ソニーやアップルの自動車事業参入は本当か? ソフトとハードの力学から読み解く
2021.02.01 デイリーコラムCESを沸かせたソニーの「VISION-S」
史上初の完全オンライン開催となった、世界的なITとエレクトロニクスの展示会「CES 2021」。本来は世界のメディアが注目する一大イベントなのだが、今年はトヨタをはじめとする日本企業の参加も少なく、やや寂しい結果となった。
そうしたなかで注目を集めたのがソニーの電気自動車(EV)「VISION-S」だ。昨年のCES 2020で発表したプロトタイプの進化版で、今回はヨーロッパで公道走行実験を開始したと発表、実際の走行シーンを披露した。VISION-Sの公式サイトでは環境性能や主要諸元に加えて、エクステリアのカラーバリエーションまで公開されており、市販が近いかのような雰囲気も漂うが、ソニーはあくまで「モビリティーの進化への貢献を模索するためのコンセプトカー」だとしている。
一方、昨年末には「アップルがEVの生産へ」との報道が出た。先日も韓国の現代自動車に生産を委託するという情報が出ている。いずれも公式発表ではないが、アップルの自動車開発については以前から繰り返し情報が出ており、水面下でプロジェクトが動いていることは間違いない。
余談だが、昨年末にはテスラのイーロン・マスク氏が自身のTwitterでアップルに自動車事業売却を打診した過去を公表した。「テスラ・モデル3」開発時の話なので、情報としては古い。なぜこのタイミングで明かしたのかは不明だが、彼の発信が株価に影響するのは周知の事実。ホリデーシーズンに向けて上昇基調だったテスラの株価は、年が明けてからも好調だ。
自動車業界への参入が繰り返し報じられるソニーとアップル。彼らはどこまで本気なのだろうか。両社の歴史を振り返りながら、自動車業界参入の可能性を考えてみたい。
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技術力だけでは覇権が取れない
いまから30年前の1991年、アップルからノートパソコン「PowerBook 100」が発売された。当時はパソコンどころかワープロの最盛期。実際に触れたことがある人はそう多くないだろう。それでもこの製品がいまなお語り継がれる理由のひとつは、ソニーによるMade in Japanだったからだ。
いまでこそアップルはソニーの時価総額を上回るが、30年前は「ウォークマン」等のヒットで世界企業となったソニーが格上だった。そのソニーがベンチャー企業であるアップルのブランドでパソコンをつくったのは、そこで得られる知見やノウハウに価値を見いだしていたからにほかならない。のちにソニーは家庭用ゲーム機やパソコンを独自に開発している。
そんなソニーのものづくりで忘れてはならないのは、1980~1990年代に起きた家庭用ビデオ規格の覇権競争だ。独自規格「ベータマックス」は高い技術力を誇ったが、市場が拡大するにつれて製造コストやユーザビリティーなどが要因となり、ベータマックス規格のカメラやレコーダー、ビデオテープは伸び悩むようになる。結果的に日本ビクターの「VHS」が多数派となり、ベータマックスは市場から消えた。
マジョリティーにならなければ意味がない。ソニー陣営はここでそう考えたのかもしれない。
1994年発売の家庭用ゲーム機「プレイステーション(PS)」は、言わずと知れた大ヒット商品だ。それ以前の市場は任天堂の牙城で、ゲームソフトの開発も販売網も排他的な構造だった。PS陣営の勝因はソフト開発を開放し、サードパーティーを味方につけたことで、これにより任天堂よりも、セガやNECよりも豊富なラインナップを実現し、ユーザーの心をつかんだ。まさにマジョリティーの戦略だ。さらに販路には音楽関連の販売網も活用。従来の「子どものおもちゃとしてのゲーム」から、「大人のエンターテインメントとしてのゲーム」へと昇華させ、ゲームチェンジを成し遂げた。
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市場がついてこられない製品は失敗する
アップルはPowerBook 100発売の翌年、1992年開催のCESで大きな発表をしている。パーソナル情報端末「Apple Newton」だ。スマートフォンへと受け継がれる画期的なコンセプトと、ふんだんに盛り込まれた革新的な技術で注目されたが、いかんせん早すぎた。携帯電話も普及していない時代に情報端末を使いこなせる個人は皆無といっていい。CESでの華々しいプレゼンテーションがウソのように、商業的には大失敗に終わっている。
その後、アップルはCESから遠ざかっていたが、9年後の2001年に満を持してスティーブ・ジョブズが登壇する。発表したのは楽曲管理ソフト「iTunes」だ。さまざまなMP3フォーマット対応のソフトが林立するなかで、iTunesは使い勝手のよさで評判となる。そして同年10月に発売されたのが、「1000曲をポケットに。」のコピーで知られる音楽プレーヤー「iPod」だ。これがアップルとスティーブ・ジョブズの未来を決定的なものとした。
このときの「ソフトを先に、ハードは後から」という戦略は、極めて緻密に組み立てられたものだった。ユーザーが求めているのは優れた製品ではなく、その製品を通して得られる体験であり、未来である。iPodは革新的なガジェットだが、ユーザーが使いこなせなければ価値はない。Newtonがつまずいたのはそこだった。アップルは(スティーブ・ジョブズは)徹底して体験価値にこだわり、その姿勢は2007年発売の「iPhone」にも引き継がれていく。
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カギはソフトを提供する準備ができているか
さて、ここで自動車に話を戻そう。
ソニーやアップルが自動車メーカーになるかと言えば、答えは恐らくNOだ。歴史ある自動車メーカーが合従連衡して生き残りを図っている市場に、ドン・キホーテのごとく真っ向から挑むようなマネはしないだろう。テスラはある意味ドン・キホーテだったのだが、かつての彼らは、ベンチャー企業ならではの変化球でそこに挑んだ。同じ戦略を、大企業のソニーやアップルがとるはずはない。そして何より、ソニーもアップルもソフトの重要性を痛いほど知っている。ハードを売るためにハードをつくるとは考えにくいのだ。
逆に言えば、彼らがハード(車体)の生産に乗り出すとしたら、それは、ソフト(体験価値)の供給にめどがついたということだ。ソニーならばソフト開発の改革で成功したPSのように、アップルならばiTunesでビジネスの基盤を構築したiPodのように、“ソニーCar”あるいは“アップルCar”でなければ得られない圧倒的な体験価値をモデル化できたとしたら、彼らはハードに参入する可能性がある。生産はOEMという選択肢もあるが、ソニーもアップルもデザインに妥協しない企業だ。彼らの美学が自動車のデザインを革新するかもしれない。
ちなみに、2021年はPowerBook 100の発表から30年、iTunesとiPodの登場から20年、そして、ストレージサービス「iCloud」の開設から10年という節目の年だ。10年ごとに大きな発表があったのは偶然かもしれないが、今年も期待したくなってしまう。アップルは10年前に天国へ旅立ったスティーブ・ジョブズにどんな報告をするだろうか。
(文=林 愛子/編集=堀田剛資)
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林 愛子
技術ジャーナリスト 東京理科大学理学部卒、事業構想大学院大学修了(事業構想修士)。先進サイエンス領域を中心に取材・原稿執筆を行っており、2006年の日経BP社『ECO JAPAN』の立ち上げ以降、環境問題やエコカーの分野にも活躍の幅を広げている。株式会社サイエンスデザイン代表。
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