アストンマーティン・ヴァンテージ(FR/8AT)
“正しさ”の勝利 2018.09.05 試乗記 アストンマーティンのモデルラインナップの中でも、ピュアスポーツカーとしての役割を担う「ヴァンテージ」。2代目となった“ベビー・アストン”は、正しいエンジニアリングによって鍛えられた“フィジカルの強さ”を感じさせるFRスポーツに仕上がっていた。新世代アストンの第2弾
アストンマーティンは去る2016年から来るべき2021年(もしくは2023年)まで、1年に1車種ずつニューモデルを市場投入していくと宣言している。そんな新世代アストンで「DB11」に次ぐ2車種目にあたる新型ヴァンテージは、同社でもっともピュアなスポーツカーにして、税抜き2000万円を切る本体価格(1980万円)で、同社のエントリーモデルという位置づけでもある。
今後世に出てくるはずの新世代アストンには電気自動車や4ドアサルーン、クロスオーバーSUVなども含まれるというが、DB系やヴァンテージのような伝統あるメインストリーマーは、これまでどおりに共通骨格のFRレイアウトを採る。この新型ヴァンテージの接着アルミ主体のプラットフォームも、DB11やそれベースの旗艦「DBSスーパーレッジェーラ」と基本的に共通である。
そのうえで、よりショートホイールベースでコンパクトな2人乗り専用パッケージとなるのが、先代から変わらぬDB系に対するヴァンテージの特徴である。2704mmというホイールベースは先代より約100mm延長されたものの、2+2シーターのDB11のそれよりは約100mm短い。“よりピュアなスポーツカー”というヴァンテージ商品企画の最大の根拠は、このあたりにある。
メルセデスと技術提携を結んでいる現在のアストンは、幅広く使われるV8エンジンや電装系プラットフォームを同社からの供給でまかなう。新型ヴァンテージのアルミボンネットフード下の4リッターV8ツインターボも基本的には「AMG GT」のそれと共通で、車内のインフォテインメント機能はパームレスト&ダイヤルの操作部も含めてメルセデスでおなじみのあれである。
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FRのスポーツカーとして理想のレイアウト
正直にいうと、新型ヴァンテージはあまり写真写りがいいタイプではない。伝統の凸形状グリルがとことん低くて、ヘッドライトは薄目系。さらにエンジン本体も低いゆえか、その上にかぶさるエンジンフードも必然的にシンプルな形状となっているから、写真ではどうしてもノッペリしてしまうのだ。アストンの主張によると、こうしたデザインもフロントオーバーハングの軽量化のためだそうだ。
ただ、実物のフード造形はそれなりに複雑な抑揚がつけられており、ドアやルーフなどのプレスラインも彫りが深い。リアデッキもシンプルな形状だが、実際にはフロア下のディフューザーとも相まって、有意なダウンフォースを発生するのだという。
ヴァンテージは新型になっても、2シーターのショートホイールベースの車体に、V8エンジンを前輪軸より後方のフロントミドシップかつ低く搭載する。さらに、デフと一体化した変速機を後輪付近に置くトランスアクスル方式によって、前後重量配分をさらに最適化……といったパッケージレイアウトの基本思想は、先代をそのまま継承する。
エンジンの低重心化については、供給元のAMGが底部オイルパンを排したドライサンプ潤滑なのに対して、ヴァンテージでは一般性の高いウエットサンプ潤滑にあらためられている。ただ、そのオイルパンは極限まで薄く設計されており、X字形のアルミ補強バーの下にうずくまるV8ツインターボは、地をはうように低く見える。いずれにしても、新型ヴァンテージのパッケージレイアウトは、AMG GTや「シボレー・コルベット」とならんで、フロントエンジンのスポーツカーとしてはもっとも理想主義的で正義感に満ちたものである。
もう少し細かくいうと、同じエンジンを積むAMG GTはエンジンをヴァンテージ以上に後退させて、ドライバーも必然的に後輪のギリギリ直前に座る。それと比較すると、コルベットはエンジンを前輪軸ギリギリで前寄せに搭載して、ドライバーをホイールベースの中心近くに座らせる。
実用性とスポーティネスを両立
新型ヴァンテージのレイアウトはコルベットに似て、すこぶる現代的である。エンジンとドライバーは(あくまでホイールベース内側で)ギリギリ前方に位置しており、コーナーではドライバーがあたかもコマの中心となったような旋回が味わえる。こうした、DB11よりコンパクトなパッケージに加えて、リアサブフレームをリジッドマウントにするなど、ヴァンテージはなるほど、スポーツカー純度が高い。
また、低いながらもステアリングを手前に寄せたコンパクトなドライビングポジションが取れるのも、ドライバーの体が当たる部分にことごとくレザーパッドが貼られるのも、いかにもリアルなスポーツカーっぽい。
それはそうと、パーキング時の新型ヴァンテージでは、通常のバックカメラに加えて、クルマ全体を真上視点から見ることができるカメラ(元祖の日産流にいうとアラウンドビューモニター)が起動するのには感心した。
筋金入りのエンスージアストは「そんなものはスポーツカーの本質に関係なし」と切り捨てるかもしれないが、高価なホイールリムを削りたくないのに全幅が超ワイドなスーパースポーツカーを都市部で連れ回すには、この種の装備は素直に頼もしい。また、ヴァンテージのハッチバック荷室は、トランスアクスルのクルマとしては意外に広くて深い。AMGやコルベットと比較しても、こうして日常の実用性が高いのも新型ヴァンテージの美点だ。
さて、新型ヴァンテージも最新スポーツカーらしく、ボタンひとつでダンピングやパワステ、パワートレインを統合した複数のドライブモードから状況に合わせたセットアップを選ぶことができる。3種類の走行モードのうち、もっとも穏当なのが「スポーツ」で、それより1段ハードなのが「スポーツ+」、さらにその上が「トラック」となるが、そのネーミングそのものも好事家の心をくすぐる。
走りの端々に感じる“フィジカル”の強さ
新型ヴァンテージは、もっとも柔らかいスポーツモードでもDB11よりは乗り心地は硬めで、挙動はソリッドである。ただ、この種のスポーツカーとして絶対的に硬いか……というと、そうでもない。混雑した市街地でもスッスッと吸い込むようにストロークするアシさばきは、積極的に“しなやか”と表現してもいいくらい。そんなソフトな減衰でも弾むような挙動が出ないところを見ると、コイルスプリングのバネレートもさほど高くないのだろう。それでいて、ちょっとした山坂道でのオイタ程度までなら軽々とカバーするスポーツモードの守備範囲の広さはちょっとしたものだ。
さらにトラクション性能もお世辞ぬきに文句なし。少なくともドライ路面であればトラクションコントロールがあからさまに介入してくるケースはごく少ない。この強力なキック力は、トランスアクスルが後輪にズシッと低く荷重をかけていることに加えて、アストンでは初搭載となる「Eデフ」、すなわち電子制御LSDの効能が大きいのだろう。
これだけ快適なフットワークチューンなのに、それなりに攻めてもアゴを出さず、グイグイと前に出るのは、やはりディメンション、各部の剛性、重心高、荷重配分……といった基本フィジカルが、新型ヴァンテージではそれだけ優秀で理想的だからだと推察される。
それでも、いよいよ高速ワインディングで本格的にムチを入れる段になると、穏当なスポーツモードでは上下動がおさまりきらず、ターンインがワンテンポ遅れがちになってくる。そういう場合は、もちろん1段階上のスポーツ+モードを選べばいい。日本全国のあらゆるワインディングロードは、これでほぼ事足りるはずである。そんなスポーツ+モードでも、乗り心地の硬さは「そういえば数年前のスポーツカーの平均がこれくらいか?」と思える程度で、ギリギリ日常許容範囲の快適性と市販スポーツカーとしては十二分の機動性がとても高いレベルで両立している。
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意外にも“抑え”の利いたトラックモード
そしてお待ちかね(?)の最硬のトラックモードにすると、なにもかもがドンチャン騒ぎのフェス気分となる。エンジンはスロットルオフで豪快なアフターファイア音を響きわたらせて、変速ごとにウェイストゲートによる呼吸音がとどろく。8ATは変速が速まるかわりに、ギアをひとつ切り替えるごとに、ズドーンズドーンと大砲をぶっ放すがごとしだ。フットワークにいたってはまさにレーシング。目地段差では硬質な蹴り上げを見舞ってくるし、高速でもワインディングでもズンズンと重厚な上下動が絶え間ない。
もっとも、その突きあげ自体は鋭利ではなく、あくまで丸いから、筋金入りのドライバーなら許容範囲だろう。サスペンション自体が高精度で滑らか、そして各部の局部剛性の確保も絶妙、さらにもともと素性のいいパッケージレイアウトなので、硬めすぎる必要がないのだ。硬いことは硬いが、跳ねまくって手にあまるほどではなく、実際の乗り心地は「ああ、20年前のスーパーカーはこんなんだった」といったところだ。さらにはモードが上がるごとにパワステは少しずつ重くなっていくが、最過激なトラックモードでも、どちらかというと軽めの調律にとどまるのは“英国車”としての意図的な演出だろう。
とはいえ普通の感覚だと、クローズドサーキット以外でのトラックモードは、絶対的にフットワークが硬すぎる。しかし変速スピードやスロットルレスポンスも含め、パワートレインでもっとも気分が乗るのはトラックモードなわけで、公道専門の典型的な下手の横好きオタク=私としては、シャシーがスポーツ+で、パワートレインがトラックモード……という組み合わせが、もっともマイタイプである。
荒削りな部分はあるものの
それにしても新型ヴァンテージのトラクション性能=推進力は、今あるフロントエンジンの2輪駆動車では世界トップ級に素晴らしい。少なくともドライの舗装道路であれば、路面がちょっとくらい荒れていようが、スロットル操作のていねいさが少しばかり欠けていようが、パワーを横に逃がさず、ズバーンと前に蹴り出す。トランスアクスルとEデフ、恐るべし。
もっとも、一般的なミドシップも含めたリアエンジン車と比較すると、加速レスポンスは小指の先ほどの差でゆずるのは事実だ。しかし、逆にいうと、トラクション性能ではリアエンジン車に小指の先ほどの差しかないのに、ターンインの素直さなどのフロントエンジン車の美点を維持しているということでもある。
ただ、新型ヴァンテージのこれらの美点は、ほぼすべてが基本の骨格設計、基本フィジカルに由来するものである。まだ発売ホヤホヤのブランニューカーであることもあってか、細部の味つけや調律の部分で、改善・改良・検討の余地がないわけではない。
たとえば、サウンドは文句なしに迫力満点のV8ツインターボも、アストン専用チューンというトルク特性は少しばかりフラットにすぎて、スポーツカーの心臓部としてはドラマにとぼしい気がしないではない。また、トルコン式の8段ATはショック上等で変速を速めているはずのトラックモードでも、シャシーやエンジンのリズムに、変速機だけがひとり遅れ気味なのは否定できない。優れた基本フィジカルのおかげで、どのモードでも意外なほど快適なサスペンションも、欲をいえばもっと濃厚な接地感がほしいところでもあるし、これだけのシャシーならエンジンパワーだって上乗せは可能だろう。
しつこいようだが、コツいらずに素直で俊敏な回頭性と卓越したトラクション性能、そしてドライバーが旋回の中心に位置する車両感覚……がこれほど高度に融合したFR車は、今現在、新型ヴァンテージをおいてほかにない。そして、その新型ヴァンテージの美点は、正論と正義にあふれたエンジニアリングによる勝利である。
こういうクルマは途中でわずかに手が入るだけでも、どんどん良くなっていく。また、今回の試乗でもお分かりのように、少しばかり未完成の部分があったとして、本物のスポーツカー好きなら、どれも好意的に受け止められるものである。正義は強い。
(文=佐野弘宗/写真=荒川正幸/編集=堀田剛資)
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テスト車のデータ
アストンマーティン・ヴァンテージ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4465×1942×1273mm
ホイールベース:2704mm
車重:1530kg(乾燥重量)
駆動方式:FR
エンジン:4リッターV8 DOHC 32バルブ ターボ
トランスミッション:8段AT
最高出力:510ps(375kW)/6000rpm
最大トルク:685Nm(69.9kgm)/2000-5000rpm
タイヤ:(前)255/40ZR20 101Y/(後)295/35ZR20 105Y(ピレリPゼロ)
燃費:10.5リッター/100km(約9.5km/リッター、EU複合サイクル)
価格:2138万4000円/テスト車=--円
オプション装備:--
テスト車の年式:2018年型
テスト開始時の走行距離:3818km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(6)/山岳路(2)
テスト距離:485.0km
使用燃料:72.2リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:6.7km/リッター(満タン法)/7.0km/リッター(車載燃費計計測値)
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佐野 弘宗
自動車ライター。自動車専門誌の編集を経て独立。新型車の試乗はもちろん、自動車エンジニアや商品企画担当者への取材経験の豊富さにも定評がある。国内外を問わず多様なジャンルのクルマに精通するが、個人的な嗜好は完全にフランス車偏重。