第587回:イタ車はかくしてつくられる!
“アルファのゆりかご”カッシーノ工場を訪ねて
2019.09.20
エディターから一言
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イタリアの物づくりは、先進・精密とは縁遠い? そんな偏見を吹き飛ばす、高度に近代化された工場がイタリア国内に存在する。一体どのような点で優れているのか、最新アルファ・ロメオの生産現場をリポートする。
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「欧州」だってさまざま
今夏は住まいのあるフランスが記録的な猛暑に見舞われたため、涼風を求めて休暇をベルギーで過ごした。
驚いたのは街のエコ化。もちろんフランスも、しばしば足を運ぶイタリアもエコロジーや環境への配慮は現在最も重要なトピックだが、理想と現実の落差は大きい。例えばゴミ。地方によって違いはあるものの、私が住む南仏では「プラスチック、缶、紙」と「その他」の2種類に分けるだけ。ビンと生ゴミは一緒に捨てる。日本の分別の細かさを思うと捨てる側が不安になるアバウトさである。意外な感じを受けるかもしれないが、こと分別に関しては国民意識も含めてイタリアの方が進んでいる。ただし、例えばローマではゴミ回収業者の利権問題がからみ、収集作業が何週にもわたって行われないことがある。右を向いても左を見ても、これが2国の現実だ。
自動車のくくりでエコ化といえば「ガソリン VS 電気」をイメージしていたが、ブリュッセルの構図は自動車ではくくり切れない。「クルマ VS 電動キックボード」となっていた。電動キックボードの多いこと多いこと。アプリを使ってのレンタルで、自分のスマホでしか発進できないため、乗り逃げされる心配がなく歩道の上でもショップの入り口でもどこでも気楽に駐(と)めることができる、これもヒット要因となったようだ。レンタル自転車はすでに流行遅れ。驚いた。わが町にはまだコレすら登場しておらず、充電ステーションはいつも不届き者の駐車スペースになっている。
ちなみに食について言えば、欧州全体にわたってベジタリアンと有機栽培品を扱ういわゆるビオショップが現在のトレンドで、特にブリュッセルでは後者が通常のスーパーより多いのではないかと思うほどの数だった。今やビオショップに通いEVか電動キックボードに乗るベジタリアンが多数派、ステーキをモリモリ食べスーパーで特売品をあさりガソリン車に乗る人間は肩身がせまい、こう感じられるほど。私は間違いなく肉&内燃機関派である。ヤバい。
休暇が終わりフランスに戻ってから主婦の井戸端会議でこの話をし、仕事でイタリアに行って自動車仲間やメーカーの人にこの話をし、「遅れている、遅れている」と大いに騒いだ。するとFCAの広報担当からこう言われた。「カッシーノ工場ってご存じですか? 最もエコ化に力を入れている自動車生産工場なんです。いっぺん見学に」。うれしいお誘いを受け、出掛けることにした。いざ、カッシーノへ。いや、まずローマへ。
世界有数のエコ・ファクトリー
工場はローマ空港から130kmほど南下した、フロジノーネ県に属する基礎自治体、カッシーノにある。首都からクルマでおよそ90分、遠くに山を望む緑豊かな場所に1972年に建設された。
古いイタ車ファンには懐かしの「126」を皮切りに、フィアットが「フォルクスワーゲン・ゴルフ」に対抗するため生み出したホットハッチ、「リトモ」や「ティーポ」、「ランチア・デルタ」がここから送り出された。現在は「アルファ・ロメオ・ジュリエッタ/ジュリア/ステルヴィオ」という“イタリアの星”を生産する。従業員は3743人。カッシーノの人口はおよそ3万7000人というから10人に1人はこの工場で働くことになる。
ここの売りは、ずばり「世界有数のハイレベルなサステイナブルファクトリー」であること。カタカナが並ぶと実態が見えにくくなるのはなぜだろう、という話はともかく、要は環境への配慮と人間工学に基づいた労働環境・姿勢を重視した工場なのだ。2007年に大幅なリフォームが施され、生まれ変わった。
環境への配慮には3つのポイントがある。1つ目は水。ご存じの通り、自動車塗装にはエネルギーもさることながら大量の水を必要とするが、これをすべて雨水でまかなっている。塗装以外の場で使用されるものも同様だ。2つ目は廃棄物の埋め立て処分を行っていないこと。行政に頼らず自ら回収、リサイクルしているのである。
なーんだ、その程度かと笑ってもらっては困る。これはイタリアという国、特にローマから南の地方では画期的なことなのだ。前述の通り、家庭から出る粗大ゴミから産業廃棄物まで、回収・処分はこの国では常に大きな社会問題だ。犯罪組織、いわゆるマフィアの利権がからんでいるだけに、われわれ日本人には想像もつかないほど事は深刻。この点でカッシーノ工場は称賛に値する。
3つ目は工場で使用する電力。100%自家発電である。つまり水ゼロ、ゴミゼロ、CO2ゼロ、スリーゼロを実践した工場ということになる。
働く人もハッピー
“売り”の2番目、人間工学に基づいた云々(うんぬん)は、工場に入って、ああ、このことだったのかと気付かされた。
まず、非常に清潔である。きれい、こちらが正しいかも。200万平方メートルにも及ぶ敷地は広々としていて、木々が微風を受けて葉をひらひら揺らし、まるで大学キャンパスか広大なピクニック場のようだが、中も外の美しさを裏切ることはない。整然とした中に明るさを与えるのは白基調の壁とライト、そして働き手のユニフォームだ。ラインで働く若い工員に「それ、いいね」とビッショーネのロゴ入りポロシャツを指さしたら「だろー」、ニヤリと笑った。工場見学者にお土産ショップはないかと尋ねられることがあるそうだ。わかる、聞きたくなる気持ち。
工場はプレス/ペイント/ボディー/アセンブリー/プラスチックの5部門に分かれている。プラットフォームを製作するボディー部門は1255基のロボットを有し、タンゴのリズムが聞こえるようなキビキビした動きは圧巻である。代わってダッシュボードなど備品の取り付けを行うアセンブリー部門は細かな作業が含まれることから“ヒトの手”を必要とする。人間工学に基づくとうたうポイントはここにあり、体に負担のかからない労働姿勢を取る。WPI(ワールド・プレイス・インテグレーション)というプログラムに基づいて実践されたものという。確かに昔の自動車工場で見た「腰痛になりそうスタイル」で作業をするワーカーの姿はなかった。
見学の締めには車体とエンジンを合体させる、自動車用語で言うところの「マリアージュ」(結婚)を見せてもらった。要するタイムは54秒。「はやっ」とつぶやいたら案内係を務めた女性(若いお嬢さんだった)が「ヒトもこれくらい速いといいんだけど」と絶妙なレスポンス。続いてこうも。「クルマは離婚しないし」。
ああ、自分がいまいるのはイタリアなんだと思わずにはいられなかった。案内係でもマニュアル通りの案内係にとどまることはない。いつもポロリと本音があふれ、ジョークを飛ばして周りを和ませてくれる。ちなみにここで働く女性は全体の12%。数的には1割強だが、チームリーダーやテストドライバーといった重要なポストについていることも特筆に値する。男女ともに従業員の平均勤務年数は20年。イタリアの工場としては長い年数である。
見学終了後、案内係のお嬢さんにこんな清潔できれいな自動車工場で働く、その感想を尋ねた。
「快適です。エコロジーを実践するというのは、いま最も大切なことだと思うし、労働環境に配慮した仕事場は(仕事への)意欲が生まれます。この工場の存在を多くの人に知ってもらいたいです」
控えめだが強い意志の感じられる感想を聞かせてくれた。「グラーチェ」、ありがとうと言ってハグを交わしたその時、彼女が耳元でつぶやいた。
「やっぱ、ジュリアとかめちゃカッコいいから、それもうれしい」。
ああ、やっぱり本音のあふれるイタリア人だと吹き出してしまった。有意義で楽しい工場見学だった。
(文=松本 葉/写真=FCA/編集=関 顕也)
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松本 葉
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