第690回:GMの本気とBMWの変化球! 大矢アキオがフルオンライン開催の「CES」を練り歩く
2021.01.21 マッキナ あらモーダ!苦行の旅はないものの
例年ラスベガスで開催される家電エレクトロニクスショー「CES」が、2021年はオンライン形式で1月11日から14日まで開催された。
言うまでもなく新型コロナウイルス感染対策のためで、2020年7月末には、すでにオールデジタルで催されることが発表されていた。
主催者である全米民生技術協会(CTA)の発表によれば、2021年は1900社が出展し、100以上のオンラインカンファレンスが開催された。なお、2020年の出展社数は約4400であった。
リアルなショー時代は、毎回新年早々にイタリアから大西洋を横断した。アメリカ側の最初の到着地では激しい時差ぼけで疲労困憊(こんぱい)しながら、年々厳格になる入国審査の列に2時間近く並ばされた。そこから再び国内線で、6時間近くを要するラスベガスに向かった。CES向けの臨時航空便が運航されて、太平洋をひとっ飛びすればラスベガスに到着できる日本からの参加者がうらやましかった。
着いたら着いたで、繁忙期に高騰するライドシェア「ウーバー」の料金に泣かされた。同様に、期間中は周辺ホテルの客室料金もつり上げられるのが常だった。安モーテルに泊まったら、イタリアに25年住んでいても遭遇したことがないゴキブリと対面した。
ラスベガスにはモノレールが通っているのは便利であるものの、駅間が長い。東京メトロ銀座線のようなつもりで「次の駅までちょっと歩こう」と試みて、えらい目に遭ったこともあった。
それらの記憶は、いずれも清涼飲料「ドクターペッパー」の独特の風味とともによみがえる。
オールデジタル版にはこうした苦労がまったくない……と安心していたら、ライブストリーミングやカンファレンスを追うには、リアル版に準じたプレス申請が必要なことが判明した。慌てて申し込んだら先方のクリスマス休暇で返答が滞り、万一書類に不備があったらアクセスできないのでは、と肝を冷やした。
“総合自動車”の意地
オールデジタルCESはアメリカ太平洋時間の午前に始まった。イタリアでは深夜だ。
それでも、乗り継ぎ便を待ってニューヨークのジョンF.ケネディ空港の冷たい床に朝まで寝ころがっていたことを思えば楽なものである。
しかし、次なる困難が待ち受けていた。
ライブストリーミングが相次いだうえ、企業によってはかなり手の込んだサイトを制作していた。それらの閲覧は、間もなく6年落ちとなる筆者の「MacBook Air」にとって大きな負荷となったのは明らかだった。過去に聞いたことがないほどウンウンとファン音をうならせ、やがて膝の上に置いていると暖房になるのではと思うくらい発熱し、筆者を心配させた。
ここ数年のCES(リアル版)では、自動車ブランドがモーターショーかとみまがうようなブースを展開して話題をさらったが、その主役であったトヨタとホンダ、日産が2021年のデジタル版には出展を見送った。
いっぽうデジタル版となって、より力が入ったのは米国ゼネラルモーターズ(GM)であった。これまで極めて開催時期が近かった北米国際自動車ショー(NAIAS。通称:デトロイトモーターショー)が数度の延期を経た結果、2021年は秋の開催となった。そのため、CESを自社のショーケースとして、より重視するようになったことは明らかだ。
メアリー・バーラ会長兼CEOによる基調講演で最初に紹介されたのは、電気自動車(EV)用バッテリー「アルティウム」である。LGケム(化学)との共同開発によるもので、薄型の長方形セルを重ねている。FWD、RWD、AWDのすべてに対応し、最長航続距離は450マイル(約724km)だ。
このアルティウムを活用して、GMは5年間で30車種のEVを発表することを明らかにした。
その一例として将来キャデラックのラインナップに加わる「セレスティック」のコンセプトカーを公開した。AWD+4WSを備える。
ちなみに、2022年モデルイヤーに発売する「GMCハマーEV」には、BOSEのオートモーティブ部門とともにEV用サウンド拡張技術を開発したという。解説によると、ギターのリフ(繰り返しの音型)と高周波のフィードバック、さらにはフォーミュラEから受けたインスピレーションをミックスしている。第689回で記した新型「フィアット500」に見られるように、「EV」と「音」が新たな連携を生む可能性があるだけに期待できる。
ただし、アルティウムの活用例で、より注目すべきは商業用モビリティーの総合ソリューション「ブライトドロップ」だろう。
その中核をなす「EV600」は最長航続距離250マイル(約402km)の中距離用バンである。2021年末にリリース予定で、国際的な物流サービスを手がけるFedExが最初に使用を開始する。
「EP1」はモーターを内蔵した自走式カートで、車両・建物間における積み荷の運搬を容易にする。
「ラストワンマイルの質的・量的向上」は近年各国で叫ばれてきたキーワードだが、GMはワンマイル以下の移動とともにロジスティックの構築にまで新たな提案を示した。
驚いたことにEP1は2021年の第1四半期に発売予定だ。EV600は2021年の第4四半期に限定販売し、2022年第2四半期に本格受注を開始する。
これからも文字通り「General Motors(総合自動車)」たらんとする意欲を感じさせた。
同様に、物流にも役立てる構想を立てているトヨタの「e-Palette」の動きが注目される。
空気はバーチャルじゃなかった
FCAはバーチャルショールームによる展示に終始していた。GMとの差があまりに……と思っていたら、意外な展開が会期中にあった。
同社は2021年1月12日、電動垂直離着陸機「eVTOL」の開発を進める米国カリフォルニアの企業アーチャーに、複合素材とエンジニアリング、そしてデザインのノウハウを提供することを発表した。
近年CESをデジタル技術のショーケースとしてきたメルセデス・ベンツは今回、「MBUX(メルセデス・ベンツ ユーザーエクスペリエンス)ハイパースクリーン」を披露した。
ダッシュボード全面を覆う幅141cmのディスプレイ群で、3基のディスプレイがシームレスに搭載されている。最高級EV「EQS」への搭載が予定されている。
「メルセデス・トラベルナレッジ」は、地図データと連動して、ルート沿いの興味深いランドマーク情報を音声で提供する。
デモではユーザーが「ヘイ、メルセデス。この建物について教えて」と質問すると、「これは『ストラトスフィアタワー』です。数十年にわたり、ラスベガスの最も有名なランドスケープのひとつです」と答えた。この機能はMBUXのアップデートで、EQSだけでなく、既発売(日本ではまだ)の新型「Sクラス」でも利用可能になる。
しかしながら、MBUXハイパースクリーン最大の驚きは「ゼロレイヤー」と称するコンセプトだ。ドライバーの注意を散漫にする複雑な操作を防ぐべく、一般的なサブメニューのスクロールを廃している。代わりに、適切なメニューを人工知能(AI)が察知して自動的に表示する。よく使うアプリを「iPhone」が自動で提案してくれる「Siriからの提案」がより高度になったものと考えればわかりやすいだろう。
参考までに、ハプティクス(触覚)タッチのためにスクリーン裏に備えられたアクチュエーターは合計12個にもおよぶ。
個人的には左右のエアコン吹き出し口もバーチャルなのか? と思いきや、それに関する説明はなかったから、ここだけは従来どおり物理的な空気がフーフー吹き出すのであろう。
折しも会期中、米国運輸省道路交通安全局(NHTSA)はテスラに対し、約16万台ものリコール要請を行った。メディアコントロールユニットのフラッシュメモリーを一定回数以上上書きすると、セントラルディスプレイが表示されなくなる不具合を指摘したものだ。
着々と進行するダッシュボードのディスプレイ化に、図らずも警鐘を鳴らしたものといえよう。
家庭内での“自動運転”始まる
その他の企業のプレゼンテーションにも、自動車に関連する興味深いものが数々見られた。
ソニーは2020年のCESで公開したEV「VISION-S」が、2020年12月からオーストリアで技術検証のための公道走行を開始したことを明らかにした。すでに報道されているとおり、同車はマグナ・シュタイヤーとの協力のもとで開発されたもので、オーストリアはその本拠地でもある。
ソニーはCESでフルサイズミラーレス一眼カメラを搭載可能なドローン「Airpeak」も発表しており、VISION-Sの走行シーンはこれを使って撮影したという。Airpeak用のプロモーションの中にもVISION-Sが登場していた。
ブリヂストンは現在の技術紹介と将来に向けたチャレンジを、今日の街と未来都市を訪問する形のサイトで紹介した。
特に興味深かったのは、コネクテッドタイヤの技術だ。センサーを内蔵したタイヤが走行状態をはじめとしたさまざまなデータをピックアップ。ユーザーのニーズにきめ細かく応えるためだけでなく、個々の車両性能や安全性の向上にも活用する。
筆者が考えるに、自動運転時代が到来すると、ユーザーの立ち位置が「クルマを動かす」から「クルマに乗る」という、より受動的なポジションに移行するはずだ。そうしたなかで自動車を陰で支える技術は、より重要度を増すだろう。
パナソニックは2020年にトロントで実施した、プロジェクション投影したゴッホの作品をクルマに乗ったままで鑑賞できるという、新たな絵画展のスタイル「ファン・ゴッホbyカー」の事例を紹介した。
ボッシュは2020年に発表した網膜に直接投影するスマートグラス用モジュールが、CESの主催者によって2021年の「イノベーション賞」のひとつに選ばれたことをリポートした。モジュール部分の重さはわずか10g以下だという。使用イメージの写真では、自動車の運転中にグラスにナビゲーションが投影されるシーンが描かれている。
実際の使用にはディストラクション、つまり目移り・注意散漫という問題を解決する必要が生じるだろう。いっぽうでスマートグラスを使えば、どんなクルマに乗っていてもスマートフォンと連携した最適・最新の地図やナビを駆使できるようになる。簡単に言えば、戦前の「グランプリ・ブガッティ」に突然乗っても、最新のナビ画面が見られるのである。
すでにスマートフォンのナビ機能は、高価なメーカー純正ナビや後付けの汎用(はんよう)ナビを駆逐しつつある。スマートグラスは、さらにそうした動きを推し進める可能性がある。そればかりか、前述したMBUXのような装置のライバルになるかもしれない。
そのボッシュは、導入が簡単なセキュリティーカメラシステムも提示した。これはアンドロイドを用いたオープンシステムだ。
有料駐車場での応用例では、既存の監視カメラでナンバープレートを自動で読み取り、出庫時は自動で決済していた。
これによってチケットもゲートも不要の有料パーキングが極めて簡単に実現するというわけだ。
イタリアで発券機の不具合や精算機の故障にたびたび遭遇してきた筆者としては、希望を抱けるシステムである。
自動運転車に加え「iPhone 12 Pro/Pro Max」でも脚光を浴びたLiDARスキャナーは、小型化と高性能化をアピールするメーカーが目立った。
その意外な使途を示してくれたのは、サムスンであった。
最新型のロボット掃除機に搭載し、部屋の空間情報を取得することでより効率的な稼働を実現。2021年内に発売予定という。“自動運転”は道路より先に、家の中で進化しそうだ。
電脳化で陳腐化がペースアップ
変化球で臨んだのはBMWで、「iDrive」の20周年をアピールすべく、ショートビデオの形式をとった。
舞台はミュンヘン本社に実在する展示施設「BMWヴェルト」である。
深夜、2001年に初のiDriveを搭載した、もはや老人声の「BMW 7シリーズ」と、2021年に市販予定で若い娘の声を持つ「BMW iX」が勝手に会話を始めるという設定だ。
7シリーズは「お前は『たまごっち』だ」と罵倒し、iXも負けじと7シリーズを「ガソリンくさいじいさん」とからかい、舌戦は続く。
7シリーズがデータのアップデート機能を自慢するシーンでは、懐かしい「ピーヒャラ~ズコンズコン」というダイヤルアップ接続の音が響く。
新旧の乗り物を擬人化したストーリーは、文=阿川弘之/絵=岡部冬彦の名作絵本『きかんしゃやえもん』を思わせる。モーターショーと違って過去作を振り返っている暇がないエレクトロニクス業界中心のCESにおいては、異例のアプローチである。
そのiXも、20年後に今度はその時代の最新型に嘲笑(ちょうしょう)される運命を背負っている。それどころか電子武装化する自動車は、電子ガジェットと同じくらい、いやそれ以上に陳腐化のペースが速くなるだろう。昨今日本のタレントである牧瀬里穂や石田ゆり子は実年齢より大幅に若く見えることで話題だが、彼女たちのようなクルマを期待するのは、もはや幻想なのだろうか。
そのようなわけで、このBMWのショートビデオは今回のオールデジタルCESにおいて、個人的に最も心に刻まれた“出展”であった。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=ゼネラルモーターズ、FCA、ダイムラー、ソニー、ブリヂストン、ボッシュ、パナソニック、サムスン、BMW/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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