トヨタを変えた風雲児 豊田章男社長という“時代”
2023.02.08 デイリーコラム“80点主義”からの脱却
豊田章男社長が退任するとの報(しら)せに接して、またしても「してやられた」と思った。
なぜなら、これで自動車産業界きっての「カッコいい社長」が、カッコいいまま表舞台を去ることになったからだ。その引き際の鮮やかさは、絶頂期のうちに現役から引退するスポーツ選手にも通ずるものがある。
豊田章男社長は、文字どおりトヨタ自動車のすべてを変えた。“80点主義”といわれた同社のクルマづくりを改め、限りなく100点に近い製品開発を目指すようになったのは、なかでも最大の功績だろう。
2009年の社長就任以来、トヨタの製品は目覚ましい進化を遂げた。それ以前に比べると、まずはボディー剛性が格段に向上し、足まわりの動きも一段とスムーズになった。エンジンが高負荷時に安っぽいノイズを発しなくなったのも、豊田章男社長が「いいクルマづくり」を掲げて改革に取り組んだ成果だと理解している。
新製品の発表会や説明会に参加すると、開発途中の試作車に豊田章男社長が試乗している様子がしばしば紹介される。そこでのフィードバックが製品の改良に結びついているというのだが、技術者に話を聞くと、豊田章男社長のコメントは「これじゃあ物足りない」「もっとパンチが欲しい」というどちらかといえば情緒的なものが中心で、技術的に具体性を伴ったものは決して多くないらしい。
その、やや抽象的な言葉を実際の製品としてつくり上げているのはほかならぬ同社の技術陣であり、その意味では製品の急激な進化は技術者の優秀性に帰するべきものだろう。それでも、経営トップからの承認が得られなければ、追加の開発費や開発期間を投じて製品を磨き上げることはできない。その点において、豊田章男社長の功績は極めて大きかったとみるべきだ。
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顔が見えるトヨタに
モータースポーツ界への貢献にも計り知れないものがある。社長自らがあそこまで積極的に関与しなければ、現在のWRC人気もスーパー耐久人気もなかったはず。たったひとりでモータースポーツを取り巻く環境をここまで変えてしまった人物は、近年では豊田章男社長以外にいなかったと言っても過言ではない。
そうした変革とともに特筆したいのが、社長として積極的に表に出ていったことだろう。結果として、それまでの「顔が見えにくかったトヨタ自動車」から「顔がはっきりと見えるトヨタ自動車」へと大転換が起きた。これはトヨタ自動車のブランド性を向上させるという意味で計り知れない効果があったはず。豊田章男社長は「愛車」という言葉を好んで使うが、彼がつくり出したのは「愛車」だけではなく「愛社」だったような気もする。
そんな豊田章男社長がまだ副社長だった当時、私は昼食をともにしたことがある。そこで当時の副社長は、自分がいかにまっとうな努力を積み上げた末に、ニュルブルクリンク24時間にドライバーとして参戦するようになったかを力説された。私も、それは素晴らしいことだと感銘を受けたので、「副社長、ぜひとも偽名でのエントリーはやめ、本名で参戦してください」と直訴した。そのほうが「トヨタの(副)社長がニュルに出ている」ことがより明確に伝わると思ったからだ。
このときは、トヨタ関係者のひとりが「オオタニさん、貴重なご意見、どうもありがとうございました!」と発言されて議論は打ち止めとなったが、いまにして思えば、“モリゾウ”というもうひとつの個性を用いることで、ファンに親近感を与える効果があったと理解できる。それくらい、当時といまとでは“モリゾウ”の認知度が異なっていたのだ。
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深く浸透した“いいクルマづくり”
ひとつ苦言を呈するなら、新型車の説明会などで一人ひとりの技術者が過剰に社長の貢献を称賛することが気になっていた。それがひとりやふたりだったら美談にもなるが、10人中、ざっと8人が「モリゾウさんがこうおっしゃった」という話題を持ち出すことには、正直、辟易(へきえき)としていた。なぜなら、クルマの開発とは、もっと多様性をもって行われるべきだと信じているからだ。
そんな折も折、「プリウス」の公道試乗会でとある技術者がこんな話を聞かせてくれた。「次期型プリウスに関して、社長から『タクシー専用車でもいいんじゃないの?』という言葉がありましたが、それではあんまりだと思ったので、デザインと走りにこだわった新型を開発しました」
これを聞いた私は、「ああ、トヨタの“いいクルマづくり”はここまで深く社内に浸透していたのか」と感銘を受けたのである。
豊田章男社長、14年間の長きにわたり、お疲れさまでした! 数々のご無礼を、どうかお許しください!
(文=大谷達也<Little Wing>/写真=トヨタ自動車/編集=藤沢 勝)
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大谷 達也
自動車ライター。大学卒業後、電機メーカーの研究所にエンジニアとして勤務。1990年に自動車雑誌『CAR GRAPHIC』の編集部員へと転身。同誌副編集長に就任した後、2010年に退職し、フリーランスの自動車ライターとなる。現在はラグジュアリーカーを中心に軽自動車まで幅広く取材。先端技術やモータースポーツ関連の原稿執筆も数多く手がける。2022-2023 日本カー・オブ・ザ・イヤー選考員、日本自動車ジャーナリスト協会会員、日本モータースポーツ記者会会員。
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