ロールス・ロイス・ゴースト(4WD/8AT)
脱ゴージャス 2020.12.14 試乗記 2009年に誕生し、ロールス・ロイス史上最高のセールスを記録してきた「ゴースト」。「先代から継承したのはマスコットと傘くらい」という新型は、確かに、既存のロールス・ロイス車とは一線を画す走りを味わわせてくれた。俗気のなさにも納得
ポスト・オピュレンス。
11年ぶりのフルモデルチェンジとなったロールス・ロイス・ゴーストが掲げる刷新のコンセプトだ。「opulence」という単語は英語に弱い僕にとってはまるっきりの初見だったので、頼みの綱であるGoogle翻訳に尋ねてみたら「ぜいたくの後」と表した。なるほど「脱・ぜいたく」というインポーター側の表現はここからきているのだろう。
では果たして脱・ぜいたくとはなんぞや? と考えてみながら、ふと思い浮かんだのは洒脱(しゃだつ)という言葉だ。ヤマッ気の抜けたさっぱり感とかあか抜け感みたいなところを形容するであろうその言葉は、果たして新しいゴーストを表すにふさわしいものだろうか。いやいやロールス・ロイスを前にしてさっぱりも何もないでしょうという俗なツッコミに辛抱しつつ、現物を目の当たりにすると、確かになるほどと納得させられるところはある。
象徴的なのはスタイリングだ。クラシックの現代的解釈としてボンネットやトランクのフード部が立体的に強調されていた先代に対して、新型はスリークな仕上がりで、フロントグリルもボンネットパネルとの一体感を高めている。
ボディーサイドも緩やかな張りで立体感を表現しながら、下方のキャラクターラインは控えめなリフレクションで引き締まった存在感を放つ。Aピラーからルーフ、クオーターに至るアルミパネルは工員が4人がかりで一斉に作業を進め、手作業で組み付け、ロウ付けを磨き上げることで滑らかな一体感を表現したという。このあたりは格上の「ファントム」と変わらぬ手法を採っている。ざっくり言えばフラッシュサーフェス化が進んだ印象だが、もちろん手描きのコーチラインフィニッシュは健在。バイカラーへの塗り分けも従来どおり可能だ。
0-100km/h加速は5秒以下
プラットフォームは完全に刷新され、アルミスペースフレーム形式となった。ロールスが言うところの「アーキテクチャー・オブ・ラグジュアリー」はスケーラブル構造になっており、現行のファントムや「カリナン」に次ぐ採用となる。ボディーサイズは先代比で全長・全幅・全高ともに若干大きくなっている一方、ホイールベースは同じ。ボディーバリエーションは標準とエクステンデッドの2つとなり、エクステンデッドの側は全長がファントムにほど近い5715mmに達している。
そこで疑問に思うのが、果たしてそんなゴーストを誰が求めるのかということだ。金銭的な不自由がない顧客が大半ゆえ、同寸なら軒並みファントムが選ばれるのではという気もする。が、現実は凡人が想像するほど単純なものではない。
ロールスのカスタマーの平均年齢層は約45歳と、BMWはおろかMINIよりも若い。そんな彼らがクルマを使う状況は、平日はショーファードリブンとしてビジネスで使い、休日はオーナードリブンとしてファミリーと共に出かけるというパターンが大勢を占めるという。さもすればファントムでさえそういう使われ方というのだから、新しいゴーストが比肩するようなサイズであっても何ら問題はない。それよりむしろ、ファントムではなくゴーストを積極的に選びたくなる、そんな理由づけをすることのほうが大切というわけだ。
新しいゴーストのパワートレインはファントムやカリナンと同じ、N74系の直噴V12ツインターボとなる。排気量は先代の6.6リッターから6.75リッターに改められており、数値的なところではパワーが1PS、トルクが70N・m向上しているが、それに関するアナウンスはなく、吸気システムの口径拡大も理由はキャビンの静粛性向上のためとされているあたりが、なんともロールスらしい。
ドライブトレインはほぼ0:100に始まり最大50:50の前後駆動配分をリニアに制御する4WDシステムをカリナンに次いで採用、8段ATとの組み合わせで最高速はリミッターの作動する250km/h、0-100km/h加速は4.8秒となる。先代とほぼ変わらぬそれは、彼らに言わせれば「必要にして十分」ということだろうが、世間的にはスポーティーサルーンの領域に入る。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
つくり手の意図が伝わってくる
フットワーク面では新機軸が満載だ。その筆頭となるのは、ダブルウイッシュボーンのアッパー取り付け部にもダンピング効果を持たせた「アッパーウイッシュボーンダンパー」の採用と、ステレオカメラによるサーフェススキャンのデータを基に減衰特性をフォワード制御する「フラッグベアラーシステム」を組み合わせ究極のフラットネスを表現する「プラナーサスペンションシステム」としてのパッケージ。また4WDの採用により、低速時の取り回しや旋回性、高速時のスタビリティーやヨー収束性などもあわせて向上させている。
室内のデザイン、そしてしつらえは、もはやロールス以外の何物でもない、孤高の領域に達している。ダッシュボードまわりやドアインナートリムなどの造形や配置がスッキリした印象になったあたりも、ポスト・オピュレンスの趣旨によるものだろうか。ちなみに試乗車に装着されていたオーナメントもオープンポア、つまり杢の孔(あな)を生かしたオーガニックな印象を高めるものだった。このあたりの仕立てにも新しい価値観にミートしようというマインドが感じられる。
後席に座ってみると、さすがにファントムほどの恭しさは感じないものの、きちんと1571mmの全高を生かして一段持ち上げられたシアターレイアウトとなっており、その掛け心地はショーファードリブンとしてみても上々だ。6ライトのクオーターウィンドウは乗員の顔寄りにあり、Cピラーでうまく秘匿感を醸すファントムとは一線を画する開放感も実現している。同乗の方に運転主役をお願いしてしばし後席の環境を観察してみると、100kgもの遮音材を投入したというその成果も静かさに表れているばかりでなく、前席や床板の震え、後輪からの入力などに起因した音響的変化や乱れがほとんどみられないことに感心させられた。
変わって運転席に陣取ってみる。相変わらずアクセルやブレーキの操作性は丁寧にしつけられており、人を乗せることを前提にみれば加減速Gのコントロール性も抜群だ。欲しい加速がいつでも得られるだけでなく、そのフィーリングがトロトロに滑らかなのは12気筒ならではといったところだろう。料金所から一気に速度を乗せて合流といった場面を強いられた時でさえ、姿勢は穏やかで変速ショックも丸く小さく、音もシュワーンと粒が細やか……と、ぶざまに取り乱すどころかその所作は爽やかでさえある。
絶妙なスポーティーさ
乗り心地は総じてロールス・ロイスの基準に十分に達しているといえるだろう。試乗の路面環境が良かったこともあり、新しいサスの効果を如実に感じる場面は少なかったが、舵を握る身からすればインフォメーションの取得に影響なく路面由来の微振動がきれいに取り除かれていることや、突き上げの丸さが印象的だった。強いて言えば、60km/h以下の速度域で時折タイヤからの入力が小さくコツッと伝わるのが惜しいが、ファントムやカリナンにも同様の傾向がある。これは新しいアーキテクチャーに共通するアルミ材の共振癖のようなものかもしれない。
インターフェイス的にはちょっとステアリングの握り径やスポーク部がやや太いのが気になるものの、この巨体におよそ似つかわしくないワインディングロードに差しかかり、そのしつらえの謎が解けた。新しいゴーストのハンドリングは絶妙に機敏でしっとりと粘り強い。これ以上せわしないとロールスらしからずという寸前のところで留めながら、見事にスポーティーなキャラクターにしつけられている。
タイトターンでマスに似合わずくるりと回頭するあたりは確かに4WDの効験あらたかだ。が、それ以外のシーンでは後輪がでしゃばることなく、スラスラとニュートラルに弧を描く。ペースを上げた際のロールも自然で、突っ張りや抑え込みといった意図的な制御は感じない。試乗車はオプションの前後異幅の21インチホイールに専用チューニングの「ピレリPゼロ」という、いかにも曲がりそうな組み合わせだったものの、きちんとシャシーで曲がっているという感触から推察するに、標準サイズでも十分走りの期待に応えるだろう。
カリナンのような重厚さとファントムのように荘厳さとは一線を画する、すっきりとしたたたずまいと走りできちんと個性を示した新しいゴースト。顧客の嗜好(しこう)を踏まえたこの進化は、図らずもポストコロナを見据えた新たな価値観の提示と受け止められなくもない。気が早すぎる話だが、恐らくこのゴーストをベースとするだろう、次期「レイス」&「ドーン」ががぜん楽しみになってきた。
(文=渡辺敏史/写真=ロールス・ロイス・モーター・カーズ/編集=関 顕也)
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
テスト車のデータ
ロールス・ロイス・ゴースト
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=5546×2148×1571mm
ホイールベース:3295mm
車重:2490kg
駆動方式:4WD
エンジン:6.75リッターV12 DOHC 48バルブ ツインターボ
トランスミッション:8段AT
最高出力:571PS(420kW)/5000rpm
最大トルク:850N・m(86.7kgf・m)/1600-4250rpm
タイヤ:(前)255/40R21/(後)285/35R21(ピレリPゼロ)
燃費:15.2-15.7リッター/100km(約6.4-6.6km/リッター、欧州複合モード)
価格:3590万円/テスト車=--
オプション装備:--
テスト車の年式:2020年型
テスト開始時の走行距離:--km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:--km
使用燃料:--リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:--km/リッター

渡辺 敏史
自動車評論家。中古車に新車、国産車に輸入車、チューニングカーから未来の乗り物まで、どんなボールも打ち返す縦横無尽の自動車ライター。二輪・四輪誌の編集に携わった後でフリーランスとして独立。海外の取材にも積極的で、今日も空港カレーに舌鼓を打ちつつ、世界中を飛び回る。