メルセデスAMG E63 S 4MATIC+(4WD/9AT)
君子は時々豹変する 2021.05.10 試乗記 「史上最速の『Eクラス』」をうたう「メルセデスAMG E63 S 4MATIC+」がマイナーチェンジ。動力性能は据え置きながら、デジタル系装備が長足の進化を遂げているのが特徴だ。最新のユーザーインターフェイスや対話型音声認識システムの仕上がりを報告する。置いていかれそう
誰が言ったか知らないが、スポークが上下2本に分割された「トンボ形ステアリングホイール」は確かに美しく見事な出来栄えだが、実際の使い勝手は、少なくとも私にはいまひとつである。慣れればブラインドタッチも可能、とはいうものの、特にスワイプ操作は反応しなかったり行きすぎたりで、狙ったファンクションをサクッと呼び出せずに、とにかくまだるっこしい。やり方が悪い、あるいは指がカサカサに荒れていたせいかもしれないが、ひとつ前の世代の物理スイッチとして独立していたタイプのほうが使いやすかったというのが正直な気持ちである。
人間工学的とは、メルセデス・ベンツを語る際によく使われる単語ながら、デジタル時代になってからは腑(ふ)に落ちないことも多いのだ。まあ昔から上から目線で押しつけがましいところがあったし、これぞ正解と公言しておきながら、案外頻繁にコロッと前言撤回することも珍しくはないのが今のメルセデスだ。それだけ最新のデジタルインターフェイスの進化は速いということなのだろう。
もうひとつ言わせてもらうと、モード切り替え用のいささかちゃちなダイヤルスイッチが、せっかくのつややかでセクシーなAMGスポーツステアリングホイールの完成度に水を差しているように思う。また年寄りの繰り言と言われるだろうが、昔の“ベンツ”にこういうちぐはぐな部分は見当たらなかった。もっとも、多少の批判は承知のうえで突き進む。それでこそメルセデス・ベンツという気がしないでもない。
コマンドダイヤルも廃止
それにセンターコンソールのダイヤル式コマンドコントローラーがついに姿を消して、タッチパッドのみに置き換えられたのも残念だ。それがトレンドなのは百も承知だが、使いやすさの点で間違いなく向上しているとはいえないのだから仕方がない。もちろん、タッチスイッチのほかにステアリングホイール上のスイッチもあり、対話型音声認識システム「MBUX(メルセデス・ベンツ・ユーザー・エクスペリエンス)」を使うこともできる。今回のマイナーチェンジではそのシステムがさらに進化したこともトピックだ。
以前は「ハイ」でも「ハロー」でも呼びかけの単語は関係なく、実は「メルセデス」が音声コントロールのトリガーワードだったが、新しいシステムではそれ単体では反応しなくなっている。ちゃんと「ハイ、メルセデス」と呼びかけよう。依然として、音声認識能力そのものは満足できるレベルとは言い難いが、この種のシステムは日々データを蓄積することで賢くなっていくもの、短時間の試乗で出来栄えをうんぬんすることは避けたい。
新しいEクラスには新型「Sクラス」同様の「AR(拡張現実)ナビゲーション」も搭載されている。交差点などの要所要所ではリアルタイム画像に矢印が重ねて映し出される仕組みで、かつてSF映画に登場した未来のデバイスを見ているようだが、いっぽうではここまでする必要があるのかとささやく自分もいる。ドライバー自身が自分で考えて判断する機会がますます少なくなることに漠然とした不安も感じるのである。
最新最強のEクラス
現行型Eクラスは2016年に発表された「W213型」と呼ばれる5世代目。今回マイナーチェンジを受けたEクラスには、ガソリンとディーゼルだけでなく、それぞれにプラグインハイブリッドモデルも用意されてラインナップは豊富だが、日本仕様のAMGバージョンは3リッター直6ターボ+ISGの「E53 4MATIC+」と最強モデルのE63 S 4MATIC+の2本立てである。
この度のマイナーチェンジではエクステリアの変更とドライバーインターフェイスのアップデートが主なもので、E63 Sのパワートレインについては従来通り、612PS/5750-6500rpmと850N・m/2500-4500rpmという怒涛(どとう)のパワーを生み出すV8ツインターボである。今ではAMGの定番エンジンとなったM177型4リッターV8ツインターボは、ご存じのように元はといえば以前の5.5リッターV8ツインターボに代わるものとして「AMG GT」用(ドライサンプのこちらはM178型)に開発されたユニットであり、ターボラグを低減するために2基のターボチャージャーをVバンクの間に置く「ホットインサイドV」配置が特徴で、メルセデスが「ナノスライド」と呼ぶ特殊なシリンダーコーティングを採用してコンパクトさと高効率を追求した新世代ユニットである。
ナノスライドとはカーボンスチールをアルミブロックのシリンダーウォールにプラズマ溶射する技術で、一般的なスチールライナーなどに比べてごく薄い層でフリクション低減に効果を発揮するという。手間もコストもかかるが、メルセデスは高性能ユニット以外にも採用例を拡大している。このエンジンには低負荷時にV8のうちの4気筒を休止させる機構も備わり、「コンフォート」モードではかなり頻繁に8気筒と4気筒を切り替える。軽く流しているような場合には一般道でもすかさずV4マークがメーターの上端に現れるから、わずかな隙も見逃さずに介入するようだが、ドライバーには感じ取れないほどスムーズだ。
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普通の道では試せない
普通に走っている限りエンジンのフィーリングは驚くほど紳士的、乗り心地も以前ほどガツガツ攻撃的ではなくなったようだが(「BMW M5」もそうだが振り子が戻る時がある)、「スポーツ+」モード以上を選ぶとベリベリというどう猛な排気音を響かせ、タダモノではないことを知らせる。何しろ600PSオーバーに850N・mである。もはや4WDでなければ受け止めきれないほどの怪力であり、実際に2.1tの車重にもかかわらず、E63 S 4MATIC+の0-100km/h加速はわずか3.4秒という。停止からのゼロスタートでは強烈なパワーを余さず路面に伝える4WDが有利であることは確かだが、それにしてもとんでもない速さだ。本来エグゼクティブサルーンのEクラスが、GT3レーシングマシン譲りの技術を詰め込んだメルセデスで最もスパルタンな「AMG GT R」(同3.6秒)よりも速いのだ。したがって全開にするにも人目をはばかるというか、世を忍ぶというか、一般道では難しい。
4MATIC+は前後の駆動力を50:50から0:100の範囲で電子制御するシステムだが、E63 Sにはさらに完全後輪駆動とする「ドリフトモード」が備わる。ただし、メータークラスターに起動できませんという表示が現れ、試すことはできなかった。ランニングインが済んでいることやエンジンの温度など条件があるのだが、以前に乗った試乗車も同様に起動できなかったので、あるいはこのようなデモカーには安易に試せないような制限が加えられているのかもしれない。現代の高性能車は誠に複雑で面倒である。そういう手順までも楽しみ、クローズドコースへいそいそと出かける人がオーナーにふさわしいのだろう。
(文=高平高輝/写真=花村英典/編集=藤沢 勝)
テスト車のデータ
メルセデスAMG E63 S 4MATIC+
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4980×1905×1460mm
ホイールベース:2940mm
車重:2100kg
駆動方式:4WD
エンジン:4リッターV8 DOHC 32バルブ ターボ
トランスミッション:9段AT
最高出力:612PS(450kW)/5750-6500rpm
最大トルク:850N・m(86.7kgf・m)/2500-4500rpm
タイヤ:(前)265/35ZR20 99Y/(後)295/30ZR20 101Y(ピレリPゼロ)
燃費:--km/リッター
価格:1867万円/テスト車=1989万4000円
オプション装備:有償カラー<ブリリアントブルーマグノ>(21万4000円)/エクスクルーシブパッケージ(101万円)
テスト車の年式:2020年型
テスト開始時の走行距離:3198km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(6)/山岳路(2)
テスト距離:351.2km
使用燃料:64.1リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:5.5km/リッター(満タン法)/5.7km/リッター(車載燃費計計測値)

高平 高輝
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