ポルシェ・カイエン クーペ(4WD/8AT)
傍流だからやれること 2020.04.01 試乗記 「ポルシェ・カイエン クーペ」に試乗。他ブランドではすでにおなじみとなっているデザインコンシャスなSUVだが、ポルシェの仕事を侮ってはいけない。外観だけでなく、走りの性能にも「カイエン」とは異なるクーペらしい味つけが施されているのだ。満を持して登場したクーペ
思い返せば、「まさかあのポルシェがSUV!?」と世界を驚かせた初代カイエンのデビューは2002年だった。ポルシェが少量スポーツカーブランドから脱皮できた(ことを、さみしく思う好事家もおられるだろうが……)のはカイエンのおかげであり、同時に今やランボルギーニやアストンマーティンまでがSUVを手がけるキッカケをつくったのもカイエンである。初代カイエンはそれくらい画期的だった。
いっぽう、カイエン クーペは競合車に対して、明らかに後発である。このジャンルの元祖はご想像のとおり「BMW X6」だが、カイエン クーペは「メルセデス・ベンツGLEクーペ」や「アウディQ8」にも先を越されている。
初代X6の発売は2008年だったから「こんなイロモノ(失礼!)が本当に売れるのか!?」という一定の経過観察期間があったとしても、2010~2018年に生産された2代目に、途中追加することは不可能でなかっただろう。しかし、実際にはポルシェは2代目カイエンに突貫工事で追加することはせず、企画初期段階からクーペを想定して設計・デザインされた3代目で、ついにクーペの登場となったわけだ。
というわけで、カイエン初のクーペはフロントセクションをクーペではない普通の“カイエン”と基本的に共用しつつも、全高にして20mm低くされた専用キャビンはAピラーの傾斜角は約1度、さらに寝かされているという。
Cピラーもカイエンと比較すると強く前傾していて、そこがカイエン クーペのデザイン上のキモとなっている。ただ、これはビジュアル上の工夫によるところも大きい。細かく観察すると、クーペでは標準装備となるパノラマガラスルーフが、わずかにサイドまで回り込むことでCピラー形状をファストバック風に整えて、実際以上に前傾して見せていることが分かる。ガラスルーフが嫌ならオプションでカーボンルーフも選択可能だそうだが、いずれにしてもルーフは車体とは別色となる。
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漂う911感
……と説明されても、骨格設計時から想定されたゆえにまとまりが良すぎるのか、写真では普通のカイエンと区別がつきにくいのも事実。ただ、ポルシェ ジャパンの駐車場でクーペとカイエンを並べてみると、クーペのほうが明らかにスポーツカー的なたたずまいである。
それは前記のキャビンの低さや形状だけでなく、クーペ専用に拡幅されたヒップラインの効果が大きいように思える。カイエン クーペではリアドアとリアフェンダーも専用デザインとなっており、最大部分でカイエンより18mm拡幅されているという。この幅広ヒップとファストバック風Cピラーとの相乗効果で、カイエン クーペにはカイエンにはない“911感”が醸し出されているのだ。
インテリアは基本的にはカイエンと共通である。ルーフラインは低いアーチを描いているが、前後のヒップポイントもそれに合わせて低められている。その結果、ヘッドルームなどの絶対的な空間には体感的にほとんど差はなく、例のガラスルーフのおかげもあって、室内はカイエンに輪をかけて明るい。
カイエン クーペの前後ヒップポイントは具体的にはカイエンより前席で約10mm、後席で約30mm低いという。前席は座面クッションの形状で、後席はスライド機構を省くことで、それを実現したのだそうだ。
スポーツカーブランド製とはいっても、カイエンは初代以来、とても真面目で実用的なパッケージレイアウトを売りにしてきたSUVで、競合他社と比較しても実用性で引けを取らない。それは最新の3代目でも変わりなく、よって今回のクーペで少しばかりロー&ワイドな911感に振ったとしても、相変わらずドラポジは健康的で、運転席からの目線も十分に高い。
走りの味つけも専用に
今回試乗したのは3リッターV6シングルターボエンジンを積むベーシックな“素”カイエン クーペである。試乗個体には約250万円分にものぼるオプションが追加されていたが、走行性能にかかわる部分は、基本的にツルシ状態のままだ。
そんな今回の試乗車を見ると、たとえばホイールは素のカイエンより1インチ大きい20インチがクーペでは標準で、さらに素のカイエンではオプションとなる連続可変ダンパー(ポルシェアクティブサスペンションマネジメントシステム=PASM)もクーペでは最初から備わる。聞けばスタビライザーもクーペ専用に大径化されており、よりロール剛性の高い味つけになっているという。
というわけで、今回のカイエン クーペを同じエンジンを積むカイエンと比較すると、よりスポーツカー的な操縦性になっていると想像されるが、筆者には残念ながらツルシの素カイエン経験はない。また、このあたりはオプション次第でいかようにもなるのが、良くも悪くもポルシェの特徴でもある。
それはそれとして、この全身にみなぎる剛性感はさすがというほかない。PASMをノーマルモードに設定していると、日本の高速道路レベルの速度でも目地段差ではほとんどショックがなく、その後に2回ほど上下するくらいには柔らかいのだが、その味わいが硬質なので、単なる高級SUVとは一線を画すオーラがある。しかも、速度や横Gが高まるほど自然に引き締まっていく連続可変の調律も巧妙だ。
ただ、総合的にもっともバランスがいいのは、ひとつ硬いスポーツモード。当然のごとく低速での突き上げは少し強まるものの、ほとんどの挙動が一発でおさまるようになる。これ見よがしの演出もなく、硬すぎも柔らかすぎもしないソリッド感は「これぞポルシェ」というほかない。
そんなスポーツモードにすると変速機やエンジン、そして排気音の切れ味が明らかに増すことも、スポーツモードの印象をさらに引き上げている要因だろう。
オプションがほしくなる仕組み
これがスポーツプラスモードとなると、アシはいよいよガッチリと固められて、エンジンも電光石火で吹ける。それでも、車体のどこからも低級音やオツリめいた振動がほとんど看取できないのはたいしたものだ。
ただ、最硬となるスポーツプラスモードのアシは、公道レベルのグリップや速度では、いかに鋭いエンジンレスポンスをもってしても、なかなか想定どおりの入力にならない。山坂道で意図的に振り回しても、ヒョコヒョコとした上下動がおさまらないままタイヤだけで走っている感が強い。このモードが真価を発揮するのはおそらくサーキットか、かなり特殊な超高速ワインディングだろう。ただ、そういう場所で本格的にムチを入れると、おそらくタイヤもブレーキも物足りない。……で、いろいろとオプションがほしくなってくる(笑)。
これらノーマル、スポーツ、スポーツプラス……といった走行モードは、ステアリングホイールのホーンボタン右側に備わるダイヤルで切り替え可能で、それに合わせてPASM、パワートレイン、エキゾーストシステムなどが同時に切り替わる。ただし、コンソールの独立スイッチを使うと、それぞれを個別に設定することも可能だ。
100万円高ならお買い得
現時点でも最高出力550PS、最大トルク770N・mの「ターボ」があり、おそらく将来的にはさらに過激な「ターボS」まで想定しているカイエン クーペのシャシーと駆動系にとって、V6シングルターボ程度はまったくもって余裕シャクシャクである。
とはいえ、そんな素カイエン クーペでも最大トルクは450N・m。絶対的にはかつての4~5リッター級のパンチ力はあるわけで、積極的に踏んでいけば、いかにもよくできた後輪駆動ベースのトルクスプリット4WDらしい走りを披露してくれる。
安定しつつも回頭性はきちんとあり、後ろからスムーズに押し出すように曲がっていく操縦性は、まさに教科書どおりである。その硬質で剛性感にあふれて、素直な操縦性はなんとも滋味深く、ツルシのポルシェらしい味わいである。
そんな素カイエン クーペは同じエンジンを積むカイエンに対して約100万円高となる。安くはないが、大径タイヤ、PASM、スポーツクロノパッケージ、ガラスルーフ……といったエクストラ装備が追加で標準化されていることをを考えれば、ポルシェ基準ではまあまあ適正ということになるのだろう。
ポルシェによると、カイエンシリーズ全体におけるクーペの販売比率はおよそ3割を見込んでいるというが、個人的にはもっと高くてもいいと思う。普通のカイエンはもはや定番商品化しているので、良くも悪くも真正面から実用的なパッケージレイアウトが求められる。よって、その真面目なパッケージをちょっと犠牲にしたクーペは、あくまで傍流モデルというあつかいになるんだろう。
ただ、いまだに「ポルシェ=911」というイメージがこびりついた門外漢の中高年(=筆者)にしてみれば、せっかくポルシェのSUVを買うなら、少なくともこのクーペくらいの遊び心と911感があったほうが、しっくりと納得できるというものだ。
(文=佐野弘宗/写真=郡大二郎/編集=藤沢 勝)
テスト車のデータ
ポルシェ・カイエン クーペ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4931×1983×1676mm
ホイールベース:2895mm
車重:2070kg
駆動方式:4WD
エンジン:3リッターV6 DOHC 24バルブ ターボ
トランスミッション:8段AT
最高出力:340PS(250kW)/5300-6400rpm
最大トルク:450N・m(46.1kgf・m)/1340-5300rpm
タイヤ:(前)275/45ZR20 110Y/(後)305/40ZR20 112Y(ピレリPゼロ)
燃費:--km/リッター
価格:1135万6481円/テスト車=1384万7784円
オプション装備:ボディーカラー<マホガニーメタリック>(18万2315円)/インテリア<スレートグレー×スムースレザー仕上げ>(54万8983円)/スポーツエキゾーストシステム(47万3612円)/フロアマット(3万0556円)/シートヒーター<フロント>(7万2315円)/コンフォートアクセス(19万2500円)/自動防げんミラー(6万0093円)/アルミニウムインテリアパッケージ(12万9352円)/PDLS付きLEDヘッドライト(14万8705円)/ソフトクローズドア(11万7130円)/ヘッドアップディスプレイ(24万4445円)/14way電動コンフォートシート(20万7778円)/プライバシーガラス(8万3519円)/リアセンターシート(0円)
テスト車の年式:2020年型
テスト開始時の走行距離:3085km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(1)/高速道路(8)/山岳路(1)
テスト距離:442.2km
使用燃料:56.8リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:7.8km/リッター(満タン法)/7.4km/リッター(車載燃費計計測値)
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佐野 弘宗
自動車ライター。自動車専門誌の編集を経て独立。新型車の試乗はもちろん、自動車エンジニアや商品企画担当者への取材経験の豊富さにも定評がある。国内外を問わず多様なジャンルのクルマに精通するが、個人的な嗜好は完全にフランス車偏重。
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