マクラーレンMP4-12C(MR/7AT)【海外試乗記】
「イタリア」を超えた!? 2011.02.17 試乗記 マクラーレンMP4-12C(MR/7AT)名門レースコンストラクターとして知られるマクラーレン・レーシングから独立し、自動車メーカーとしての歩みを始めたマクラーレン・オートモーティブ。その最新作となる「MP4-12C」に、ポルトガルで試乗した。
マクラーレンの決心
マクラーレン・オートモーティブは、独立した"スーパースポーツカーメーカー"になると決めたのだった。ロン・デニスによれば、それは必然であるらしい。そう、数々のコンペティションシーン、とりわけF1においてフェラーリに勝るとも劣らない歴史と伝統と数え切れない勝利を抱え込んだ名門レーシングチームにとって、公道を走るクルマへの技術的および情熱的なフィードバックを、間接的にではなく直接的に行うということは、必然の未来であり、夢でもあったのだろう。マクラーレンには、ブルースの時代、既にそれにチャレンジした経緯さえあった。
この「MP4-12C」を手始めに、マクラーレンは今後、さらなるMP4シリーズを計画している。それは12Cの“上と下”、となるらしい。スーパーカーを“松・竹・梅”で用意する、フルラインナップのスーパースポーツカー。それが、近未来のマクラーレン・オートモーティブの姿である。
今回は、“竹”のファーストインプレッションをお届けしよう。ポルトガルはポルティマオンにある、アウトドロモ・インテルナシオナル・ド・アルガルヴェに用意された試乗車は、はるばる本拠地ウォーキングから最終テストを兼ねて海を渡り自走でやってきた、プリプロダクションの最終モデルたちだった。
至極真っ当な、いかにもマクラーレンらしい(筆者のイメージに過ぎないが)きまじめな、成り立ちのミドシップスーパースポーツである。奇をてらった部分などまるでない。そのことは機能に満ちたたたずまいに早くも現れている。
定石通りのパッケージング
これみよがしな演出は皆無に等しく、一見して小さい(ようにみえる)。自他ともに認めるライバル「フェラーリ458イタリア」に比べて、3サイズともわずかに、ほんの数センチずつ小さいだけなのに、路面との密着度が高く、"山"が小さい。ホイールベースは逆に少し長いが。
色でいうならやはり、赤ではなくシルバーやガンメタリックが似合うイメージ、なのだけれども、ソリッドオレンジが似合ってみえるのは、名車「マクラーレンF1」の血筋を濃く引くからか。
技術的な注目はモノセルと呼ばれるカーボンファイバーモノコックだ。モノセルの重量わずかに75kg。そこに前後のアルミフレームやシャシーが剛結された。そして、ミドシップスーパーカーの定石にのっとり、「M838T」と呼ばれる小型軽量の3.8リッターV8ツインターボエンジンと7段デュアルクラッチシステムが縦置きされている。
いきなり車両を前に立ち往生してしまった。ドアの開け方が分からない。いや、記憶をたどれば、以前に受けたデザイン講義の際に聞いた覚えがある。資料にも確かこうあった。"ドアのエッジを軽くなでてみろ"。インテークへ向かう峰の、真ん中あたりから後部に向けて、手のひらをあてがうように滑らせる。カチッ。センサーが反応してデヘドラルドアが浮いた。サイドシルに当たる部分から、ごっそりと前上方に向かって跳ね上がる。
マシンと一体になれる
モノセルをまたぎ、室内へ。床に腰を降ろすような感覚。しかも、かなりのセンター寄り。それが証拠にコンソールが細い。ホンダビートやロータスエリーゼに座ったときと同じような感覚。けれども、見栄えや質感は飛び切り高い。ちなみに、右ハンドルでもおかしなペダル配置にならないところは、日本人にとってはうれしいかぎりだ。
"いよいよこれから乗るんだぞ"、という気持ちのたかぶりを味わう間もなく、そして何の前説明もなく、いきなり一般道へ出て行けと言われて面食らった。だから、走り出してしばらくは無我夢中……。
ほどなく気づく。乗り心地が素晴らしい(ダンピング/ノーマルモード)。今まで試乗したどんなスーパーカーも、あの「アウディR8」でさえも、MP4-12Cには及ばない。そして、やはり小さい。物理的にも精神的にも小さい。それだけ一体感があるということだ。ゆっくり流している(相当に理性のいることだ!)と、かすかにドライブトレインのきしみやノイズが気になったが、プリプロダクション(PP)であることを考えれば順当な仕上がりだ。
サーキットに戻ると、カーボンコンポジットブレーキ仕様のPPに乗り換えることに。開発を担当したテストドライバーを助手席に乗せ、「トラックモード」にダンピングをセットして、いざスタート。なにせ初めてのサーキット、しかも高低差が激しくブラインドが多いテクニカルコース、さらに駆っているのはミドシップ2WDの高出力スーパーカー。緊張するな、という方がおかしい。
ところが……。緊張していたはずの意識に反して、速度がどんどん上がっていく。ちょっとくらい見ず知らずのコーナーに出会っても対処できるはずだという、信頼感がすぐさま芽生えていたのだ。600馬力のミドシップカーを相手に、である!(どこの馬の骨だか分かったもんじゃない、という状況ではなかったにせよ……)
驚きの扱いやすさ
加速フィールは、一瞬にして身が凝縮し、すっ飛んで行くタイプだが、恐怖感は不思議とない。四輪がきれいに接地しているからだ。加えて、それほど背後に大げさな金切り声を聞かないから、速く走っているという実感にも乏しい。速度計は"えらいこっちゃ"になっているのだが。
その速さと、ドライバーとクルマとの一体感が、このクルマを別次元のスーパーカーに仕立て上げたと言えそうだ。ブレーキステアなど、電子制御のセッティングもアグレッシブかつスマート。まるで自ら四つんばいになりタイヤを手足の先に装着して走っている気分である。コントロール性は当然のごとく抜群であり、平均速度はコースを経験したぶんだけ、徐々に上がっていく。アンダーからオーバーへ。典型的なミドシップカーの動きにも、冷静に対処している"自分"に驚いてしまう。だってこれ、600馬力の二駆ミッドだぜ!?
もっともっと細やかに、機能の印象や仕様やセッティングの違いによる差異をお伝えしたいところだが、速報はそろそろ店じまい。
最後にあらためて言っておくべきことは、まず間違いなく「クラス最高レベル」の性能と仕上げであり、官能的なサウンド以外ではフェラーリ458イタリアを上回っていたということ。
気になる日本での販売体制について。アジア・パシフィック担当によれば、日英間で最終調整の真っ最中(2011年2月初旬現在)らしい。春にはアナウンスされるはずで、正式発表と同時に東京と大阪のディーラー(未発表)での受注活動も始まる予定である。
(文=西川淳/写真=マクラーレン・オートモーティブ)

西川 淳
永遠のスーパーカー少年を自負する、京都在住の自動車ライター。精密機械工学部出身で、産業から経済、歴史、文化、工学まで俯瞰(ふかん)して自動車を眺めることを理想とする。得意なジャンルは、高額車やスポーツカー、輸入車、クラシックカーといった趣味の領域。