プレミアムの新しいかたち? 「CX-60」に気をもむマツダ車オーナーの独白
2022.04.20 デイリーコラム普通のユーザーに価値が伝わるか
マツダの向こう10年を占う要となる「ラージ商品群」の初出しモデルとなる「CX-60」。3月の欧州発表に引き続き、先日、日本での展開概要が発表されました。彼らにとっては2012年デビューの「CX-5」から投入された「スカイアクティブテクノロジー」以来の最重要技術戦略となります。
さまざまな既報で概要はご存じかもしれませんが、ラージ商品群の基本はエンジン縦置き・FRプラットフォームとなります。搭載されるパワートレインは内燃機からプラグインハイブリッドまでを想定。日欧には発表されたCX-60のほか、その3列シート・ロングボディー版の「CX-80」も展開。そしてラージ商品群による攻略の本丸となる北米では、これらのワイドボディー版と目される「CX-70」と「CX-90」の2モデルを展開すると発表されています。
ついにこの時がきたか……というのが偽らざる印象です。店を黒くしたりオリジナルフォントでイメージ統一を図ったりと、高付加価値化への伏線は端々で感じていましたから、縦置きのうわさが出始めた際には、まぁやっちゃうんだろうなぁとうすうす感じてはいました。でもそれが現実になると、果たしてそれが受け入れられるのか、いちマツダ車オーナーとして今も心配しているのは確かです。
そもそも前だの後ろだの、駆動方式なんて意識したこともない。そんな普通のユーザーにとってFRの車台はパッケージ的な実利がなく、使い勝手の面でもネガティブな評価になってしまう。ましてや世界の自動車メーカーのBEVシフトが加速度をさらに増していけば、FRという概念さえ崩壊してしまう――。
と、そういう趨勢(すうせい)にあっては逆張りにもみえる投資を正当化するには、世界シェア2%を強固なものとするという社内の指標だけでは説得力に乏しいわけです。確かに高度な燃焼シミュレーションを前提としたモデルベース開発の延長線に直列6気筒があって、開発コストの圧縮のためにそれを置けるプラットフォームにすれば衝突安全対策等でも実利があり――という技術的な根拠はあるにせよ、果たして市場にそれが通じるのでしょうか。それでなくても現状のCX-5は今でも十分にカテゴリーベスト級のパフォーマンスを維持していますし。
CX-5から乗り換えられる価格帯
そんな悶々(もんもん)とした心持ちでまだ偽装も厳重なプロトタイプの試乗に臨んだのですが、モノには確かにうならされるものがありました。ドラポジの規制が大きいFR車台にして、トランスファーをコンパクトに仕上げ、足元を含めて完全中立を実現した運転環境や、水平基調のグリーンハウスゆえの前・側方の見切りのよさ、メーター類の視認性など、スカイアクティブ時代からのマツダ車の美点は継承されています。もっとも、それがゆえに見た目は代わり映えに乏しいという意見もあるようです。
走ってはプラグインハイブリッド、ディーゼルともにまだまだ煮詰めていかねばならない音・振動方面の粗さは感じましたが、素性としては悪くないと思いました。乗ったのはどちらも4WDで、その割には後軸側がでしゃばってくる感じは控えめです。これまでのスカイアクティブアーキテクチャーのクルマの動きに対してはダイアゴナル姿勢も抑えられ、ともあれ自然に定常的に曲がっていくクルマであろうとしていることはしっかり伝わってきます。が、それは今までのマツダの紆余(うよ)曲折や試行錯誤を理解している人にとっての気づきであって、言い換えれば一見さんにはパッと乗りでの魅力が分かりにくいものかもしれません。
単にいいものをつくれば受け入れられるということではないのがプレミアムカテゴリーのビジネス。果たしてマツダは、そこにどう対峙(たいじ)していくのか……と思っていたら、試乗の際のプレゼンテーションの最後に、広報の方が補足としてこのようなことを仰せになりました。
「今回のCX-60、皆さん一番気になさっているのではと思われる価格についてなんですが、輸入車と肩を並べるような話ではなく、CX-5のお客さまが代替を考えられる際にも、ご検討いただけるところを目指しております」
新しいブランディングが始まる予感
数カ月前、某『CG』誌のコラムで「直6ディーゼルなんて相場観から推すれば500万円からの話にしかなり得ない」と偉そうに書いていた僕からすれば寝耳に水の話です。CX-5の価格をみれば、一番高いディーゼル四駆のフルフル盛り特別仕様車が400万円をちょっと超えたところ。ということは、ベースグレードは300万円台狙いですか? と問えばくだんの広報氏はニヤニヤするばかりです。
そうなると、今までよりはちょっと高いとはいえ、プレミアムカテゴリーのビジネスとは一線を画するゾーニングで顧客に応える満足度を提供するところをマツダは考えているのでしょうか。と、そこにネット上で販売店情報としてささやかれている価格帯を重ねると、ちょっと今までの常識では測れないブランディングが待ち構えている、そんな気配も漂ってきます。
第1弾の商品が発表されたとはいえ、まだまだ謎の多いマツダの新戦略。その全容はまだまだつかめません。が、現時点での情報を真実と踏まえたとしたら、どうやらそれは自称2%の方々においては座して待つ価値のありそうな、もしかしたら正月にチップインバーディーしちゃった級の縁起物になり得る可能性もあるということです。
(文=渡辺敏史/写真=マツダ/編集=藤沢 勝)

渡辺 敏史
自動車評論家。中古車に新車、国産車に輸入車、チューニングカーから未来の乗り物まで、どんなボールも打ち返す縦横無尽の自動車ライター。二輪・四輪誌の編集に携わった後でフリーランスとして独立。海外の取材にも積極的で、今日も空港カレーに舌鼓を打ちつつ、世界中を飛び回る。