こちらも世界限定500台のみが製作されている。このモデルでは、カーボンファイバー製リップスポイラーやチタニウム合金製エキゾーストの採用、エアインテークの追加などにより、650Sに対して約100kgの軽量化を実現。クーペの乾燥重量は1230kg(発表時の公表値)に抑えられた。
パワーユニットは、650S用に対してコンポーネンツの50%以上が新たに設計されたという3.8リッターV8ツインターボ。シリンダーヘッドや排気システム、カムシャフト、軽量コンロッドなどを作り直すことで、最高出力は650Sよりも25ps高い675psを発生した。しかし675LTで何より重要視されたのは、やはりエアロダイナミクスであろう。発表当時のオフィシャル資料によると、通常のエアブレーキが採用された650Sに対し、新たに加えられた「アクティブ・ロングテール・エアブレーキ」の効力により、675LTのダウンフォースは40%引き上げられたというのだ。
このアクティブ・ロングテール・エアブレーキこそが、マクラーレン675LTのLTたるゆえん。優美なサイドビューを形作るエアブレーキのスタイルが、1997年モデルのF1-GTRのロングテールをほうふつとさせることから命名されたネーミングである。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
ロングテールの歴史は続く
そして、このほど誕生したマクラーレン600LTは、675LTで確たる実績を得た“ハイパワー+軽量化+空力リファイン”というLTの方程式を、マクラーレンではエントリーモデルとされる“スポーツシリーズ”に当てはめたモデルと言える。
このモデルでは、固定式のリアウイングに、前方に延長されたフロントスプリッター、大型化されたリアディフューザーなどにより、F1-GTR以来のマクラーレン・ロングテールシリーズの物理的特徴を体現。全長は直接のベースである570Sクーペから74mm延ばされた一方で、車両重量は約100kgのダイエットが図られている。
またV8ツインターボエンジンについては、トップエグジット(上方排気)型のエキゾーストシステムなど、大胆なデバイスの採用により最高出力を600psに向上。パワースペックこそ上級のスーパーシリーズに属する675TLに遠慮した値となっているものの、わずか2.9秒を標榜(ひょうぼう)する0-100km/h加速タイムは675LTのそれに匹敵する。曲がりなりにもエントリーモデルを担うスポーツシリーズでありながら、わずか3年でスーパーシリーズに匹敵するパフォーマンスが与えられたのだ。急速な進化をかなえるマクラーレンの技術力に感嘆する傍らで、600LTはロングテールの歴史がこれからも続くことを確信させる一台となった。
近い将来、今度は現行型スーパーシリーズの「720S」にも、LTの追加はあるのか。マクラーレンのファンはもちろん、ただのスーパーカーでは飽き足らない好事家にとっても、興味は尽きないところであろう。
(文=武田公実/写真=武田公実、マクラーレン・オートモーティブ、webCG/編集=堀田剛資)
