チャンピオンシップとドライバーマーケットに見る
F1世界選手権“3強支配”の実情
2019.02.15
デイリーコラム
トップ3チームで「80%」という現実
「クラスB」、あるいは「ベスト・オブ・ザ・レスト」――2018年シーズンのF1でよく使われたキーワードだ。
メルセデスが5年連続ダブルタイトルを獲得し、ルイス・ハミルトンが史上3人目の5冠を達成。シーズン前半はフェラーリ&セバスチャン・ベッテルがシルバーアローを苦しめ、また後半になるとレッドブル&マックス・フェルスタッペンが息を吹き返した。そんな昨季のGPの一面として、これら3強とその他チームとの圧倒的な力の差があった。
全21レースを戦い、トップ3チームが獲得した合計ポイント数は「1645点」(メルセデス655点、フェラーリ571点、レッドブル419点)。対してコンストラクターズランキング4位のルノーから下、7チームすべてのポイントを足しても「417点」にしかならない。つまり、年間総ポイント数の80%近くを、3強が奪ってしまったことになる。
実際の戦績をみてもその傾向は明らか。3強以外で表彰台に立ったのは、第4戦アゼルバイジャンGPでセルジオ・ペレスのフォースインディアが記録した1回のみ。それ以前に同じく3強以外のウィナーが出たのは、キミ・ライコネンがロータスをドライブして勝利した2013年までさかのぼらなければならない。アクシデントやトラブルを抜きにしたら、表彰台はおろか、6位までの順位は3強の6台でほぼ占められてしまうと言っても過言ではなかった。
3強とその他の歴然たる格差は、スポーツカーレースのような「異なるクラス」が存在しているかのようにも見える。「クラスB」あるいは「ベスト・オブ・ザ・レスト」という言葉が、それを象徴していた。
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「バジェットキャップ」で格差是正なるか?
パフォーマンスの差は、すなわち資金力の差。3強各チームの予算規模は、その下のチームと比べて数倍違うといわれており、これに、一部強豪チームにことさら手厚いと批判の的になっている分配金システムが拍車をかけ、格差は広がるばかりである。
2018年、長く資金難にあえいでいたザウバーにフェラーリ&アルファ・ロメオのマネーと技術が投入され、2019年にはチーム名も「アルファ・ロメオ・レーシング」と改められることになった。また、2016年から2年連続してランキング4位に入る健闘をみせたフォースインディアも、昨季途中で破産という憂き目にあい、今季から「レーシングポイント」を名乗り再出発することとなった。「クラスB」の台所事情はどこも芳しくない。
こうした「F1格差問題」の解決策として期待されているのが、制度としてチーム予算に上限を設ける「バジェットキャップ」。2017年からF1のオーナーとしてかじ取り役を担ってきた米リバティ・メディアは、2021年からの制度導入に向けて、FIA(国際自動車連盟)や各チームと協議を続けている。F1の“商品価値”を向上させ、商業的な成功へと導かなければならないリバティは、本腰を入れてバジェットキャップを導入したいところなのだが、当然アドバンテージを失うトップチームが簡単に同意してくれるわけはない。
強豪チームとしても、グリッド数が今より減ってしまえば、F1や自らのブランド価値そのものも損なわれかねないのだから、格差是正は決して人ごとではない。また予算が減るということは、各陣営がこれまで雇ってきたスタッフの削減にもつながり、F1の産業構造そのものにも大きな影響を及ぼすことになる。F1の将来に関わる、さまざまな思惑が絡みながらの駆け引きが水面下で行われている。
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世代交代のドライバーマーケットにも3強の影響
2019年シーズンは、フェルナンド・アロンソがF1を去り、またライコネンは合計8年間在籍したフェラーリからアルファ・ロメオ(つまり昨季までのザウバー)へ移籍。大物ベテラン勢に動きがあったのと同時に、3人のルーキーがGPデビューを果たす。世代交代が着々と進みつつあるが、こうしたドライバー市場も3強チームを軸に動いている。
実績あるドライバーしか起用しないことで知られるフェラーリが、ライコネンに代わりGPキャリア2年目のシャルル・ルクレールを起用。ルクレールがフェラーリ・ドライバー・アカデミー(FDA)出身であることは有名で、2007年以来チャンピオンを輩出できていないスクーデリアは、自ら見いだした逸材に将来の成功を託したことになる。2019年1月には、ミハエル・シューマッハーの息子ミックがFDAに加入することが発表されており、スター発掘は継続中だ。
かねて若手育成を明確に打ち出してきていたのがレッドブル。トロロッソとの2チーム4台体制を組み、将来性あるドライバーをジュニアカテゴリーからF1に積極的にステップアップさせてきた。ここから、セバスチャン・ベッテルやマックス・フェルスタッペンといったスターが誕生したことは記憶に新しく、今年もアレクサンダー・アルボンという新人をトロロッソで起用した。
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育成ドライバーは“もろ刃の剣”
メルセデスも育成ドライバーを抱えているが、そのスタンスはフェラーリやレッドブルとは若干異なる。メルセデスのパワーユニットを搭載するウィリアムズやフォースインディアは「カスタマー」にすぎず、こうしたチームに若手ドライバーのシートを用意させるような積極性はみられない。
例えば、2014年にメルセデスのリザーブドライバーとなったパスカル・ウェーレイン。2017年にザウバーで戦うも、翌年からチームがフェラーリ&アルファ・ロメオ系列になることが決まると居場所を失い、2018年はメルセデスのテストドライバーを務めた。しかし、ルイス・ハミルトンとバルテリ・ボッタスが2019年も本家チームに在籍することが分かると、当面シートが確保できないことを理由に、メルセデスは2018年でウェーレインとの契約を解消した。
昨年までフォースインディアをドライブしたエステバン・オコンも、これと似たような道をたどる可能性がある。破産後の新体制で、ランス・ストロールの父親であるローレンス・ストロールが中心となった投資家グループが経営に加わると、2019年のオコン離脱が決定的に。しかしそのシート探しは難航し、結局メルセデスのリザーブドライバーに落ち着くこととなった。
オコンが再びF1のステアリングを握れるかどうかは微妙と言わざるを得ない。いまや円熟の境地に達したハミルトンを筆頭に、ふがいない昨シーズンの雪辱を果たさんとするボッタス、さらには今年ウィリアムズからデビューするジョージ・ラッセルという新進気鋭のルーキーも登場。ただでさえ、誰もが喉から手が出るほど欲しいチャンピオンチームのシート、ライバルはごまんといるのだ。
加えて、ルノーなど、メルセデスと全く関係のないチームは、メルセデスの育成ドライバーとの契約に二の足を踏まざるを得なくなるという側面も否定できない。育成ドライバープログラムのような、特定チームとの太く深い関係は、ドライバーのキャリアに影を落とすこともある。そもそも「育成」といえば通りはいいが、チームにとっては「青田買い」でもあるわけで、才能に見切りをつけられドライに切り捨てられたドライバーも少なくないのが実情だ。
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日本人ドライバー誕生の可能性
ところで、今季から強豪レッドブルにもパワーユニットを供給するホンダが、日本人ドライバーをデビューさせるということはないのだろうか。
F1ドライバーになるためには、ジュニアカテゴリーでの戦績に応じて与えられる「スーパーライセンス」ポイントを集めなければならず、現在このポイントでF1参戦条件を満たす日本人は、昨年日本のスーパーフォーミュラとSUPER GTでダブルタイトルを獲得した山本尚貴しかいない。今年31歳となる山本にもチャンスがないわけではないが、世界でたった20人しかいないF1ドライバー、その狭き門を通るのは容易ではない。
資金力でマシンを速くすることはできよう。しかし、チャンピオンの資質を持つドライバーを見つけ出すということは、おカネだけで実現できるものでもない。フェルスタッペンもルクレールも、才能にあふれたあまたの中のほんの一握りでしかないのだ。何かと政治的な話題が多い昨今のF1にあって、やっぱり主役は人だと思えることに救いを覚える。
(文=柄谷悠人/写真=メルセデス・ベンツ、フェラーリ、レッドブルレーシング/編集=関 顕也)
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