第117回:いぶし銀の中年男
2018.12.25 カーマニア人間国宝への道初代NSXは縁の下の力持ち
初代「NSX」は、90年代後半から00年代にかけて、フェラーリを買うところまでは行けないカーマニアにとって、なくてはならない噛ませ犬、いや「格好のステップ」だった。なにしろ安くて安心だったので! ともに中古車という前提だけど。
一方で初代NSXは、フェラーリ社にとっても、操縦性や信頼性を含め、製品の品質を向上させる大きなきっかけになったので、そっちの面でも貢献は大きかった。
つまり、フェラーリ崇拝者である私にすれば、「初代NSXは、フェラーリの縁の下の力持ちになってくれたなぁ」と思うのです。ホンダ様にはそんなつもりコレッポッチもなかったでしょうが。
そんなありがたい初代NSXですが、実際乗ってどう思ったかというと、
「え!?」
でした。正直、これのどこがいいんだろう、全然面白くないし、全然気持ちよくないじゃん、と。カッコもフェラーリの亜流でイマイチだし。
当時私は、池沢早人師先生の「テスタロッサ」で雷に打たれて間もない頃で、頭の中はフェラーリ一色。ミドシップのスーパーカーといえば、評価基準はフェラーリ以外にありえなかったので、それに比べてエンジンの色気がまるでないことに衝撃を受けたのです。
確かに8000rpmまでまわるけど、文字通り「まわるだけ」で、全然気持ちよくない。これだったら「シビック」のVTECのほうが気持ちいいんじゃないか……。
初代NSXといえば、ウリはハンドリング。しかしハンドリングなんてよくわかんなかった。同じ頃登場した「フェラーリ348tb」がまっすぐ走らないことはわかったけど、NSXのハンドリングの良さはサッパリ響かなかった。
R32 GT-Rは日本の誇り
当時ホンダがうたった「誰にでも乗れるスーパースポーツ」というコンセプトも、脳内フェラーリ曼陀羅(まんだら)の私には「つまんなすぎる!」でした。
走らせるだけで冷や汗ドバドバ、なにが起きるかわからない、誰が乗っても怖い(たぶん)フェラーリ様の女王様ぶり、ハードルの高さこそ、スーパーカーの醍醐味(だいごみ)じゃないか! その上で、エンジンが発する快楽だけで「このまま死んでもいい……」みたいな甘い蜜を味わわせてくれるところがタマラナイ! ああ~女王様、私をどうにでもしてください、ムチで打ってヒールで踏んでくださいませ!
そんな私には、初代NSXのヒンヤリ冷たいマシーン感は、「スカ」そのものだったのだ。
一方、当時の国産スポーツのもう一方のヒーロー、「日産スカイラインGT-R」(R32)には、「すげえっ!」と感動した。
コイツに乗ってりゃ何でもできる。無敵だ! 無敵の戦車だぜ! こんなクルマは世界中にGT-Rだけ! 何にも似てない超オリジナルなスポーツカーだ! これぞ日本の誇りだぜ! そう思ったのです。
性別をつけたら、GT-Rって明らかに男でしょ。でもフェラーリと同じミドシップのNSXは、自動的に女性の範疇(はんちゅう)に入る。
男にとって女性は、やっぱり色気がなにより大事。その色気がまるでないのに、ミドシップの繊細さだけはあるNSXには、まったく魅力を感じなかったけど、マッチョさで世界チャンピオンのGT-Rは、自動的に自動車男道のキング! お前は虎だ! 虎になるのだ! うおおおお! ジャパン・アズ・ナンバーワン! そういう思考回路でした。
メチャメチャいいぜR32!
R32が登場したのが89年なので、間もなく30年。私はまだ27歳で御座いました。
ちょうどフェラーリ初体験も27歳。あれ、どっちが先だろうと思ったんだけど、確かフェラーリ初体験は89年5月で、R32は8月21日発売となっております。
わずか3カ月の差だったのか~。このあたりに、自分の重要なクルマ原体験がギッシリ詰まってるんだなぁ。思えば本当にシアワセな巡り合わせだった。
そんなR32スカイラインGT-Rを、先日、本当に久しぶりに運転させていただきました。
で、感じたのは、まずはアテーサ4WD独特の、「くここここ」という微妙なフリクション感。この瞬間がGT-Rだよね。そして、エンジンのなんともいえない風情!
登場した当時は、風情なんてクソクラエ、男はパワーとトルクで勝負だ! どっからでもかかってきやがれオラァ! とコーフンした直6ターボのRB26DETTだけど、29年後のいま乗ると、感じるのはただただ風情だったのです。
ああ、このいかにも直6のスムーズネス、そして明らかに遅れてドーンとくるターボパワー。懐かしい。懐かしすぎる。いま乗ると、明らかにそんなには速くないという事実も胸を打つ。
あの頃は無敵の重戦車だと思っていたのに、今やいぶし銀の中年男! 使い込まれたナベとか。すべてが風流に感じる……。
いい! メチャメチャいいぜR32!
そんなR32 GT-Rと、私の「328GTS」とで、懐かしの加速対決を行ったのです。ついでに「ランエボVI」とも。
以下次号。
(文=清水草一/写真=清水草一、池之平昌信/編集=大沢 遼)

清水 草一
お笑いフェラーリ文学である『そのフェラーリください!』(三推社/講談社)、『フェラーリを買ふということ』(ネコ・パブリッシング)などにとどまらず、日本でただ一人の高速道路ジャーナリストとして『首都高はなぜ渋滞するのか!?』(三推社/講談社)、『高速道路の謎』(扶桑社新書)といった著書も持つ。慶大卒後、編集者を経てフリーライター。最大の趣味は自動車の購入で、現在まで通算47台、うち11台がフェラーリ。本人いわく「『タモリ倶楽部』に首都高研究家として呼ばれたのが人生の金字塔」とのこと。