メルセデスAMG A45 S 4MATIC+(4WD/8AT)
「汎用」は「凡庸」にあらず 2020.05.22 試乗記 「メルセデスAMG A45 S 4MATIC+」に試乗。ベーシックな「Aクラス」の2倍以上、お値段800万円近くにも達するCセグメントハッチバックは、ドライバーにどのような世界を見せてくれるのだろうか。ワインディングロードを求めて都内から西へと向かった。クラスを超えたモデル
最高出力421PS、最大トルク500N・m。とんでもない数字である。高級スポーツカーならわかるが、これがCセグメントハッチバック車のスペックだというから頭がくらくらする。Aクラスというのはメルセデス・ベンツのエントリーモデルという位置づけだったはずだが、AMG A45 S 4MATIC+はそのカテゴリーにはとどまらないようだ。
先代Aクラスにも「A45」というAMGモデルがあり、最高出力は381PSだった。それでもかなりのハイパワーだが、大幅に記録を更新してきたことになる。見た目からしてノーマルのAクラスとは違う。歴史的なレースのカレラ・パナメリカーナ・メヒコに由来するAMG専用ラジエーターグリルを採用しているから、ひと目見て特別なモデルだとわかる。同じAMGモデルの「A35」との違いも一目瞭然だ。
車高を下げていて、フロントフェンダーはノーマルより幅が広い。いかにも速そうなワイド&ローの構えだ。実際に、駐車する時は輪止めにぶつかりそうで気をつかった。“究極のホットハッチ”という触れ込みだが、立派すぎてそのフレーズには違和感がある。クルマ好きの若者が気軽に手を出せるような代物ではない。
エンジンは2リッター直4ターボ。この排気量から421PSを絞り出している。もちろん、世界最強クラスだろう。「M139」という名を持つこのエンジンは、AMGの“One man-One Engine(ひとりのマイスターがひとつのエンジンを)”という主義に基づいた手作り製品である。生産者の名前が記されているのは、道の駅の農産物と同じ方式だ。試乗車のプレートには、エンジンを組んだFabio Wanningさんのサインが刻まれていた。
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エコの代わりにレースモード
もともと現行Aクラスはインテリアの質感が高いが、AMG専用パーツをふんだんに使うことでスポーティー感を強めている。目の前に2枚の長大なスクリーンが備えられているのは、最近のメルセデス・ベンツではおなじみとなった光景だ。ダッシュボードからドアトリムにかけてのラインとタービン型のエアコンアウトレットは、暗くなるとアンビエント照明で彩られる。それをエモいと感じるかエロいと感じるかは人それぞれだ。
ステアリングホイールには、AMGモデルだけのスイッチが配されている。ホーンボタンの右下にあるのは、ドライブモードを切り替える「AMGダイナミックセレクト」のダイヤルだ。「エコ」の設定はなく、回していくと「スリッパリー」「コンフォート」「スポーツ」「スポーツ+」が順に表示されていく。それで終わりかと思ったら、もうひとつ回すとチェッカードフラッグのアイコンが現れた。「レース」というモードである。
Aクラスでレースをする人がいるのかといぶかしんだが、A45 S 4MATIC+の「エディション1」は富士スピードウェイで試乗会が開催されていた。十分にサーキットで通用するポテンシャルを持っているのである。AクラスだからFFがベースだが、強大なパワーを路面に伝えるために駆動方式は4WDのみとなっている。電子制御の多板クラッチを使って前後のトルク配分を100:0から50:50まで連続的に変化させる仕組みだ。
今回は公道試乗だから、コンフォートモードでスタートする。このモードでも、十分すぎる速さだ。下手に右足に力を入れてはいけない。法定速度を守るためには、ペダルに足を乗せる程度でなければダメだ。
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大径ターボなのにスムーズな加速
少し強めに踏み込むと、メーター内に表示されるターボブーストはすぐMAX近くに触れてしまう。エンジンルームには、かなり大径のシングルターボチャージャーが見えた。一昔前なら、相当なドッカンテイストになっていたはずである。ツインスクロールターボは低回転域から豊かなトルクを生み出していて、スムーズな加速フィールを実現しているのだろう。さすがに高温になるのは避けられないようで、上部には二重の遮熱が施されていた。
ドライブモードにより、エンジンだけでなくトランスミッションやサスペンション、エキゾーストシステムなどがトータルで変化する。コンフォートならば乗り心地がいいかというと、そうでもない。スポーツやスポーツ+だと確かに硬さを感じるが、コンフォートは柔らかくなるというより収まりが悪くなる分不快な揺れが生じてしまった。
街なかでは不用意にスポーツ以上のモードを選ばないほうがいい。エキゾーストシステムの設定が変わって排気音がバカでかくなってしまうのだ。それが嫌ならば、ホーンボタンの左下に設けられたスイッチを使う。各要素を個別にカスタマイズできるので排気音だけを下げられるのだが、そんな面倒なことをせずにおとなしくコンフォートモードを選んでおくべきだろう。
ハイチューンエンジンだからといって特に気難しいところはなく、低速でのコントロール性にも問題はない。街で買い物に出掛ける時に乗っても不都合はないはずだ。駐車場などで段差や急なスロープで神経を使う場面があるかもしれないが、Aクラスなのだから生活のクルマとして乗ることは可能なのだ。
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パドル要らずのスポーツ+
せっかくのハイパワーだ。山道でこれを解放したくなるのは致し方ないだろう。ただ、それでもレースモードを選択するのは愚かな行為だ。このモードではESCが自動的にエキスパートモードになってしまう。無謀なことをしなければ大丈夫だと思うが、公道のドライブでわざわざ危険を呼び込む理由もない。
スポーツとスポーツ+とで極端な差はないが、やはりスポーツ+を選んでパドルシフトを使いたくなる。エンジン音は高まってリアからは甲高い排気音が聞こえてくるが、それを楽しめるのはごく短い時間である。一瞬にしてとてつもない速度に達してしまうのだ。パドルを使う必要もなかった。ブレーキングすると絶妙なタイミングでシフトダウンしてくれる優秀な8段ATにまかせておくのがいい。ただ、気持ちよく走っていてふとメーター内に表示される瞬間燃費を見ると、恐ろしくなって正気に返る。
1.3リッターターボエンジンの「A180」と比べると、最高出力は3倍以上である。価格は2.4倍程度だから、考えようによってはお得だ。そんな単純な計算でクルマを選ぶ人はあまりいないはずで、やはり800万円のAクラスを買うには明確な理由が必要だろう。メルセデス・ベンツというブランドが好きで、どうせならばその最高峰のモデルに乗りたいという考え方も可能かもしれない。
A45 S 4MATIC+は、実用性とプレミアムな価値、そして比類のない走行性能を兼ね備えたモデルである。コンパクトなサイズだから日常生活での使い勝手がよく、サーキットでスポーツ走行を楽しむことだってできるのだ。ポリバレントな能力ということでは、抜きんでた存在なのは確かである。
(文=鈴木真人/写真=向後一宏/編集=藤沢 勝)
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テスト車のデータ
メルセデスAMG A45 S 4MATIC+
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4445×1850×1410mm
ホイールベース:2730mm
車重:1670kg
駆動方式:4WD
エンジン:2リッター直4 DOHC 16バルブ ターボ
トランスミッション:8段AT
最高出力:421PS(310kW)/6750rpm
最大トルク:500N・m(51.0kgf・m)/5000-5250rpm
タイヤ:(前)245/35ZR19 93Y XL/(後)245/35ZR19 93Y XL(ミシュラン・パイロットスポーツ4 S)
燃費:11.4km/リッター(WLTCモード)
価格:798万円/テスト車=890万6000円
オプション装備:パノラミックスライディングルーフ(16万8000円)/AMGパフォーマンスパッケージ(55万6000円)/AMGアドバンスドパッケージ(20万2000円)
テスト車の年式:2019年型
テスト開始時の走行距離:870km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(6)/山岳路(2)
テスト距離:298.3km
使用燃料:35.1リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:8.5km/リッター(満タン法)/8.6km/リッター(車載燃費計計測値)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。