自動車史にさんぜんと輝く名機よ さらば!
スバルを支え続けた「EJ20」にささぐ鎮魂歌
2019.10.07
デイリーコラム
30年にわたる歴史に幕
“世界に通用する走り”を目指し、1989年にスバル(当時は富士重工業)が社運をかけて発売した初代「レガシィ」。このクルマとともに誕生したのが、EJ型水平対向エンジンだ。長らくスバルの主力エンジン、あるいはトップスポーツモデル用のユニットとして磨き続けられてきたが、ついに本年度内(2019年度)で生産を終了すると発表された。予想はしていたし覚悟もできていたとはいえ、いざ公式に発表されると寂しいものである。
2011年あたりからEJ型の後継ユニットにあたるFA/FB型エンジンへの移行が進み、2014年からは現行型「WRX STI」、およびそれをベースとした限定車に搭載されるのみとなっていた。いよいよ環境性能面での限界を迎えたことで30年の歴史に幕を閉じるわけだが、ここでEJ20というエンジンの歴史を簡単に振り返ってみよう。
開発プロジェクトがスタートしたのは1984年。それまでの主力エンジンEA型は、1966年にスバル初の量産小型車「スバル1000」用として誕生したものだ。基本設計が古く、もともとはOHVエンジンとして生まれたこともあり、主にヘッドまわりの改良が限界に達していた。
当時、富士重工業が開発していたレガシィは、「レオーネ」時代とは次元の異なる高速性能や操縦安定性を実現することが使命となっていたので、エンジンも全面刷新する必要に迫られた。EJ型エンジンの開発の指揮をとったのは、のちにスバルテクニカインターナショナル(STI)の社長としても活躍する山田剛正氏。そして、設計図の白紙に線を引く作業から基本設計のすべてを手がけたのは、こちらも後にSTI社長となる工藤一郎氏だった。
特徴は高出力化の高いポテンシャル
EJ型エンジンの最大の特徴は、高剛性と高出力化への潜在能力の高さにあった。メインベアリングをEA時代の3個から5個に増やし、ブロックの結合ボルトも5本に増やしてブロック剛性を大幅に強化。逆に、ヘッド部分を固定するボルトはEA型の9本から6本に減らして、吸排気ポートまわりの設計の自由度を増し、高出力化に対応できるようにした。
水平対向エンジンそのものの特徴として、シリンダーブロックは左右分割式。エンジンの1次、2次振動ともに完全バランスで、直列4気筒などでは必要となるバランサーシャフトは不要。さらに、92mmのボアに対してストロークは75mmと、極端なショートストロークになっているのも大きな特徴で、低速トルクを重視するには不向きだが、高回転型にしやすくスポーツカー向きであるという素性を持っている。
初代レガシィでは、当時の2リッターとしては世界トップクラスの220PSを実現。かの有名な「10万km世界記録挑戦」では、ピストンなどの重量バランス精度を高めるファインチューンは施したものの、基本的には市販車に搭載されるEJ20そのものを搭載して記録を達成している。当時の2リッターエンジンとしては世界最大級の出力を出しながら「10万kmアクセルを全開にし続けても壊れない」という驚異的な耐久性の両立を実証したのだ。
1992年、レガシィに次いでデビューした「インプレッサWRX」では最高出力を240PSまで向上。インプレッサ用にバルブをロッカーアームからダイレクトプッシュに変更し、水冷式だったインタークーラーは空冷式とした。
“実戦”がもたらした長足の進化
ひとことでEJ20と言っても、ターボ以外に自然吸気(NA)もあり、DOHCとSOHC、またMT用とAT用、さらにSUVの「フォレスター」用は専用のトルク特性とするなど、搭載車種ごとに構造や出力特性が大きく異なり、そのバリエーションは非常に幅広い。ここからはWRXに搭載されたEJ20を中心に振り返る。
1990年代初頭、世界ラリー選手権(WRC)のパートナーである英国のプロドライブから「300PSをフルに発生させ続けても壊れないエンジンがあれば、WRCでチャンピオンが取れる」と要望されたこともあり、EJ20の開発は高出力化と耐久性の向上に重点が置かれた。
EJ20は初期段階から当初の性能目標をはるかに超えられるだけの潜在能力が与えられていたので、競技のための高出力化や競合車との性能競争には対応しやすかったという。初代WRXのA型で、競技向けの「RA」ではない標準車にもシリンダーブロックにクローズドデッキを採用したのも、将来的な性能向上を見込んでのことだった。EJ20の性能と信頼性は、WRCでのマニュファクチャラーズタイトル3連覇の偉業に大きく貢献。より市販車に近いクラスでも、輝かしい戦績を収めることになる。
市販車の高出力化も急速に進み、1993年発売の2代目レガシィが250PS、1994年9月からの初代WRX C型が260PS、そして1996年1月発売の「WRX STiバージョン」が275PSを発生。このモデルのRAでは、レブリミットが7500rpmに高められていた。ちなみに、エンジン型式は燃料供給装置の区分でEJ20E、EJ20J、EJ20G、EJ20K、EJ204、EJ205、EJ207などと変わる。1996年登場のEJ20Kはピストン形状が変更され、ターボチャージャーも三菱製からIHI製に代えられていた。同エンジンを搭載する2代目レガシィの後期型およびインプレッサの「STiバージョンIII」では、ついに最高出力が当時の自主規制値である280PSに達した。
1990年代はWRC参戦黄金期であり、市販車も「三菱ランサーエボリューション」との性能競争に明け暮れたことから、EJ20はこの時代に劇的な進化を遂げることになる。
高出力化以外にもさまざまな改善が
2000年に登場した2代目インプレッサWRXでは、スバルのターボ車として初めて吸気側に可変バルブタイミング機構(AVCS)を採用(2リッターNAモデルは初代モデルで採用済み)。さらにTGV(タンブル・ジェネレーション・バルブ)が採用され、燃焼効率の向上、触媒の二重化による始動直後の排出ガスレベルの低減と、環境性能の改善が図られた。2002年のインプレッサのマイナーチェンジでは排気管が等長化されている。
2007年登場の3代目インプレッサWRX STIでは、280PSの自主規制を超え最大出力が308PSとなり、同時に低中回転域のトルクも向上。可変バルブタイミング機構(AVCS)が吸気、排気の双方に設けられるようになった。
2014年登場の4代目WRX STIでは、基本的にはEJ20はキャリーオーバー。ハードウエア的にはまったく同じものながら、ECU制御の緻密化により、25%のアクセルの踏み込み量で、先代モデルの50%時を超える加速度を実現している。これにより、スロットルレスポンスと加速の軽快感が高まった。
EJ20は、WRCでも市販車でもランサーエボリューションという宿敵がいなくなってから、スペック面などでは目立った進化を遂げていないようにも見える。しかし、公式に発表されていない部分では、世代ごとにかなりの改良が加えられてきた。例えば現行型4代目「WRX STI」に搭載されるEJ20は、先代GRB型と比べてインタークーラーの冷却効率が劇的に向上。圧力損失は大幅に減少し、タービンを少し大きくしたのと同様の効果が得られている。
ECUの学習機能も新世代のFA/FB型に近いレベルになっており、学習結果を優先して最適な状態を探りながら走る仕様となるなど、ソフトウエア面での進化も地味に進んでいるのだ。
さらには、性能の個体差バラツキや、熱ダレによる出力の低下幅もかなり少なくなっており、長年つくり続けただけに、性能と品質の安定感は非常に高いレベルにある。また、かつてはEJ系エンジンの定番トラブルだったエンジンオイル漏れは、3代目WRXや4代目レガシィの世代から劇的に減少。ガスケットの質など細部もかなり改善されている。
EJ20を新車で買えるのはこれが最後
WRC撤退と入れ替わるようにして、2009年から本格参戦が始まったSUPER GTや、ニュルブルクリンク24時間耐久レースに参戦するマシンの心臓もEJ20型エンジンである。もちろん、ラリーでは中低速重視だったものを、レース用では高回転域でのピークパワー重視に調整し直すなど、WRC用とは細部はかなり異なるし、焼き入れの仕方も違うが、幹となる部分は共通。シリンダーブロックは基本的に市販のEJ20と同じだ。
SUPER GTでは、今後もEJ20が使い続けられる見込みながら、市販車ではエミッションの問題をクリアするのが難しく、次世代のWRXには新世代のターボエンジンが搭載される。この秋の東京モーターショーには「EJ20ファイナルエディション」のプロトタイプが展示され、限定555台の受注受け付けもスタート。EJ20搭載車の新車が買えるのはこれが最後といわれている。
個人的な昔話で恐縮だが、1993年に初代WRXに試乗してアクセルをひと踏みした瞬間から、筆者の人生は激変した。その豪快な回転フィールとサウンドは、他のどんなクルマとも異なる独自の感触で、クルマそのものよりもむしろ「この水平対向エンジンを買いたい」との欲望がさく裂。WRXを買わずにはいられなくなり、クルマ無関心人間だった私を目覚めさせてくれた「ヴィヴィオ」をわずか半年で乗り換えた。
水平対向エンジンの美点とされる低重心&好バランスは、当時のWRCのグループAマシンが激走する映像を見れば、他車との違いは一目瞭然だった。とりわけジャンプをした時の空中での姿勢と着地した直後の挙動が美しく、一般的なエンジン横置きFFベースのマシンとの、根本的な素性の違いに魅了された。その後、スバルはWRCの覇者となり、水平対向エンジンの優位性を証明する。一方筆者は、普段の運転で感じられる運動性の高さに魅了された。極限的な状況下での運動性能はもちろん、何気ない日常的なシーンでも常に実感できるスバル車の走りの良さは、今も昔も変わることがない。
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ありがとう水平対向
いつか登場する、EJ20に代わる新しいスポーツユニットは間違いなく良いエンジンで、乗ればもん絶するに違いない。筆者はきっと欲しくなるし、場合によっては買うかもしれない。しかし、おそらくそのエンジンは、筆者にEJ20ほどの感動を与えてくれるものではないだろう。たとえ性能数値的にはEJ20を凌駕(りょうが)するものだったとしても、存在の大きさでEJ20を超えることはないのだ。筆者の人生において、この先EJ20を超えるエンジンと出会うことはあり得ないだろう。
だから、そんなEJ20は、常に最低でも1機は気持ち良く回せる状態のものを所有し続けていたい。現状では新車で買った初代WRXの初期世代のEJ20が手元にあり、ずっと手放さないつもりだ。
市販用のEJ20が退役するのは寂しい反面、このユニットは古い個体でもその魅力が存分に味わえる。30年にわたり改良が重ねられた結果、昔と今とではほとんど別物というべきものになってはるが、例えば手組みバランス取りが実施されたSTIの限定車では、古い個体でも完調ならいまだに感動レベルのエンジンフィールが味わえる。程度の良い中古車を買って、コンディションを良くすることにお金と時間を費やす価値は高い。蛇足ながら、筆者が所有する初代WRXの初期A型は、25年と20万kmを経た今も、エンジン本体は調子がよく、EJ20の美点を今も味わえる。EJ20そのものは大量に世に出ているので、近い将来新車で買えなくなるからといって、個人的にはまったく悲観していない。
そう遠くない将来、オール電化のクルマが空を飛ぶようになるのかもしれない。それを思えば、なおのことスバルの水平対向エンジンが光り輝く時代を生きることができた幸運に感謝してやまない。
(文=マリオ高野/写真=スバル、webCG/編集=堀田剛資)

マリオ高野
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