サー・スターリング・モス逝去 英国が生んだ“ミスターモーターレーシング”の足跡をたどる
2020.04.15 デイリーコラム引退後も人気は衰えず
サー・スターリング・クロフォード・モスOBE(1929年9月17日ロンドン生まれ)が、4月12日に逝去した。享年90。かねて闘病中であった。
スターリング・モスは、第2次大戦後に英国が輩出したレーシングドライバーのなかでも秀逸なひとりとして評され、引退後もヒストリックカーイベントだけでなく、メルセデス・ベンツのアンバサダーを務めるなど、2018年に完全引退を表明するまで、世界中から引く手あまたの存在であった。
1963年に32歳でレースから引退したにもかかわらず、生涯にわたって高い人気を保ち持ち続けていた要因は、無敵を誇った1955年のダイムラー・ベンツ・チーム期を除けば、戦闘力が劣るマシンながら卓越した技量によって勝利を引き寄せていたことだろう。
戦前にインディ500への出場歴がある歯科医を父に持つスターリング・モスは、1947年に英国内のスピードイベントに「BMW 328」で出場することで、モーターレーシングへの世界に足を踏み入れている。翌48年には、500cc規定のF3レースに「クーパーJAP」で駒を進めたことにより、その才能を開花させた。スポーツカーレースのほか、モンテカルロ・ラリーでは1952年に総合2位、54年は14位と好成績を収めるなど、ジャンルを問わないドライバーとしてキャリアを積み重ねていった。
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F1とスポーツカーレースの双方で活躍
初のGPレース出場は1951年のスイスGPで、英国製のHWMでスポット参戦し、53年までERAやコンノートなど英国製マシンで出場を続けたが、入賞は果たせなかった。
本格的にF1GPへの参戦を開始したのは1954年であった。この年から、休眠していたダイムラー・ベンツが近代的なマシン「W196」で復帰することを知ったモスは、ドライバーに名乗りをあげたものの、まず勝てるドライバーであることの証明が先だと、門前払いを食らってしまった。奮起したモスは、市販GPカーである「マセラティ250F」を購入すると、英国のノンタイトル戦で2回の優勝と、ベルギーGPで3位に入る活躍を示し、晴れて1955年にはファン・マヌエル・ファンジオのナンバー2ドライバーとしてダイムラー・チームに採用された。
ダイムラー時代のモスは、名手ファンジオの後塵(こうじん)を拝していたが、第6戦イギリスGPで予選1位から優勝を果たし、英国のファンを驚喜させた。スポーツカーレースではファンジオと形勢が逆転し、W196のスポーカー仕様である「300SLR」の緒戦となった第3戦ミッレミリアでモス/デニス・ジェンキンソン組が勝ち、9月のTTレース、最終戦タルガ・フローリオでもモスが勝って、ダイムラーにマニュファクチャラーズタイトルをもたらす原動力となった。モスがミッレミリアで記録した平均速度157.7km/hは大会新記録で、1957年のミッレミリア終焉(しゅうえん)まで破られなかった。
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英国人の心をひきつけた“こだわり”
1956年はマセラティで過ごすが、57年以降はヴァンウォール、クーパー、BRM、ロータスと英国製マシンによってGPレースに出場を続け、ロブ・ウォーカー・チームから出場した1961年の第1戦モナコGPで、非力なマシンながら、ロータス社設立以来初となるF1GP優勝を果たし、6戦のドイツでもロータスに2勝目をもたらしている。こうした、GPレースでは可能な限り英国製マシンでの参戦にこだわり続けた姿勢に、畏敬の念を抱く英国人も少なくない。
モスは、1962 年春に引退を決意する大事故に遭うまで、11シーズンにわたってF1タイトル戦の66戦(開催回数は現在より少なかった)に出場し、16回の優勝を果たしている。だが、初期にはファンジオが、その後には強いマシンを追い求めた同郷のマイク・ホーソーンが先行したことで、モスは一度もチャンピオンの座につくことはなかった。1955~58年シーズンには4シーズン連続して2位に終わったが、1958年など“フェラーリ・ディーノ”に乗るホーソーンが1勝だけだったのに対して、クーパーとヴァンウォールを使い分けたモスは4勝を果たしたものの、着実にポイントを重ねたホーソーンが1ポイント差でチャンピオンの座についている。1959~61年は3年続けて3位にとどまった。これゆえに“無冠の帝王”とのありがたくない異名を冠されているほどだ。
また、モスほどの力量があればフェラーリなど有力チームから誘いがあってもおかしくはないが、モスはエンツォのためにはレースをする気にならなかったといわれている。
2000年1月に英国王室からナイトに叙され、サーの称号で呼ばれるようになった。ジャンルを問わず八面六臂(ろっぴ)の活躍を見せたスターリング・モスのような巨星は、専門化する今後のモーターレーシングの世界ではもう現れないだろう。
(文=伊東和彦/Mobi-curators Labo./編集=堀田剛資)
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伊東 和彦
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