エネルギー問題解決は植物に学べ!? 人工光合成が世界を変える
2021.06.02 デイリーコラム理科の授業で習った光合成は植物が主役だった。「植物は太陽光と水と二酸化炭素からデンプンなどを作って酸素を放出します。人間の吐く二酸化炭素を酸素に換えてくれる植物を大切にしましょう」という流れだった。
しかし、いま注目の「人工光合成」の主役は植物ではない。水素である。
太陽のエネルギーをいかに効率活用するか
植物の光合成には大きく2つのプロセスがある。1つ目は太陽光で水が分解されるプロセス。このとき、植物のなかでは触媒が働き、ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸(NADPH)とアデノシン3リン酸(ATP)という物質が産生される。これを「明反応」と呼ぶ。2つ目は太陽光を必要としない「暗反応」。明反応で産生されたNADPHとATP、そして二酸化炭素(CO2)からデンプンなどの炭水化物が作られるプロセスだ。
植物のように地球上のどこにでもある材料を使って炭水化物を自在に作り出すことができれば、食糧不足やエネルギー問題などの解決につながる。そのため光合成の研究は古くから行われているが、水の入ったコップに太陽光を当てても何も変化が起こらないように、材料さえあれば反応が起こるわけではなく、植物の光合成の再現には至っていない。
人工光合成とは植物の再現ではなく、太陽光のエネルギーと水と二酸化炭素を使って、酸素や炭水化物などの有用な物質を人為的に作ることをいう。植物の光合成に照らし合わせれば、太陽光エネルギーで水を分解するプロセスと、二酸化炭素で有用な物質を作るプロセスから成る。植物の場合は有用な物質としてデンプンなどを作るが、人工光合成ではプラスチックの材料や燃料となる物質を作ることもできる。
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トヨタグループが世界最高変換効率を達成
トヨタグループの豊田中央研究所でも人工光合成の研究に取り組んでいる。なぜトヨタグループが人工光合成に取り組むのか、どんな物質を作るのか、この分野では世界に勝てるのか……など、次々に疑問が湧いてくるかもしれない。
豊田中央研究所の人工光合成では太陽電池とCO2を含む水溶液を使用する。水溶液中には2種類の電極が浸され、電極は太陽電池に接続している。太陽電池に太陽光を照射すると、酸化電極では水が分解されて水素が放出される反応が、還元電極では水素と二酸化炭素から有用な物質が作られる反応が、それぞれに起こる。
この原理実証に世界で初めて成功したのは2011年で、そのときの太陽光変換効率は0.04%だった。2015年には太陽電池を1cm角にサイズアップし、植物を上回る変換効率4.6%を達成。その後もさまざまな改良を加え、2021年4月に36cm角の太陽電池を使って、このクラスでは世界最高となる変換効率7.2%の達成を発表した。
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モビリティーと人工光合成の関係性とは
自動車業界にとって人工光合成には2つの大きな意味がある。
第1に、二酸化炭素の削減。人工光合成では二酸化炭素を使って炭水化物などを作る。実社会で利活用しやすい物質を作ることができれば、厄介者扱いされている二酸化炭素を資源に変えることができる。この炭素の再資源化は2050年のカーボンニュートラル実現のカギを握る概念だ。
第2に、水素の貯蔵・輸送手段の開発。豊田中央研究所の人工光合成では二酸化炭素を使って「ギ酸(HCOOH)」という物質を作る。ギ酸は常温常圧で液体、含まれる水素は水素ガスを600倍に圧縮した場合に匹敵する。しかも、ギ酸は可燃性が低く、毒性も弱いため、貯蔵や輸送が比較的たやすい。ギ酸から水素を取り出すプロセスも研究が進んでおり、そう遠くない将来に、特殊なプラントがなくてもギ酸から水素を得られる方法が開発されそうだ。
水素を利活用するうえで、水素の貯蔵・輸送は大きな課題だ。水素は拡散しやすい軽い気体なので、そのままでは貯蔵や輸送に向かない。そこで高圧ボンベを使う方法や超低温で液化する手法が使われているが、大きなエネルギーを必要とする。また、アンモニア(NH3)や有機ハイドライド(芳香族化合物に水素を化合したもの)の活用なども研究されているが、普及段階には至っていない。ギ酸もそういった研究テーマのひとつではあるが、安全性や簡便性などの点に優れ、人工光合成の研究成果次第では水素キャリアの筆頭に挙がる可能性もある。
世界が低炭素から脱炭素へと舵を切るなか、水素の利活用は今後ますます重要になるだろう。実は、人工光合成は日本の得意分野で、多数の特許を有している。このアドバンテージを生かして、世界で存在感を発揮していくことを期待している。
(文=林愛子/写真=豊田中央研究所、国立研究開発法人科学技術振興機構/編集=藤沢 勝)
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林 愛子
技術ジャーナリスト 東京理科大学理学部卒、事業構想大学院大学修了(事業構想修士)。先進サイエンス領域を中心に取材・原稿執筆を行っており、2006年の日経BP社『ECO JAPAN』の立ち上げ以降、環境問題やエコカーの分野にも活躍の幅を広げている。株式会社サイエンスデザイン代表。
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