第312回:よくわからないけどそれでいい
2025.06.16 カーマニア人間国宝への道モータースポーツ由来のホンモノ
「次回は『GRカローラ』にお乗りになりませんか?」
サクライ君からのメールに、一瞬「うっ」と思いながらも、「もちろん乗る乗る~」と返信した。
一瞬「うっ」と思ったのは、このテのクルマは、もはや私の守備範囲外だからだ。クルマが速くなればなるほど、公道では使いこなせないむなしさが募る。かといってサーキットに行く元気もない。私は体育会系をとっくに辞めているのである。
こういうクルマを好んでつくるトヨタの豊田章男会長は、私より6歳年上。真のエリートは、還暦を過ぎてますますエネルギッシュだ。私も愛車に「エリート特急号」とか「パワーエリート号」とか、エリートの文字を好んで使ってきたが、ホンモノにはついていけない。
夜8時。いかにもそれっぽい低い爆音が響いてきた。
オレ:うーん、これがGRカローラかぁ。
サクライ:そうです。
オレ:ATなのね?
サクライ:はい。8速です。
数年前、サクライ君が「GRヤリス」にお乗りになりますか、と言って、1.5リッター自然吸気エンジンFF+CVTモデルの「RS」でわが家にやってきたことがあった。あれにはズッコケたので、GRのATというだけで、「ひょっとしてスカ?」と思ってしまう。いえ、RSはスカじゃなくホモロゲ用でしたか。
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首都高にちょうどいい
運転席に乗り込みエンジンスタート。それっぽい爆音が響き、1.6リッター直3ターボに火が入った。Dレンジに入れて、杉並区の細街路に滑り出す。
オレ:うーん、さすがにホンモノっぽいね。
サクライ:ホンモノです。しかも今回の改良型は、限定じゃなく通常販売モデルになったんです。
オレ:そうなの!? フツーに買えるの!?
サクライ:いえ、速攻売り切れて受注停止ですけど、待っていれば買えるかもしれません。
オレ:やっぱり……。
私はクルマを買うことを趣味とするカーマニアなので、買えないクルマには興味が湧かない。買えるけど買えないと聞いた瞬間に、しゅるしゅるしゅる~と空気が抜けた。
それでもいつものように首都高に乗り入れ、合流路でアクセル全開。304PSがフルパワーで加速する。
オレ:……意外と速くないね。
サクライ:はい。すごいといっても304PSですから。
オレ:1000N・mに比べると猛烈に平和だね!
サクライ:これ、首都高にちょうどよくないですか?
オレ:う~ん、ちょうどいいのかな。
考えてみるとこのクルマ、パワーウェイトレシオはわが「フェラーリ328」とほとんど同じ。つまり首都高にちょうどいいはずだ。でもシャシー性能が良すぎるので、乗せられてると感じてしまう。
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ホンモノが持つ価値に憧れる
オレ:こういうクルマって、誰が買ってるんだろう。
サクライ:基本的には硬派のカーマニアじゃないですか。
オレ:まぁそうだよね。若いころにこんなクルマがあったら、オレも超憧れただろうし。
サクライ:ですよね。なにしろホンモノですから。
オレ:思い返してみるとオレたちの若いころって、ガツガツしてたよね。少しでも速いクルマに乗りたかったし、スキーにもたくさん行きたかった。冬、スキーに行かないのは人生の敗北だと思ってた。
サクライ:僕もです。
オレ:あのころって、スキー板のブランドにもこだわったよね。オーリンが頂点で。
サクライ:僕は体育会系のスキーヤーっぽさを目指していたので、『オガサカK&V』のグリーンで長さが2mでした。
オレ:ええっ!! それ、スキースクールの先生が使うようなやつでしょ?
サクライ:そうです。デモンストレーター向けというか。
オレ:しかも2m! このクルマみたいなもんじゃん!
サクライ:そうですね。国産ですし。
考えてみれば若いころは、クルマ関係を中心に、あらゆるものをスペックやテクニックの高さで判断していた。
ゲレンデもスペックやテクニックを競う場で、オーリンを見れば「エリート!」と憧れ、オガサカを見れば「硬派!」と尊敬した。実際使ったらどうなのかなんてぜんぜん知らなかったけど。
GRカローラで首都高を走っても、真価はよくわからない。でも、それでいいのだろう。これはオガサカK&Vなんだから。
(文=清水草一/写真=清水草一、webCG/編集=櫻井健一/車両協力=トヨタ自動車)
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清水 草一
お笑いフェラーリ文学である『そのフェラーリください!』(三推社/講談社)、『フェラーリを買ふということ』(ネコ・パブリッシング)などにとどまらず、日本でただ一人の高速道路ジャーナリストとして『首都高はなぜ渋滞するのか!?』(三推社/講談社)、『高速道路の謎』(扶桑社新書)といった著書も持つ。慶大卒後、編集者を経てフリーライター。最大の趣味は自動車の購入で、現在まで通算47台、うち11台がフェラーリ。本人いわく「『タモリ倶楽部』に首都高研究家として呼ばれたのが人生の金字塔」とのこと。
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