“2050年・80%電動化時代”の救世主となるか?
走りながら充電する新技術がモビリティーを変える
2019.10.21
デイリーコラム
すべての機構をホイールまわりに集約
次世代モビリティーの有力候補とされながらも、いまひとつ普及の進まない電気自動車(EV)。そのネックが航続距離の短さとバッテリー充電時間の長さにあることは論をまたないが、このほど、そうした問題を解消するソリューションがお披露目された。東京大学大学院新領域創成科学研究科に属する藤本博志准教授らの研究グループが、ブリヂストン、日本精工、ローム、東洋電機製造との産学オープンイノベーションとして研究開発を進めている、「第3世代 走行中ワイヤレス給電インホイールモーター」を発表したのだ。
この技術は、その名の通りワイヤレス給電システムとインホイールモーター(IWM)を組み合わせたもの。2017年に、2世代のシステムを実際の車両に装着し、走行に成功しているが、今回はそれをさらに進化させ、受電から駆動までに必要なものを、すべてホイールまわりに集約させた。構造的には「ホイール外給電」と「ホイール内給電」の2タイプがあり、特に後者は、受電コイルまでもホイール内に組み込んだ世界初のタイプとなる。この車両で給電用コイルの上を走行すれば、走りながら電力が供給される。コイルを適切な間隔で敷設すれば、延々と走り続けることができるという。
ワイヤレス給電もIWMも以前から研究されているテーマだが、これらの技術がどういったインパクトを持ち得るのか、あらためて背景を整理しておきたい。
バッテリーにまつわる諸問題を一挙に解消
自動車メーカー各社は、これから新車のほとんどを電動化する方針を示している。電動化といっても、化石燃料を一切使わないEVから、プラグインハイブリッド車、ハイブリッド車、回生ブレーキだけのマイルドハイブリッドまでレベルはさまざまだが、いずれにしても電池を必要とする。
いずれにせよ、車内にエネルギーを蓄える電池として大本命なのが、今年のノーベル化学賞に輝いたリチウムイオン二次電池(LiB)だ。受賞者の一人、旭化成名誉フェローの吉野 彰氏はスマホが苦手で、「自分はLiBの恩恵を受けていない」と笑いを誘ったが、いまやLiBのない生活など考えられない。スマホ、パソコン、モビリティー、定置用蓄電池など、LiBの需要は世界中で増大している。
今後起こり得るのは資源問題だ。特にコバルトは不足の可能性が指摘されている。自動車業界としてもLiBへの依存度を下げたいところだが、いまのところ代替技術は確立されていない。また、EVは電池積載量が航続距離に直結することから、使用量を減らすことも現実的ではない。バッテリー問題は何十年も前から、EV普及を阻むものとして指摘されてきた。
そこで藤本准教授が提案するのが給電しながら走るシステムだ。道路に埋め込んだコイルからワイヤレスで電気を得られれば、電気をためるためのLiBの量を減らすことができる。そうなれば車体が軽くなるので、エネルギー効率が向上するし、車体価格を抑えられる可能性もある。
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走行中ワイヤレス給電を実現に近づけるソリューション
一般的なEVは“オンボードモーター”といって、エンジンの代わりにモーターを載せているような構造をしている。そこにワイヤレス給電を組み合わせると、車体下に受電コイルを取り付けて、そこで得た電気エネルギーをいったんバッテリーに送り、そこからモーターを駆動させて、ドライブシャフトやデファレンシャルギアを物理的に動かすという機構になるため、エネルギー変換に伴うロスが多かった。また、車両側の重量変化もロスの原因になった。受電コイルと送電コイルは距離が近い方が効率がよく、その意味で大勢が乗って車体が沈んだ状態が最適だが、いつもそうとは限らない。少人数で乗っている場合はコイル間の距離が遠くなり、効率低下を招いてしまう。これらの課題を解決するアイデアが、走行中給電とIWMの組み合わせだ。
IWMはホイール内にモーターを置いて直接動かすため、ドライブシャフトやデファレンシャルギアが不要になり、エネルギーロスの低減と軽量化が期待できる。応答性にも優れる上、個々のホイールを独立制御できるのでクルマの動きも自由自在。すべての車輪を90度回転させれば、真横に進むこともできる。さらに、オンボードモーターよりも車内空間を広くとることができ、乗員の快適性も増す。
受電コイルと送電コイルの距離にしても、クルマがジャンプでもしない限りはほぼ一定。車体の沈み込みを考慮する必要はなく、受電コイルを常に路面に近い位置にキープできる。特にホイール外給電のタイプは、ホイールの内側、サスペンションにつり下げる形で受電コイルが置かれるので、既存のタイヤやホイールを使用できるのもメリットだ。
一方、ホイール内給電のタイプにも大きなメリットがある。ゴムタイヤとホイールの間に受電コイルを置くことで、受電コイルと送電コイルの間に異物が入るリスクを極限まで低減させたのだ。ワイヤレス給電では、両コイルの間に金属などの異物が混入すると、給電がうまくいかなくなるのが大きな課題なのだが、ホイール内給電では、そのリスクが大きく低減されることになる。ほかにも、ホイール外給電と違って飛び出す部分がないので、見た目にもすっきりした印象だし、段差やごみにコイルをぶつけて損傷させるリスクもない。ただ、タイヤおよびホイールは専用品が必要で、さらなる技術革新がほしいところだ。
まずはMaaSや公共交通の車両から導入を
技術説明会では、実際にホイール外給電を装着したテスト車両による走行デモンストレーションも披露された。路面に敷設された送電コイルの上を走行し、受電すると、その様子がモニターに緑色で表示される。専用アプリも開発しており、その様子はスマホでも見ることができる。
これらの技術が実用化されれば、走行中の給電が可能になるので、EVが抱える航続距離や充電といった諸問題を解決する糸口になるかもしれない。もちろんクリアすべき課題もある。第2世代と比べて第3世代はモーターの性能が向上し、普通乗用車にも対応できるようになったという。しかし、この技術はインフラありきのものなので、オーナーカーで普及させるのは非現実的だ。まずは公共交通や商用車など、使用エリアと使用者を限定して始めることになるだろう。
個人的に相性が良いと思われるのはMaaS(Mobility as a Savice)車両だ。IWMは制御のしやすさから、自動運転に適している。縦横無尽に方向転換できるので、狭い道路での方向転換やバス停への正着などもたやすいだろう。研究グループではインフラ整備のシミュレーションを行っており、それによると高速道路の場合は9kmに1km程度の間隔で、一般道の場合は信号機の手前30mに、それぞれ敷設すればよいという。
今回発表した技術は、今年の東京モーターショー(開催期間:2019年10月23日~11月4日)でも公開される。ホイール外給電のモックアップは日本精工のブースに、ホイール内給電のモックアップはブリヂストンのブースに、それぞれ展示される予定だ。
(文と写真=林 愛子/編集=堀田剛資)

林 愛子
技術ジャーナリスト 東京理科大学理学部卒、事業構想大学院大学修了(事業構想修士)。先進サイエンス領域を中心に取材・原稿執筆を行っており、2006年の日経BP社『ECO JAPAN』の立ち上げ以降、環境問題やエコカーの分野にも活躍の幅を広げている。株式会社サイエンスデザイン代表。
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