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「変わらなきゃ!」ふたたび
日産のゴーン・ショックを考える

2018.11.23 デイリーコラム 林 愛子

違和感だらけの大騒動

2018年11月19日午後、事件は起きた。はじめは「カルロス・ゴーン氏が金融商品取引法違反の容疑で任意同行」だったが、時間経過とともに「カルロス・ゴーン容疑者を逮捕」「有価証券報告書の虚偽記載」「報酬の過少申告」へと上書きされていく。

そのころTwitterは大喜利に沸いていた。テレビCMのコピーをもじった「やっちゃった日産」からストレートな「He was gone」まで、さまざまな投稿がなされ、風貌が似ていると言われていた「Mr.ビーン」は、Twitterの“トレンド”入りまで果たす。カリスマ経営者の逮捕で企業の先行きが不透明というのに、悲壮感がないどころか、ちょっとした祭り気分なのだ。USBを知らない某大臣なら「有名になってよかった」と開き直るかもしれないが、市場とTwitterの温度差には違和感を覚えずにいられない。

その夜、日産自動車は記者会見を開く。表向きは報道を受けての緊急会見だが、そうではないことは明白だ。対応するのは西川廣人社長一人。カメラに映った西川社長の手元には紙切れがあるだけ。それでもよどみなく語る姿には、自分たちに火の粉が降りかからないように関係各位と綿密にすり合わせて、幾度も質疑応答のシミュレーションを繰り返していたかのようなスマートさが感じられる。

言い換えれば、“ひとごと感”なのだ。会見では当然、関係各位への謝罪を述べているが、その時点での報道が事実ならば、有価証券報告書に虚偽の記載があったわけで、法人としての日産にも代表権を持つ西川社長にも大きな責任がある。仮にゴーン会長の独裁体制が元凶だとしても、会社組織である以上、「僕は知りません」が通るはずもない。今年5月に最高財務責任者がゼネラルモーターズ(GM)出身のジョセフ・ピーター氏から、西川社長と同じ東京大学経済学部出身で日産生え抜きの軽部 博氏に代わったのは、偶然なのか否か。西川社長の言葉の節々に見え隠れするひとごと感。これが2つ目の違和感だ。

会見の翌日、本件が国内2例目の司法取引の事案であることが明らかになり、違和感は少し緩和されたものの、依然としてモヤモヤが残る。日産側は何を差し出し、何を得たのか。すぐには真相は明らかにならないだろうが、引き続き注視したい。

19年の長きにわたり、日産自動車の経営トップとして剛腕をふるってきたカルロス・ゴーン氏。大物経営者の突然の逮捕劇は、世界に衝撃を与えた。
19年の長きにわたり、日産自動車の経営トップとして剛腕をふるってきたカルロス・ゴーン氏。大物経営者の突然の逮捕劇は、世界に衝撃を与えた。拡大
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語り継がれる“切りっぷり”

そんなゴーン会長はこれまで、何をしてきたのだろうか?

日産とゴーン会長の出会いは20世紀の終わり。日産は日本国内に支援先を見つけられず、完全に行き詰まっていた。最悪の事態も考えられたところに、同じく苦境からの復活を遂げた仏ルノーが手を差し伸べて、資本提携が実現する。ルノーの立て直しに貢献したのが若きゴーン氏だった。当時から「コストカッター」「コストキラー」などと呼ばれていたという。

1999年にゴーン氏は日産の最高執行責任者となり、翌2000年に塙 義一氏の後を継いで社長となる。これがそもそもクーデターではないかという過激な意見も目にするが、真偽不明のうわさ話も多く、本稿ではこれ以上触れない。

しかし、日産に乗り込んだゴーン氏が日本人従業員に向かって、独特のイントネーションの日本語で語りかける姿は鮮烈で、日産の再出発を印象付けるものだった。ゴーン氏の愛されキャラは、こういった寄り添う姿勢から生まれたのかもしれない。愛嬌(あいきょう)がなくても、お愛想を言えなくても、愛されキャラは成立するのだ。

その後、ゴーン氏はコストカッターの面目躍如とばかりに、大胆な施策に打って出た。日産リバイバルプランは企業再生のお手本のように今なお語られているが、その陰には多くの涙も流れている。村山工場をはじめとする国内拠点の閉鎖や縮小、子会社の清算など、従業員の人生設計を激変させた施策は少なくない。今回の逮捕劇で、テレビ各局は当時を知る関係者にインタビューし、「ゴーン氏が得ていたとされる50億円があれば、あんなに多くの人の首を切らずに済んだのではないか」とのコメントを引き出している。これらゴーン流のダークサイドは今後も語られ続けるだろう。

一方で、ゴーン氏によって息を吹き返したものや、命を吹き込まれたものもあった。スペシャルティーカー「フェアレディZ」の復活や高性能モデル「GT-R」の開発、電気自動車(EV)への集中投資と「リーフ」の誕生、三菱自動車の救済など、ゴーン政権下で成し遂げた功績には自動車史に残ると思われるものも多い。なにより日産はV字回復を成し遂げ、ルノーを上回る利益を出し、(アライアンスとして)世界販売台数2位の座に上り詰めたのだ。ゴーン氏なくして、いまの日産はないといっていいだろう。

ゴーン氏が指揮した「日産V字回復」のシンボルとして誕生した、Z33型「フェアレディZ」。日本では2002年7月にデビューした。


	ゴーン氏が指揮した「日産V字回復」のシンボルとして誕生した、Z33型「フェアレディZ」。日本では2002年7月にデビューした。
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2007年10月の登場以来、11年にわたってリファインされ、その高性能ぶりを世界に知らしめてきた「GT-R」。東京モーターショー2007ではゴーン氏が自ら同車を紹介し、会場の話題を独占した。
2007年10月の登場以来、11年にわたってリファインされ、その高性能ぶりを世界に知らしめてきた「GT-R」。東京モーターショー2007ではゴーン氏が自ら同車を紹介し、会場の話題を独占した。拡大
2016年5月、日産自動車は三菱自動車と戦略的アライアンスに関する覚書を締結。これにより、ルノーと日産、三菱による年間販売台数1000万台規模のアライアンスが誕生した。
2016年5月、日産自動車は三菱自動車と戦略的アライアンスに関する覚書を締結。これにより、ルノーと日産、三菱による年間販売台数1000万台規模のアライアンスが誕生した。拡大

いまこそ“らしさ”を取り戻す時

これらの功績に対して、ゴーン氏の報酬は妥当だったか、それとも過大だったか。

近年は国内他社のCEOの報酬額も上がっているが、ゴーン氏の報酬額には当初から批判が集まっていた。今回の事件で対象になっているのは2011年3月期から5年間の報酬で、有価証券報告書には毎年10億円前後が記載されていた。しかし、実際には5年間で100憶円近い報酬があり、およそ半分を申告していなかったとされる。その理由として、「高額報酬に対する世間からの批判をかわすことで、日産ブランドを守りたいゴーン氏の意向」との報道もある。

日産は本件についてのプレスリリースで「長年にわたり、実際の報酬額よりも減額した金額を有価証券報告書に記載」し、かつ「内部調査によって判明した重大な不正行為」があったことを明言している。前者については比較的情報が出ているが、後者の重大な不正行為については、いまひとつよく分からない。一部報道にある個人用住宅や家族旅行の支払いなどを指しているのではないだろう。特捜が動いたということは日産の屋台骨をゆるがすレベルの事案のはずだが、実態があまりに見えにくい。これが3つ目の違和感だ。

この先、日産はどうなるのか? まずはゴーン氏を解任し、西川氏が会長に就くといわれているが、問題はそのあとだ。

フランス政府が株主であるルノーとのアライアンスをどうするかで、日産の運命は変わる。1999年時点では、ルノーなくして日産は独り立ちができなかったが、いまの日産は違う。むしろルノー側にメリットをもたらす存在なのだ。冒頭で“Twitter民の祭り”の様子を伝えたが、もともと日産を愛していたであろう人々は、違った捉え方をしている。「いまこそ、日産らしさを取り戻してほしい」。日産ファンからはそんな声が聞こえてくる。ただし、フランス人の恋人に感化された人に「本来の姿に戻って」と言ったところで、そうはならない。19年間という時間はあまりに長かった。

企業統治や経営という観点ではゼロどころかマイナスからの出発だが、この苦しいときだからこそ、日産の長所が社員や関係者、何より日産ファンのよりどころになるのではないだろうか。本来の日産とは? 日産の良さとは、長所とは? その問いかけの先に光が見えるのではないだろうか。まずは事態の成り行きを見守りつつ、新生・日産の船出を待ちたい。

(文=林 愛子/写真=日産自動車/編集=関 顕也)

日産自動車の本社が東京・銀座から神奈川県横浜市のみなとみらい21地区へと移ったのも、ゴーン時代のできごとのひとつ。写真は2007年1月、新社屋起工式での様子。
日産自動車の本社が東京・銀座から神奈川県横浜市のみなとみらい21地区へと移ったのも、ゴーン時代のできごとのひとつ。写真は2007年1月、新社屋起工式での様子。拡大
ゴーン体制19年の間に、自動車の自動運転技術開発も大きく前進。日産も運転支援システム「プロパイロット」搭載モデルを順次リリースしている。写真は2013年、最先端IT・エレクトロニクスの見本市「CEATEC JAPAN 2013」において、自動運転の実験車両に試乗したゴーン氏。
ゴーン体制19年の間に、自動車の自動運転技術開発も大きく前進。日産も運転支援システム「プロパイロット」搭載モデルを順次リリースしている。写真は2013年、最先端IT・エレクトロニクスの見本市「CEATEC JAPAN 2013」において、自動運転の実験車両に試乗したゴーン氏。拡大
林 愛子

林 愛子

技術ジャーナリスト 東京理科大学理学部卒、事業構想大学院大学修了(事業構想修士)。先進サイエンス領域を中心に取材・原稿執筆を行っており、2006年の日経BP社『ECO JAPAN』の立ち上げ以降、環境問題やエコカーの分野にも活躍の幅を広げている。株式会社サイエンスデザイン代表。

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