フェラーリSF90ストラダーレ(4WD/8AT)
ようこそ新世界へ 2021.08.03 試乗記 システム出力1000PSを発生する、フェラーリのプラグインハイブリッドモデル(PHEV)「SF90ストラダーレ」。電動パワートレインを搭載した新時代の“跳ね馬”は、過去のどんなスーパーカーとも趣を異にする、異質な速さとドライブフィールを備えていた。電気だけで走れる史上初のフェラーリ
2013年のジュネーブショーでデビューした「ラ フェラーリ」は、フェラーリにとって初のハイブリッド・ストラダーレだが、同時期に発売された「ポルシェ918スパイダー」や「マクラーレンP1」とは、大きく異なる点があった。それはモーターのみでのEV走行モードが設けられなかったこと。開発時は想定していたそのドライブモードを採用しなかった理由は「モーターは純粋なパワーサプリメントであり、EV走行はラ フェラーリの趣旨にそぐわない」というものだった。
というわけでSF90ストラダーレは、フェラーリ初のハイブリッド・ストラダーレではないものの、モーターのみの走行ができる初めてのプラグイン・フェラーリということになる。とはいえ、その趣旨は変わることなく、あくまでモーターは速さのための付加物であり、EV走行は余技というスタンスだ。
フェラーリが「296GTB」を、マクラーレンが「アルトゥーラ」を発表した2021年、図らずもスーパーカーの電動化元年ともいえるこのタイミングでSF90ストラダーレは日本上陸を果たした。車名の由来はスクーデリアフェラーリ90周年。つまり2019年には概要が発表されていたわけだが、ご存じの通りコロナ禍によるロックダウン等もあり、当初想定が狂わされてしまっているのは、よそも同じだ。
780PSの4リッターV8ターボと3基のモーターを搭載
搭載されるエンジンは現在のV8系の主力たる「F154」系のファミリーながら、SF90ストラダーレは88mmのボア、82mmのストロークからなる独自の構成で、排気量は3990ccとなる。ちなみに「F8トリブート」は86.5×83mmで3902ccだ。また、350バールの高圧インジェクターを天頂部に置くヘッド部や、タービンなども独自の仕様となっている。結果的にこの「F154FA」型は、F8トリブートの「F154CG」型に対してエンジン本体長は約30mm、サージタンク込みでの高さは76mmも小さい。それをローマウントすることもあって、リアのガラスハッチから透けて見えるエンジンは、地面に落っこちているのではないかと思うほど低く見える。
得られる出力は780PSと、フェラーリV8史上最大。加えて発生回転域はF8トリブートより500rpm低い7500rpmとなっている。一方で注目すべきは、800N・mという強大な最大トルクを、6000rpmという高回転域でマークしていることだ。お察しの通り、ここで問題となる低回転域の力量を補完するのが、SF90ストラダーレの最大の特徴となる前2つ、後ろ1つの電気モーターだ。
後ろ側のモーターは、変速レスポンスを30%短縮するなどの改良を加えつつ、後退ギアを省いて(後退は完全なモーター駆動で行う)7kgの軽量化を果たした8段DCTとエンジンの間に置かれ、F1などで言うところのMGUの役割を果たす。EVモードでは加速度0.4G以下の範囲で、最高速度135km/h、最大航続距離25kmの走行が可能となるが、その駆動は前側の2つのモーターが担う。以前「フェラーリ・フォー(4シーターの4WD)」を意味する「FF」というモデルがあったのは記憶に新しいが、本当にFFのフェラーリが実現することになるとは思いもよらなかった。ちなみに、後席背後に置かれる駆動用バッテリーの容量は7.9kWhと、先日発表された296GTBのそれよりも若干大きい。
「RAC-E」と名づけられたフロントアクスルは左右輪用におのおの99kWのモーターが並列配置され、多板クラッチを電子制御することで左右のトルク配分を自在にコントロールするほか、210km/h以上の速度域では前輪をモーターから切り離すこともできる。冷却は水冷式で、前端部にeアクスル用のクーリングチャンネルを置く関係からナンバープレートの位置が微妙なことになってしまうのは致し方ないところだ。
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フェラーリを無音で走らせる快感
システム総合出力は実に1000PS、0-100km/h加速2.5秒、0-200km/h加速6.7秒、最高速340km/h、そしてフィオラノサーキットのラップタイムは1分19秒台と、SF90ストラダーレの速さを示す数値はスペチアーレのラ フェラーリとほとんど同一。量産モデルとしては史上最速のフェラーリとなる。F8トリブートでも速さに体が追っつかないというのに、それを公道で解き放つのは論外。1000PSなど富士スピードウェイでもえらいこっちゃやん。
……というのはフェラーリの側も認識していたようだが、コロナ禍のなか、多人数が集合するクローズドコースでの試乗会開催は難しかったもよう。そうであるなら、一日にひとり一台での公道試乗の機会を用意する。ただしドライブモードはすべて平時設定。好戦的なモードは不可……と、日本法人にもそういう本社からのお達しがあり、当方にも取材の機会が巡ってきた次第である。
ただ、公道試乗でありながらも、試乗車として用意されたのは標準グレードに570万円のプラスとなる「アセットフィオラノ」。これはかつての「フィオラノハンドリングパッケージ」の商品性をより高めたようなもので、ダックテール型の専用大型リアスポイラーを含むエフェクトパーツのカーボン化、レキサン仕立てのルーバー付きリアスクリーンや、モノレートダンパーとチタンスプリングの採用、エキマニのチタン置換、ドアパネル等を含むインテリア素材のカーボン化などを通し、30kgの軽量化を果たしている。先日、インディアナポリスで量産車のラップレコードを塗り替えた、デフォルトの好戦仕様だ。
ノーズリフターも省かれるスパルタンな仕立てに恐る恐る歩を進め、駐車場から出て市街路を走り始めたところで、ふとわれに返ってちょっと驚いた。音がない。今、自分は音のないFFのフェラーリに乗っているのだ。“音自慢”がこれでは、歌を忘れたカナリアじゃないか……。
しかし、この強烈な違和感は、程なく快感へと変わった。ご近所さまにお出かけやお戻りの時間を逐一知らせることもなく、朝でも晩でもご迷惑をかけることもなく、街なかでもみすみす居場所を知らせてしまうこともなく振る舞える。今までフェラーリには一切期待できなかった秘匿性が、図らずもこのPHEV化によってもたらされた。その特性を意識してか、アセットフィオラノの標準装着となる「ミシュラン・パイロットスポーツ カップ2」をしても、SF90ストラダーレのロードノイズは小さく、小石のはねなども気にならないレベルに仕上がっている。
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高速道路でも峠道でも活躍する電動パワートレイン
SF90ストラダーレには従来のドライブモードセレクター「マネッティーノ」とは別に、走行時のモーターの関与を選択する「Eマネッティーノ」が用意されていて、純粋なEV走行モードやエンジンとの適時併用となるハイブリッドモード、全出力を全開で用いるサーキットアタック向けのモードなどが用意されている。ハイブリッドモードについては、バッテリー残量の許す限りEV走行を優先しながら、アクセル開度から0.4Gを超える加速力が要求されたと判断するや、エンジンが即座に加勢に入るといったしつけが施されているようだ。実際、街なかから首都高まで、穏やかに加減速をするぶんにはエンジンのお世話になることはなかった。
もちろん充電状況いかんではあるが、高速道路の巡航でもEV走行は十分に可能だ。また、ここでチャージモードを選択すればエンジンが稼働。駆動を担わせるとともにその出力を充電の側に分配することもできる。今回の試乗ではバッテリー残量が残り1割くらい状態からこのモードを使用。100km走らずとも満充電に達したくらいだから、使い勝手はなかなかよさそうだ。
山道を普通+αのペースで走ると、モーター走行のFF状態ではわずかにアンダーが出るかなといったところで、すかさずエンジンが稼働し旋回を安定させる。そういった駆動マネジメントの繊細さに感心しながらアクセルを徐々に大きく踏み込んでいくと、その挙動はやはり、過去にあまり体感したことがない種類のものだった。キーとなるのはモーターベクタリングで、操舵初期からイン側に引き込むようにグイグイとトルクがかかっていることが動きから伝わってくる。後ろ側が膨らむかなといった領域でさえ前側のゲインは存在感が強く、それこそノンスリを入れた小さなFF車のように「踏んでみろ」と誘うかのようだ。が、抱えている火力は1000PSゆえ、この挑発はこらえなければならない。
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速さの“質”がまったく違う
それにしても異様なのは、エンジンにモーターが加わってのその速さだ。昨今のスーパースポーツもターボ化が進み、低回転域からフラットな加速を実現している。とはいえ、やはり内燃機なりの山谷感はあって、回すほどに力感が増していく感触はある。しかし、SF90ストラダーレのそれは内燃機関のクセをモーターがことごとく塗りつぶしたかのように超フラットで、低回転域からの加速度も至って線形的だ。1000PS相当分の線形加速とはすなわち瞬間移動と言わんがばかりに、今までのクルマとは質がまったく異なる、新種の速さを持っていると言っても大げさではないだろう。
マネッティーノの使用履歴がログされる画面を撮るため、あえて怒られない程度にドライブモードを変えながらアクセルのオンオフを試みてみたが、垣間見えたそのレスポンスはやはり公道でうんぬんするレベルのものではなかった。アセットフィオラノのサスペンションレートはさすがにパツパツで、細かな凹凸にはおうようでも時折路面から強いアタックが入るが、そのくらい引き締まったアシでなければ、この瞬発力は支えられないだろう。
もしくはSF90ストラダーレは、この新種の動力性能と運動性能を休日にしかるべき場所で思い切りぶっ放しつつ、その行き帰りや平日はモーターで街なかを粛々と走る。そういった使い方が向いているのではないかと思う。そんなメリハリの強すぎる両面をつなぐパッケージとしては、なにもアセットフィオラノにこだわらずとも、可変レートサスの標準グレードでも十分ではないかというのが個人的な推測だ。ともあれ、クローズドコースで真のパフォーマンスに触れた暁には、スーパースポーツの価値軸が動く。そんな可能性は十分に感じられた。
(文=渡辺敏史/写真=郡大二郎/編集=堀田剛資)
テスト車のデータ
フェラーリSF90ストラダーレ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4710×1972×1186mm
ホイールベース:2650mm
車重:1570kg(乾燥重量)
駆動方式:4WD
エンジン:4リッターV8 DOHC 32バルブ ターボ
モーター:交流同期電動機
トランスミッション:9段AT
エンジン最高出力:780PS(574kW)/7500rpm
エンジン最大トルク:800N・m(81.6kgf・m)/6000rpm
フロントモーター最高出力:135PS(99kW)(1基当たり)
フロントモーター最大トルク:85N・m(8.7kgf・m)(1基当たり)
リアモーター最高出力:204PS(150kW)
リアモーター最大トルク:266N・m(27.1kgf・m)
システム最高出力:1000PS(735kW)
タイヤ:(前)255/35ZR20 97Y/(後)315/30ZR20 104Y(ミシュラン・パイロットスポーツ カップ2)
燃費:6.0リッター/100km(約16.7km/リッター、WLTCモード)
価格:5340万円/テスト車=--万円
オプション装備:ボディーカラー<ヴェルデブリティッシュレーシング611>/ツートンボディーペイント<ネロDS1250>/ツートンストライプ<ジアロ モデナDS4305>/フィオラノパッケージ/鍛造ホイール 20インチ ダイヤモンドカット/アルミニウムブレーキキャリパー/チタニウムホイールボルト/スクーデリアフェラーリ フェンダーエンブレム/カーボンファイバーフロントスポイラー/カーボンファイバーエアスプリッター/カーボンファイバーエンジンマニホールド/カーボンファイバーエンジンカバー/カーボンファイバーフロントラゲッジコンパートメントエリア/アダプティブフロントライトシステム/リアパーキングカメラ/ブラックセラミックテールパイプ/インテリア<フィオラノパッケージ>/インテリアカラー<クオイオ4609>/カラードカーペット<ネロ152>/カーボンファイバーレーシングシート/レーシングシートリフター/ヘッドレストの跳ね馬刺しゅう<グリジオチアロ0326>/カーボンファイバードアパネル/カーボンファイバーアンダードアカバー/カラー ステアリングホイール<クオイオ4609>/カーボンファイバードライブゾーン+LED/カーボンファイバーインストゥルメントパネルカバー/カーボンファイバーリアシェルフ/カーボンファイバーアッパーセンターコンソールトリム/カーボンファイバー ダッシュボード/エレクトロニックリアビューミラー/カラードインナーディテール<ネロ8500>/プレミアムHi-Fiシステム
テスト車の年式:2021年型
テスト開始時の走行距離:1650km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(1)/高速道路(8)/山岳路(1)
テスト距離:225.7km
使用燃料:--リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:--km/リッター
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渡辺 敏史
自動車評論家。中古車に新車、国産車に輸入車、チューニングカーから未来の乗り物まで、どんなボールも打ち返す縦横無尽の自動車ライター。二輪・四輪誌の編集に携わった後でフリーランスとして独立。海外の取材にも積極的で、今日も空港カレーに舌鼓を打ちつつ、世界中を飛び回る。