かわいい戦線異状あり! “ジェンダーレス化”するおしゃれ系軽乗用車の進化論
2022.09.02 デイリーコラム「ムーヴ キャンバス」にみる最新の潮流
新型「ダイハツ・ムーヴ キャンバス」のCMキャラクターを務めているのは、伊藤沙莉。このところ出演オファーが引きも切らない人気若手女優だ。今年公開の映画『ちょっと思い出しただけ』や連ドラ『ミステリと言う勿れ』ではシリアスな演技を見せたが、お笑いコンビ「オズワルド」のツッコミを兄に持つだけあって、コメディエンヌとしても評価が高い。
CMでは「私とキャンバスは似ている」というセリフがある。ちょっとファニーで親しみやすいというムーヴ キャンバスのキャラクターを彼女が体現していると考えて起用したのだろう。初代モデルのCMは高畑充希がキャスティングされていたから、方針はブレていない。おしゃれで元気のいい女性が選ぶかわいくて実用的な軽自動車という路線は、今回も貫かれている。バスをイメージしたデザインも継承され、丸みを帯びたフォルムもそのまま。一見しただけでは、どこが変わったのかわからないほどだ。
好評で売れ行きもよかったのだから、キープコンセプトは定石どおりである。正しい判断だと思うが、時代は令和なのだ。いつまでも「女性=かわいい」という公式を引きずっていていいものか。そういう疑問が生じるが、ダイハツだって百も承知だ。新型では2種の仕様が用意されていて、「ストライプス」がかわいい路線を引き継ぎ、「セオリー」がビターな大人スタイルを提唱している。初代にはなかったターボエンジンを採用したことも、従来とは異なるターゲットに向けた変更だろう。
これを女性向けのファンシーなストライプスと男性向けのシックなセオリーと解釈すると、短絡的と言われてしまう。女の子は赤のランドセル、男の子は黒のランドセルと決めつけるのと同様、今ドキではNGである。ぺこ&りゅうちぇるを見ればわかるように、生き方も好みも多様性が求められている。セオリーのCMには女性2人と男性1人が登場しており、広い層にアピールしようとしているようだ。
1961年に登場した最初の“女性仕様”
とはいえストライプスの特設サイトを見ると、2人の女性インフルエンサーを起用してコーディネート例を紹介していた。明言してはいないものの、やはりストライプスは女性仕様という位置づけなのだろう。ボディーカラーにはビビッドすぎないピンクやイエロー、ベージュなどがあり、ホワイトパールと組み合わされている。
そもそも“パステルカラーのツートン”というのは、女性向けというわかりやすい記号だった。長い歴史があり、固定されたイメージが出来上がっている。日本における最初の女性仕様車といわれているのが、1961年に発売された「ダットサン・ブルーバード1200ファンシーデラックス」だ。専用のボディーカラーはピンクとレモンイエローがあり、いずれもツートン。化粧ポーチやハイヒールスタンドを装備し、ウインカーを作動させるとオルゴールサウンドが流れたという。女性ドライバーが珍しかった時代で、あからさまな差異化を図っていた。
1980年代には、女性仕様の軽自動車が花盛りとなる。なかでも強い印象を残したのが、「スズキ・アルト」の「麻美スペシャル」だった。小林麻美をイメージキャラクターにした特別仕様車で、スカートをはいていても乗り込みやすい「回転ドライバーシート」がウリだった。『雨音はショパンの調べ』が大ヒットして、小林麻美という名前がおしゃれの同義語として使われていた頃である。かわいいというよりは都会的でスタイリッシュな女性だったが、クルマのほうはやはり内外装にパステルカラーがふんだんに使われていた。
特別仕様車ではなく、独立したモデルも企画される。1999年にデビューした「ダイハツ・ミラジーノ」は軽セダンの「ミラ」をベースにしてつくられた。丸目ヘッドライトのクラシックなスタイルがイギリスの有名な小型車を思い起こさせる。2004年にはハイトワゴンの「ムーヴ」から派生した「ムーヴラテ」が、2009年にはミラジーノの後継車と目される「ミラココア」が登場する。一方、2008年にはユニセックスなデザインの「ムーヴコンテ」も登場するが、そのコンセプトは1代限りで途絶えてしまった。
スズキが2002年から販売しているのが「アルトラパン」だ。ラパンとはウサギのことで、エンブレムには長い耳を持つアイコンが。車内にも至るところにウサギのモチーフがデザインされている。優しげなフォルムに似合うのはやはりパステルカラーで、ユーザーのほとんどは女性だという。ファンシーな見た目でも基本性能はしっかりしていて、3代にわたってつくり続けられている。
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“おしゃれな軽=女性仕様”という発想は古い
潮目が変わったと感じさせたのは、2018年に登場した「ダイハツ・ミラ トコット」だった。ミラココアの後継ということになっているが、まったく違う哲学を持つ。シンプルな面と線で構成されたスクエアなフォルムで、内装は水平基調。無駄な装飾がなく、ストイックにも見える。イメージカラーの「セラミックグリーンメタリック」はパステル調ではあるものの、下地塗装色にも見える地味な色である。
開発当初は従来の女性イメージをなぞっていたというが、女子社員たちが反旗を翻した。実情とは違う“女性らしさ”にガマンがならなかったのだ。広報資料には<チーフエンジニアやマネジャーたちの持っている、「女性イコール“かわいい”物好き」という従来の固定観念を覆すのは非常に難しいことでした>という彼女たちの言葉が記されている。
残念ながら売れ行きはあまり伸びていないが、ミラ トコットがまいた種は着実に育っているのだろう。ムーヴ キャンバスに対抗してスズキが2021年に発売した「ワゴンRスマイル」は、男女を問わずパーソナルユースのオーナー層をターゲットに想定している。モノトーンカラーが4種選用意されていて、ツートンも組み合わせる色はホワイトだけでなくブラックやブラウンも選べる。丸みを帯びているものの甘すぎないフォルムだから、いわゆる“女の子っぽい”デザインではない。
60年の歴史を持つ女性仕様車の流れをくみながら、こうしたトレンドの先頭に立っているのが新しいムーヴ キャンバスである。“かわいい”もいいけど“シック”も捨てがたい。自分で選べることが大切なのだ。そして、新しい価値観は男性に対しても開かれている。クルマがマッチョさをアピールする道具だと思っているような男は、伊藤沙莉に蹴飛ばされても仕方がない。
(文=鈴木真人/写真=花村英典、向後一宏、ダイハツ工業、スズキ、webCG/編集=堀田剛資)
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鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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