第645回:ダイナミックマップがモビリティーを変える!? 現実空間と仮想空間をつなぐ高精度情報
2021.04.19 エディターから一言 拡大 |
道路のかたちを高精度な3次元データにまとめたダイナミックマップ。現在、この「機械が読む地図」がモビリティー業界で注目を集めている。自動運転の実用化にもつながるとされる、キーテクノロジーの可能性を探った。
拡大 |
拡大 |
これまでの地図との決定的な違いは“使い手”
2021年4月7日、ダイナミックマップ基盤株式会社は、一般道も含む高精度3次元地図データ(HDマップ)を2023年度に実用化すると発表した。同社は内閣府SIP自動走行システム推進委員会での議論を経て、2016年6月にオールジャパン体制で発足した企画会社を源流とする。2019年3月までに約3万kmの高速道路と自動車専用道路のデータを整備し、量産車両へ搭載された実績もある。
HDマップは自動運転やデジタルインフラの整備に欠かせないものだが、そもそもHDマップとはどのようなもので、既存のデジタルマップとは何が違うのか? 自動運転システムと関連づけて整理してみたい。
さて、世の中には地図を読める人と読めない人がいる。地図を読める人は地図から実世界の移動をイメージできるので、ことあるごとに地図を確認しなくても目的地にたどり着くことができる。一方で、方向音痴の筆者は地図アプリを注視しながら歩いていても方向を見失い、迷子になってしまう。
この違いはどこからくるのか? 知人に尋ねて分かったのは、視点が決定的に違うことだった。筆者は「病院の角を右に進む」と、地図から想像される風景や体の向きによって変化する方向感覚を頼りにしていたのに対し、地図を読める知人は「線路の西側の通りを北に向かう」と、それこそ地図に記載されるような、簡素で変化の少ない情報をもとに進路を判断していた。
地図は文字よりも起源が古いという。位置情報を伝える行為が、人間にとってそれだけ重要だったということだ。長らく手書きや印刷による2次元だったが、この数十年間で日常の地図はほぼすべてデジタルマップに置き換わった。HDマップもそのひとつにあたるのだが、これまでの地図の延長線上に位置づけられるのではなく、新たな方向に分岐した進化版とみるべきだろう。最大の違いは利用主体だ。従来の地図は、人間にとっての分かりやすさを追求し、ランドマークを誇張したり色や形を工夫したりと視覚表現に多くのリソースが割かれている。一方、HDマップは「機械のための地図」なのだ。そこでは、ひたすらに情報の正確性と現実世界との整合性が重視される。
自動運転の実現にも欠かせない高精度情報
ダイナミックマップ基盤が手がけるHDマップには、区画線や道路標識など現実世界に存在する地物と、現実世界に存在しない「仮想地物」が、高精度な3次元データとして収録される。仮想地物の代表が、車線の中心に一本通った「車線リンク」だ。モノレールのレールをイメージすると分かりやすいだろう。HDマップを用いた自動運転システムでは、クルマはその車線リンクをなぞるようにして走行する。
安全な走行のためには地図情報の精度が重要だが、従来のデジタルマップはその精度が“メートル級”だった。人が運転の主体を担う既存の運転支援システムなら問題はなかったが、いわゆるハンズオフ走行機能や自動運転システムでは、この誤差はそのまま安全上の問題につながる。
例えば、日本では高速道路の道路幅は3.5mが基本となっている。これに対し、自動車は5ナンバーの車種でさえ1.7mに迫る車幅を持つ。誤差がメートル級だと、簡単に車線を逸脱してしまうのだ。現在、多くのメーカーが商品化している運転支援システムは、白線の認識機能や前走車の後に続く追従走行機能などによって実用性を担保しているが、現実の道では白線が途切れていたり、前走者がいなかったりという場合もある。そうしたシーンで頼みの綱となる地図の精度が低ければ、より高度な運転支援や自動運転を実現するのは難しい。
こうした既存のデジタルマップに対し、HDマップは“センチメートル級”の位置精度を誇るという。幅3.5mの道路を1.7m幅の車両が走る場合、両脇にはそれぞれ0.9m(90cm)の余白があるので、これだけの精度があれば車線を逸脱する心配はない(話を分かりやすくするため、ここでは自車位置計測や車両制御の精度については割愛させていただく)。
また信号機や停止線など、安全な走行に必須の道路標識/設備情報もHDマップには盛り込まれる。例えば、交差点では複数の信号機がドライバーの視界に入ることは珍しくなく、信号を見誤って事故に発展することさえある。しかしHDマップでは、現在の位置情報と従うべき信号機がひもづいているので、システムが「どの信号機の情報に従うべきか」を誤ることがない。
このように、高い精度と道路の情報を併せ持つHDマップは、将来の完全自動運転システムの実用化に必須の技術なのだ。
ダイナミックマップを使ったモビリティーの未来図
もちろん、HDマップだけで自動運転が実現するわけではない。ダイナミックマップ基盤では道路の統廃合や地物の変更といった情報を関係機関から取得するなどして、マップの精度を保つとしているが、それでも(当然ながら)地図情報とは無関係な、突発的な事故や通行規制などには対応できない。いま目の前で何が起きているのかを認知・判断するためには、やはりその場で情報を収集する車載センサーが不可欠だ。
一方、車載センサーの側は、山道やカーブの連続する道路のような見通しが難しい場所、信号や標識などの情報を得にくい悪天候の下では、機能を十分に発揮できない。従って、そういった場面ではHDマップの情報がより活用されることになる。個々の技術をどう組み合わせ、どう相互補完させながらシステムの完成度を高めていくのか。自動運転車ではこうした技術のコーディネート、あるいはインテグレートのコンセプトに、車両開発側の個性が出てくるのではないだろうか。
ダイナミックマップ基盤では、今後カバーするエリアを一般道路に広げ、2020年度に3万1777kmだった総延長を、2024年度に約13万kmに延ばす計画だ。また具体的な価格は明らかになっていないが、小型車や軽自動車などにもHDマップを使ったシステムが搭載できるよう、大幅な低価格化を実現するという。日本では低価格帯のクルマでもADASの採用が進んでいるので、私たちが(部分的にでも)HDマップの恩恵にあずかれる日はそう遠くないのかもしれない。
また、HDマップは現実世界に存在しない仮想地物を3次元データとして収録できるので、活用次第では今後のモビリティー環境が大きく変わる可能性がある。例えばドローンの飛行ルートの設定にHDマップが利用できれば、配送業の在りようなどはさま変わりすることだろう。また、街なかを移動しながら場所にひもづいた情報を得られたり、電子クーポンをもらえたりといったマーケティングへの応用も考えられる。そうなればマネタイズの在り方も変わり、HDマップをさらに安価に利用できるようになるかもしれない。
あらためて、このHDマップを提供する企業の名称はダイナミックマップ基盤である。この会社が提供しているのは“基盤”なのだ。オールジャパンで始まったHDマップは、どんなモビリティー社会の基盤となるのだろうか。少し気が早いが、自動運転のその先を考えてみるのも悪くない。
(文=林 愛子/写真=ダイナミックマップ基盤/編集=堀田剛資)

林 愛子
技術ジャーナリスト 東京理科大学理学部卒、事業構想大学院大学修了(事業構想修士)。先進サイエンス領域を中心に取材・原稿執筆を行っており、2006年の日経BP社『ECO JAPAN』の立ち上げ以降、環境問題やエコカーの分野にも活躍の幅を広げている。株式会社サイエンスデザイン代表。
-
第851回:「シティ ターボII」の現代版!? ホンダの「スーパーONE」(プロトタイプ)を試す 2025.11.6 ホンダが内外のジャーナリスト向けに技術ワークショップを開催。ジャパンモビリティショー2025で披露したばかりの「スーパーONE」(プロトタイプ)に加えて、次世代の「シビック」等に使う車台のテスト車両をドライブできた。その模様をリポートする。
-
第850回:10年後の未来を見に行こう! 「Tokyo Future Tour 2035」体験記 2025.11.1 「ジャパンモビリティショー2025」の会場のなかでも、ひときわ異彩を放っているエリアといえば「Tokyo Future Tour 2035」だ。「2035年の未来を体験できる」という企画展示のなかでもおすすめのコーナーを、技術ジャーナリストの林 愛子氏がリポートする。
-
第849回:新しい「RZ」と「ES」の新機能をいち早く 「SENSES - 五感で感じるLEXUS体験」に参加して 2025.10.15 レクサスがラグジュアリーブランドとしての現在地を示すメディア向けイベントを開催。レクサスの最新の取り組みとその成果を、新しい「RZ」と「ES」の機能を通じて体験した。
-
第848回:全国を巡回中のピンクの「ジープ・ラングラー」 茨城県つくば市でその姿を見た 2025.10.3 頭上にアヒルを載せたピンクの「ジープ・ラングラー」が全国を巡る「ピンクラングラーキャラバン 見て、走って、体感しよう!」が2025年12月24日まで開催されている。茨城県つくば市のディーラーにやってきたときの模様をリポートする。
-
第847回:走りにも妥協なし ミシュランのオールシーズンタイヤ「クロスクライメート3」を試す 2025.10.3 2025年9月に登場したミシュランのオールシーズンタイヤ「クロスクライメート3」と「クロスクライメート3スポーツ」。本格的なウインターシーズンを前に、ウエット路面や雪道での走行性能を引き上げたという全天候型タイヤの実力をクローズドコースで試した。
-
NEW
第323回:タダほど安いものはない
2025.11.17カーマニア人間国宝への道清水草一の話題の連載。夜の首都高に新型「シトロエンC3ハイブリッド」で出撃した。同じ1.2リッター直3ターボを積むかつての愛車「シトロエンDS3」は気持ちのいい走りを楽しめたが、マイルドハイブリッド化された最新モデルの走りやいかに。 -
NEW
スズキ・クロスビー ハイブリッドMZ(FF/CVT)【試乗記】
2025.11.17試乗記スズキがコンパクトクロスオーバー「クロスビー」をマイナーチェンジ。内外装がガラリと変わり、エンジンもトランスミッションも刷新されているのだから、その内容はフルモデルチェンジに近い。最上級グレード「ハイブリッドMZ」の仕上がりをリポートする。 -
NEW
長く継続販売されてきたクルマは“買いの車種”だといえるのか?
2025.11.17デイリーコラム日本車でも欧州車並みにモデルライフが長いクルマは存在する。それらは、熟成を重ねた完成度の高いプロダクトといえるのか? それとも、ただの延命商品なのか? ずばり“買い”か否か――クルマのプロはこう考える。 -
アルファ・ロメオ・ジュニア(前編)
2025.11.16思考するドライバー 山野哲也の“目”レーシングドライバー山野哲也が「アルファ・ロメオ・ジュニア」に試乗。カテゴリーとしてはコンパクトSUVながら、アルファらしい個性あふれるスタイリングが目を引く新世代モデルだ。山野のジャッジやいかに!? -
ホンダ・ヴェゼルe:HEV RS(4WD)【試乗記】
2025.11.15試乗記ホンダのコンパクトSUV「ヴェゼル」にスポーティーな新グレード「RS」が追加設定された。ベースとなった4WDのハイブリッドモデル「e:HEV Z」との比較試乗を行い、デザインとダイナミクスを強化したとうたわれるその仕上がりを確かめた。 -
谷口信輝の新車試乗――ポルシェ・マカン4編
2025.11.14webCG Moviesポルシェの売れ筋SUV「マカン」が、世代交代を機にフル電動モデルへと生まれ変わった。ポルシェをよく知り、EVに関心の高いレーシングドライバー谷口信輝は、その走りをどう評価する?









