バイク電動化の起爆剤となるか? 交換式バッテリーの“世界連合”が描く未来
2021.10.01 デイリーコラム進まないバイク電動化のカンフル剤となるか
2021年3月、本田技研工業、ヤマハ発動機、ピエラモビリティーAG、ピアッジオ&C SpAの4社による、交換式バッテリーコンソーシアムの創設合意が発表された。同年9月6日には正式な合意書が交わされ、まずは欧州における小型モビリティーの電動化が大きく促されることになりそうだ。
コンソーシアムとは共同事業体を意味する。オーストリアに拠点を置くピエラモビリティーAGは、KTMを筆頭にハスクバーナとガスガスを擁し、イタリアのピアッジオ&C SpAは、ピアッジオ、ベスパ、アプリリア、モト・グッツィといったブランドを展開している。そこにホンダとヤマハが加わるのだから、勢力の大きさが分かるだろう。ロードマップとしては、交換式バッテリーシステムの共通化→その標準化と普及推進→世界レベルへの拡大という道筋が描かれており、今回の合意によって最初の一歩が踏み出されたというわけだ。
対象になるのは、電動バイクと小型電動モビリティー(EUにおけるUNECE規格のうち、Lカテゴリーに属する電動二輪/三輪/四輪)で、航続距離の向上や充電時間の短縮、インフラの整備、コスト削減などを通して、電動モビリティーに対するユーザーの懸念を払しょく。都市部での利便性を引き上げつつ、地球規模ではCO2を削減するという、局所と全域の両方で環境改善を進めていくことを目的としている。
ただ、現状では二輪車は世界的に純エンジン車が主流で、ハイブリッド車を含め電動車はまだまだ少数派だ。パワーユニットの電動化が進んで久しい四輪車と比べると「まだそこ?」の感が否めず、そこから一足飛びに純バッテリー車、それもわざわざ交換式バッテリー車の普及をうたっている点に疑問を感じる人もいるかもしれない。
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交換式バッテリー“以外”の電動バイクが抱える欠点
実はホンダもヤマハも、わずかながらマイルドハイブリッドのスクーターはすでに製品化している(ヤマハは海外のみ)。またフル電動モデルに関しても、ホンダとヤマハのほか、KTM、ハスクバーナ、ガスガス、ピアッジオ、ベスパなどがラインナップ。コミューターのみならず競技用モデルもあり、一定の下地はすでにできている。
とはいえ、マイルドハイブリッドの二輪車は、電気によるアシストレベルが極めて限定的だ。ならばストロングハイブリッドやプラグインハイブリッドにすればよさそうなものだが、二輪という構造上、今度は物理的なスペースが問題になってくる。通常のエンジンとガソリンタンクに加えて、モーターと大容量の駆動用バッテリーを搭載することになるからだ。決して長くないホイールベースの間にそれらを集約し、かつ一定のスペックを持たせるのは難易度が高い。
今の技術でパワーや大幅な燃費効果を優先すれば、とてつもなく車体が大きく、重たくならざるを得ず、コミューターとしての利便性は大きく減退する。だからといって軽量コンパクトな車体を維持しようとすれば、既述の通り電動アシストの効果は薄く、コスト的にも効率的にも、純エンジン車のまま、排ガスの浄化性能や燃費性能の向上を推し進めたほうが現実的だ。
それらを踏まえると、二輪の電動化はフル電動が一気に主流になるとみていいだろう。ただし、今度は航続距離という最大の問題に直面する。例えばホンダは、125ccクラスのスクーター「PCX」をフル電動化した「PCXエレクトリック」を2018年に発表している。車重は12kgほど増えているものの、これはまぁ許容範囲とすべきだ。一方、気になる一充電あたりの走行距離は、41km(60km/h定地走行テスト値)にすぎず、実際にはこれより低下することを踏まえると実用的とはいえない。しかも、搭載されている2個のバッテリーの満充電には、6時間必要なのだ。それゆえ、販売はあくまでもリースにとどめられ、まだ普及の段階にはない。
これをクリアするための最もスマートな方法が、“交換式”というわけだ。残量が少なくなれば車体からバッテリーを外して新しいモノに付け替える、電動ラジコンのそれをイメージしてもらうといい。ガソリンスタンドやコンビニで空バッテリーと新品バッテリーを交換して走りだせるような環境が整えば、コミューターとしての可能性は飛躍的に高まるに違いない。そのための規格統一と環境づくりが、このコンソーシアム最大の目的となる。
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競争よりも協業を尊重する姿勢に期待
これに似たシステムは、台湾のメーカーであるキムコやゴゴロがすでに実現している。ゴゴロはヤマハやピアッジオとの提携実績もあるのだが、今のところ欧州への進出よりインドのマーケットリーダーであるヒーローとの関係強化を重視。異なるスタンスでのグローバル展開を構想している。
一方、日本のメーカーでもスズキとカワサキはコンソーシアムに名がないが、彼らが蚊帳の外かといえば、そういうわけでもない。今回のコンソーシアムより早く、国内では主要4メーカーのもとで2019年4月に「電動二輪車用交換式バッテリーコンソーシアム」が創設され、後に大阪府内で行われている交換式バッテリーの実証実験「e(ええ)やんOSAKA」として取り組みが具体化。現在もその有用性が検証されている。また、カワサキの本体である川崎重工業はトヨタの水素エンジン事業に協力するなど、次世代モビリティーおよびインフラの普及について、新たな動きを見せている。
今回の交換式バッテリーを問わず、規格統一に向けた動きは各メーカーの思惑や地域性が絡むため、一朝一夕にはいかず、抵抗や頓挫がつきものだ。とはいえ、現状はその覇権争いというより、いくつかの選択肢を用意してそれを極力シェアし合おうという健全性がうかがえる。
それにしても、やはり日欧の主要4メーカーが協業体制に入ったことの意義は大きい。ヤマハの上席執行役員である木下拓也氏は、合意書締結の場において「この合意が私たちのミッションに賛同する仲間を引き寄せる道しるべになり、未来の変革につながることを願う」と呼びかけ、ピアッジオグループの戦略製品責任者を務めるミケーレ・ラコニーノ氏もまた、「私たちの技術的なノウハウとイノベーションへの取り組みをすべて提供し、貢献する」と宣言。このメッセージはごく素直な言葉だったように思う。
以前、地球環境の悪化を抑制するためにトヨタがハイブリッド技術の特許を無償で提供することを発表し、話題を呼んだことがある。今回の提携にも、あのときと同質の正義と志が感じられる。将来、二輪史を振り返ったとき、このコンソーシアム創設が大きな転換期として語られるようになるよう期待したい。
(文=伊丹孝裕/写真=本田技研工業、ヤマハ発動機/編集=堀田剛資)
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伊丹 孝裕
モーターサイクルジャーナリスト。二輪専門誌の編集長を務めた後、フリーランスとして独立。マン島TTレースや鈴鹿8時間耐久レース、パイクスピークヒルクライムなど、世界各地の名だたるレースやモータスポーツに参戦。その経験を生かしたバイクの批評を得意とする。
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