ダイハツ・ミラ トコットG“SA III”(FF/CVT)
ちょっとほっこりな幸せ 2018.10.27 試乗記 ダイハツから新型軽自動車「ミラ トコット」が登場。従来の女性向けモデルのあり方を問い直し、徹底してシンプルさを追求したというそのカタチは、クルマ好きにどう映るのか? 自らを“オッさん”と称する筆者が、その魅力を探った。オッさんにも刺さるカタチ
「ジムニー」に「N-VAN」にと、相次いで登場した軽自動車にやたらと萌(も)えさせられたこの夏、忘れてはならないもう1台といえばミラ トコットである。
それめいたうわさも聞かなければ事前の告知もなきまま……というのは単なる僕の情報不足かもしれないが、いきなりポーンと現れたようにみえたそれをみて、それこそ頭にポーンと豆電球がついたのは、主に40~50代のオッさん(含む僕)だったように思う。
トコットのシェイプというか佇(たたず)まいというか、その既視感をたどっていけば、当時やたらと小粋にみえた70~80年代のラテン系大衆車だったりする。
だったらボディー上と下を赤黒で塗り分けて、金色のホイールでも合わせてみたら、ちょっと「シャレード デ・トマソ」風になったりして……とか、このデザインなら樹脂部は着色しない方がかえって80年代っぽいよな……などと勝手に妄想を膨らませてはニヤるオッさんサミットが夜な夜な各地のファミレスで繰り広げられていたのもまた、今となっては古き佳(よ)き思い出だ。
結果的にユニセックス
もしかしてトコットはあの頃の甘酸っぱい時に僕らを連れて行ってくれるのではないか。
と、思いきや、ホームページをみるにそんなフシはうかがえない。どちらかといえばゆるふわ女子向きの気配さえ漂っている。当然ながら彼女らにとってオッさんは体臭からして外敵だ。
そのオッさんが考えた女子向け企画の押し付けを全否定した女子たちのサジェストによって生まれてきたカタチが、結果的にオッさんホイホイとなってしまった。トコットのこじらせっぷりというか、ふりだし感というかは、長年自動車業界が格闘し続けてきたジェンダー問題にまつわる、揚げ句の果てのケミストリーなのかもしれない。
ゆえにトコットの造り手の中には、ゆるふわなカタログやプロモーションについて、そうじゃないんだけど感を抱く者もいることだろう。でもタレントキャスティングを前面に押し出すダイハツの営業部門にその思いは届かないことも推せられる。このねじれもまた、長年自動車業界が抱える構造的不和だろう。
MTの設定が欲しかった
その名が示すとおり、トコットはミラシリーズのいちバリエーションに相当し、そのアーキテクチャーは昨年登場した「ミラ イース」と共通だ。TNGAをもじってかDNGAと呼ばれるそれは、軽量・高剛性化だけでなく、拡張性やコスト耐性にも配慮がなされた今後のトヨタグループの内外小型車戦略の核となり得るもの。しかしトコットの中身がそんな大役物とはまる子も知る由がないのである。
搭載されるエンジンは熱効率を徹底的に高めた第3世代のKF型で、これもミラ イースと同じだ。そして組み合わせられるトランスミッションもCVTのみ。ここに淡い思いを寄せていたオッさんたちの落胆があったことは想像に難くない。他がうそでも絵でも怒らないからせめてMTの設定があってくれれば……と、その気持ちはよくわかる。
思えばダイハツには以前、「エッセ」というクルマがあった。同じ70年代ラテン系でもフランス側の、ちょっと「ルノー・サンク」の香りがあるデザインはさておき、70万円を切るスタートプライスにして58ps/7200rpmの初代KF型がおごられたそれは、スカスカな装備のおかげで車重も軽く、5段MTとの組み合わせでは望外に気持ちよく走るクルマだった。ちなみにエッセは今でもジムカーナ等のモータースポーツでは活躍している。
くしくもDNGAのおかげでエッセと同等車重に抑えられたトコットにはその資質があったのだが、いかんせん今のダイハツには気の利いたエンジンがない。いや、それはスズキやホンダにしても然(しか)りだろう。コストと燃費の優等生を目指してチューニングに対する余力の一片すら削り落とした合理的設計では、回してパワフルかつ気持ちのいいエンジンのキャラクターも望めない。もはや軽自動車のエンジニアリングとは、そういう額面に表れない性能の追求も許されないほどギリギリものなのだと思う。
0%の官能と100%の正義
トコットのエンジンはライバルに比べると、中~高回転域でややビリビリ感が強くノイジーな印象だが、これは遮音系の注力が割り切られているがゆえかもしれない。CVTとの相性は悪くなく、緩加速時も回転を必要以上に高めることなく粘ろうとする。が、そこは軽自動車的な限界もあって、高速道路では速度調整にエンジンの吹け上がりもにぎやかになるのは仕方がない。
制限速度が60~80km/h、加減速の頻度も高い首都高速を走るに、トコットの動力性能はきっちりカツカツといった印象だ。そこから100km/h制限の高速道路に入ると、追い抜きのレスポンスに我慢は必要だが、リラックスして巡航できる。首都高といえば逆カントのタイトなコーナーも随所にあるが、常識的な速度で進入する限り車体が不安定になることはない。かといって余力が感じられるほどではなく、ロール量も横力に正直だ。
それでも、街中から首都高速、高速道路の巡航までを織り交ぜての走行パターンでケロッと25km/リッター近い燃費を示されてはぐうの音も出ない。その後の撮影で平均燃費は下がることになったが、下手をすれば2モーターハイブリッドより低い燃費と絶対的にシンプルな構造、安い価格をみれば、思わず足るを知るという言葉が口をつく。
残念ながらクルマ好きのオッさんの欲求はかなえられないかもしれないが、夢を抱かせてくれたカタチに責任はない。そして、その性能は0%の官能と100%の正義で構成されている。でもクルマでワクワクする方法は何もお尻と前輪を明後日の方向に向けて走るだけではないのだから、トコットは毎朝車庫にあるその姿を横目にちょっとほっこりな幸せを供してくれる、それでいいんだと思う。
(文=渡辺敏史/写真=荒川正幸/編集=大久保史子)
テスト車のデータ
ダイハツ・ミラ トコットG“SA III”
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=3395×1475×1530mm
ホイールベース:2455mm
車重:720kg
駆動方式:FF
エンジン:0.66リッター直3 DOHC 12バルブ
トランスミッション:CVT
最高出力:52ps(38kW)/6800rpm
最大トルク:60Nm(6.1kgm)/5200rpm
タイヤ:(前)155/65R14 75S/(後)155/65R14 75S(ダンロップ・エナセーブEC300+)
燃費:29.8km/リッター(JC08モード)
価格:129万6000円/テスト車=161万2181円
オプション装備:アナザースタイルパッケージ<エレガントスタイル>(9万8820円)/プラムブラウンクリスタルマイカ塗装(2万1600円) ※以下、販売店オプション ワイドスタンダードメモリーナビ(12万4200円)/ドライブレコーダー(3万4128円)/ETC車載器<エントリーモデル>(1万7280円)/カーペットマット<高機能タイプ>(2万0153円)
テスト車の年式:2018年型
テスト開始時の走行距離:1617km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(5)/高速道路(5)/山岳路(0)
テスト距離:126.3km
使用燃料:8.2リッター(レギュラーガソリン)
参考燃費:15.4km/リッター(満タン法)/13.9km/リッター(車載燃費計計測値)
![]() |

渡辺 敏史
自動車評論家。中古車に新車、国産車に輸入車、チューニングカーから未来の乗り物まで、どんなボールも打ち返す縦横無尽の自動車ライター。二輪・四輪誌の編集に携わった後でフリーランスとして独立。海外の取材にも積極的で、今日も空港カレーに舌鼓を打ちつつ、世界中を飛び回る。
-
トヨタ・スープラRZ(FR/6MT)【試乗記】 2025.10.14 2019年の熱狂がつい先日のことのようだが、5代目「トヨタ・スープラ」が間もなく生産終了を迎える。寂しさはあるものの、最後の最後まできっちり改良の手を入れ、“完成形”に仕上げて送り出すのが今のトヨタらしいところだ。「RZ」の6段MTモデルを試す。
-
BMW R1300GS(6MT)/F900GS(6MT)【試乗記】 2025.10.13 BMWが擁するビッグオフローダー「R1300GS」と「F900GS」に、本領であるオフロードコースで試乗。豪快なジャンプを繰り返し、テールスライドで土ぼこりを巻き上げ、大型アドベンチャーバイクのパイオニアである、BMWの本気に感じ入った。
-
MINIジョンクーパーワークス(FF/7AT)【試乗記】 2025.10.11 新世代MINIにもトップパフォーマンスモデルの「ジョンクーパーワークス(JCW)」が続々と登場しているが、この3ドアモデルこそが王道中の王道。「THE JCW」である。箱根のワインディングロードに持ち込み、心地よい汗をかいてみた。
-
ホンダ・アコードe:HEV Honda SENSING 360+(FF)【試乗記】 2025.10.10 今や貴重な4ドアセダン「ホンダ・アコード」に、より高度な運転支援機能を備えた「Honda SENSING 360+」の搭載車が登場。注目のハンズオフ走行機能や車線変更支援機能の使用感はどのようなものか? 実際に公道で使って確かめた。
-
ホンダ・プレリュード(FF)【試乗記】 2025.10.9 24年ぶりに復活したホンダの2ドアクーペ「プレリュード」。6代目となる新型のターゲットは、ズバリ1980年代にプレリュードが巻き起こしたデートカーブームをリアルタイムで体験し、記憶している世代である。そんな筆者が公道での走りを報告する。
-
NEW
アウディQ5 TDIクワトロ150kWアドバンスト(4WD/7AT)【試乗記】
2025.10.16試乗記今やアウディの基幹車種の一台となっているミドルサイズSUV「Q5」が、新型にフルモデルチェンジ。新たな車台と新たなハイブリッドシステムを得た3代目は、過去のモデルからいかなる進化を遂げているのか? 4WDのディーゼルエンジン搭載車で確かめた。 -
NEW
第932回:参加者9000人! レトロ自転車イベントが教えてくれるもの
2025.10.16マッキナ あらモーダ!イタリア・シエナで9000人もの愛好家が集うレトロ自転車の走行会「Eroica(エロイカ)」が開催された。未舗装路も走るこの過酷なイベントが、人々を引きつけてやまない理由とは? 最新のモデルにはないレトロな自転車の魅力とは? 大矢アキオがリポートする。 -
NEW
ミシュランもオールシーズンタイヤに本腰 全天候型タイヤは次代のスタンダードになるか?
2025.10.16デイリーコラム季節や天候を問わず、多くの道を走れるオールシーズンタイヤ。かつての「雪道も走れる」から、いまや快適性や低燃費性能がセリングポイントになるほどに進化を遂げている。注目のニューフェイスとオールシーズンタイヤの最新トレンドをリポートする。 -
NEW
BMW M2(後編)
2025.10.16谷口信輝の新車試乗もはや素人には手が出せないのではないかと思うほど、スペックが先鋭化された「M2」。その走りは、世のクルマ好きに受け入れられるだろうか? BMW自慢の高性能モデルの走りについて、谷口信輝が熱く語る。 -
NEW
スバル・ソルテラET-HS プロトタイプ(4WD)/ソルテラET-SS プロトタイプ(FWD)【試乗記】
2025.10.15試乗記スバルとトヨタの協業によって生まれた電気自動車「ソルテラ」と「bZ4X」が、デビューから3年を機に大幅改良。スバル版であるソルテラに試乗し、パワーにドライバビリティー、快適性……と、全方位的に進化したという走りを確かめた。 -
第849回:新しい「RZ」と「ES」の新機能をいち早く 「SENSES - 五感で感じるLEXUS体験」に参加して
2025.10.15エディターから一言レクサスがラグジュアリーブランドとしての現在地を示すメディア向けイベントを開催。レクサスの最新の取り組みとその成果を、新しい「RZ」と「ES」の機能を通じて体験した。