「GRカローラ」と「GRヤリス」 同じパワートレインのクルマが2つ必要なのはなぜか?
2022.04.27 デイリーコラムGRヤリスよりも32PSパワフル
去る2022年4月1日(日本時間)に姿を現した「GRカローラ」に、世のクルマ好きは沸き立っている。同車は早い話が、カローラのハッチバック(日本名:カローラ スポーツ)に「GRヤリス」のパワートレインを組み込んだクルマだ。7~8年前ならスバルの「インプレッサWRX」や三菱の「ランエボ」の好敵手となったはずだが、今の日本にはこれに競合しそうなクルマは存在しない。
GRカローラのパワートレインは、前記のようにGRヤリスのそれと基本的に共通である。「GR-FOUR」と呼ばれる4WDシステムは、前後で異なる減速比(フロントよりリアが速い)をもつ前後デフを電子制御油圧多板クラッチでつなぐことで、理論的には「0:100~100:0」という駆動配分を自在に制御できるようにしたものだ(実際にはGRヤリスでも全領域は使っていないようだが)。
公式プレスリリースによると、GRカローラでは前後にトルセンLSDが組み込まれる予定なので、GRヤリスの「RZ“ハイパフォーマンス”」と共通スペックと考えればいい。6段MTはギア比を含めてGRヤリスと共通だが、ヤリスより200kg前後重くなるであろう車重に合わせて、最終減速比はローギアード化されるようだ。
同じくGRヤリスゆずりの1.6リッター3気筒ターボは、より大きく重い車体に配慮して、最高出力が304PS(GRヤリスは272PS)にまで引き上げられる予定だ。最大トルク(370N・m)はGRヤリスと同じだが、3本出しマフラーなどの吸排気系の改善により、その発生回転数を3000~5550rpm(GRヤリスは3000~4600rpm)と高回転側に拡大することが、最高出力アップに効くのだろう。
動力性能だけでいえば「GRヤリスより少しだけマイルド」と想像できるが、フロントで片側20mm、リアで片側30mm拡幅される専用ワイドフェンダーに包まれたフットワークのポテンシャルは、GRカローラのほうが明らかに高そうだ。GRヤリス比でホイールベースは80mm長く、トレッドは前後とも55mm幅広く、タイヤ幅も1セクション広い235となっているからだ。
世界最大のスポーツカー市場で未発売
GRヤリスはマニア間ですでにカリスマ的な存在になっているが、それと似たもの同士のきょうだい車……ともいえるGRカローラを、あえて追加する理由はなんだろうか。
その最大のヒントは、GRカローラ初披露の場所である。その披露イベントは米カリフォルニア州ロングビーチで、フォーミュラドリフトの2022年シーズン開幕戦の前日にあたる3月31日(現地時間)に開催されたのだ。
GRヤリスはもともと、世界ラリー選手権(WRC)の2021年シーズン用ワークスカーのベースとなるべく開発されたホモロゲーションモデルである。低全高3ドアの車体形式は実用的とはいいがたいが、それこそがWRCベース車両として最大のキモだった。ホモロゲーションモデルという役割だけならパワートレインはなんでもよかったが、あえて凝った内容としたのは、これを1台の魅力的なスポーツカーとして成立させることで必要な販売台数をできるだけ早く達成して、GRというスポーツカービジネスを成立させるためだった。
そんなGRヤリスは日本、欧州、豪州、東南アジア、中南米の一部で販売されているものの、世界最大のスポーツカー消費国であるアメリカ合衆国≒北米では販売されてない。だいたい、ヤリス自体が2020年モデル(最後は「マツダ2」のOEMだった)をもって北米での販売が終了している。GRヤリスだけを売る選択肢もなくはないが、WRCは現在北米では開催されておらず、さすがにGRヤリスは北米ではコンパクトすぎ……と判断されたのだろう。また、中国でも2020年末から「GRスープラ」の販売がはじまったものの、GRはまだスープラだけ。つまり、GRヤリスは世界の二大自動車市場では売られていないのだ。
今度やめたら復活はない
トヨタのスポーツカー事業を一手に引き受けるGRブランドにとっての最大のテーマは「スポーツカーをやめないこと」だと、豊田章男社長を筆頭にGRのキーマンたちは口をそろえる。技術はいったん途切れさせると、復活は容易ではない。それは「86」や「スープラ」のようなFRスポーツカーやGRヤリスのスポーツ4WDの再開発などで、トヨタが身に染みた苦悩だったという。まして、このご時世では、一度やめてしまうと、復活の可能性はかぎりなくゼロに近づく。
スポーツカーにかぎらず、事業をやめずに続ける最大のポイントは「赤字にしないこと」である。スポーツカーではないが、ホンダがF1の参入と撤退を繰り返すのも、結局は事業として成立していないからだ。常に赤字だから会社の経営が厳しくなると、即座に「やめちまえ」という話になる。メルセデスAMGのF1事業は単独で黒字である。だから続けられる。
GRがスバルやBMWとの協業を選んだのも、86やスープラといった専用設計かつ少量生産商品でも、黒字のビジネスとして成立させるためだ。対してGRヤリスはトヨタ内製である。専用エンジンやパワートレインの開発コストを回収して十二分な利益を確保するには、北米や中国で受けにくいヤリスでは足りないという判断なのだろう。
いやいや、そんなややこしい話を横に置いても、GRヤリスより家族にも言い訳が利く実用性があり、しかも高い限界性能が期待できるGRカローラは純粋に楽しみである。トヨタの皮算用どおりに、GRカローラが北米で人気を集めて、さらに中国でも売れたら、次なる展開も見えてくる。われわれ日本のクルマ好きのためにも、世界のみなさん、GRカローラを買ってください。
(文=佐野弘宗/写真=トヨタ自動車/編集=藤沢 勝)

佐野 弘宗
自動車ライター。自動車専門誌の編集を経て独立。新型車の試乗はもちろん、自動車エンジニアや商品企画担当者への取材経験の豊富さにも定評がある。国内外を問わず多様なジャンルのクルマに精通するが、個人的な嗜好は完全にフランス車偏重。
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