旧き佳きベントレーの終幕 「ミュルザンヌ」が生産終了へ
2020.01.22 デイリーコラム役目を終えるベントレーの旗艦サルーン
英国の名門ベントレー・モーターズは昨2019年に創業100周年を迎え、さまざまなアニバーサリー限定モデルを上市するかたわら、日本を含む世界各国で祝賀イベントを挙行した。まさに2019年はラグジュアリーブランドにおける主役の地位を謳歌(おうか)したと言えるだろう。そして今年2020年は、次なる100年を目指した新しい展開が期待されていたのだが、年明け早々の1月14日に、筆者自身を含むベントレーのオールドファンにとっては“激震”とも言うべきニュースが配信された。
2009年の「ペブルビーチ・コンクール・デレガンス」における“ワールドプレミア”から11年を迎えたベントレーの最高級モデル「ミュルザンヌ」が、同社のビスポーク特装部門「マリナー(Mulliner)」の手によって世界限定30台のみ製作されるファイナルバージョン「ミュルザンヌ6.75エディションbyマリナー」を最後に生産終了。その後のベントレーのフラッグシップの座には、新型「フライングスパー」が就くという発表がなされたのだ。
昨年の夏、ベントレーの英国クルー本社ファクトリーにて新型フライングスパーと初対面した際、初代、2代目から大幅に迫力を増し、これまでのミュルザンヌに匹敵するかにも映るそのアピアランスを目の当たりにして、筆者は「近い将来、ミュルザンヌの市場もカバーすることを想定している……?」と直感的に予想したのだが、残念なことに(あくまで個人的に)予想していたよりもずっと早く“その日”が訪れてしまったことになる。
ロールス・ロイスとパートナーだった時代から、ベントレーとは密接な関わりをもってきた筆者は、現行型ミュルザンヌに深い敬愛の念を抱いている。その理由は、もはや甘美と表現してしまいたくなる古典的魅力にある。特にパワーユニットについては、まさしく唯一無二のものと言わねばなるまい。
六十余年の“ベントレーV8”の歴史にも幕
そのオリジンははるか61年前、1959年に発表された「ベントレーS2/ロールス・ロイス・シルバークラウドII」までさかのぼることのできるL410系V8 OHVエンジンは、その後の「ベントレーTシリーズ」とそれをベースとする「コーニッシュ/コンチネンタル」系にも搭載。1980年にはターボチャージャーが組み合わされ、1970年代以降は風前のともしびと化しつつあったベントレーブランドの復活に大きく寄与した。
そして、ベントレーがロールス・ロイスと袂(たもと)を分かった21世紀に入ってツインターボ化され、500PS級のパワーも獲得。“ベントレーV8”と呼ばれるようになった現行ミュルザンヌ用のユニットでは、かすかに響く重低音のエキゾーストノートに怒涛(どとう)のトルク感、洗練を極めつつも“前世紀の内燃機関”的にスイートなフィールを、存分に味わわせてくれたのである。
とはいえ、燃費やCO2排出量については絶対的に不利な“ベントレーV8”が、現代の地球環境が抱える諸問題に対して真摯(しんし)な取り組みをしているベントレー・モーターズの未来像とはいささか乖離(かいり)していたことも、また明らかな事実。たとえ将来、ベントレーブランドの象徴としてミュルザンヌのような少量生産のプレステージカーが復活を遂げるとしても、その心臓部には何らかの電動パワートレインが選ばれると見るのが必定だろう。
それでも、2035年の発売を想定して開発され、ベントレー創業100周年記念のコンセプトカーとして新型フライングスパーと同じく昨年夏に発表された「EXP 100 GT」のエッセンスを先行して盛り込んだ、まったく新しいプレステージカーの復活があり得るかもしれない。
新旧のベントレーを愛してやまないエンスージアストのひとりとして、表舞台から姿を消そうとしているミュルザンヌと“ベントレーV8”に堪えがたき惜別の思いを抱きつつ、そんな妄想に胸を焦がしてみたくなってしまうのである。
(文=武田公実/写真=ベントレー/編集=堀田剛資)
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武田 公実
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