フィアット・デュカトL2H2(FF/9AT)
夢がふくらむ 2023.01.28 試乗記 小山のように大きなこのクルマは「フィアット・デュカト」である。見てのとおりのサイズだけに運転感覚は独特だが、広大な車室をどのように仕立てていくかという夢想は、ほかのクルマにはない楽しみだ。“男の城”を手にした気分を味わってみた。欧州では景色の一部
デュカトはフィアットの商用車部門となるフィアット プロフェッショナルが手がけるLCV、すなわち小型商用車だ。本国ではこの看板で貨客兼用の「フィオリーノ」や「パンダ」のバン仕様、旧グループPSA系の「リフター」「ベルランゴ」と車台を共用する「ドブロ」のBEVバンなどを販売している。
とりわけデュカトはフィアットオリジナル設計のモデルとして、「プジョー・ボクサー」「シトロエン・ジャンパー」としてOEM供給されるなど、欧州では同カテゴリーの一大勢力となっている。特にイタリアやスペイン、ポルトガル等の南欧地域では、日本で言うところの「ハイエース」や「エルフ」と同じような頻度で見かけ、もう景色の一部と言っても過言ではない。ちなみにこれが北側に向かうに連れ、商用車部門での提携を発表した「フォード・トランジット」や「フォルクスワーゲン・トランスポーター」などの割合が増してくる。
と、そんなモデルをステランティスの日本法人が扱うといううわさを耳にしたときは仰天した。商用車の商売は販売のみならず、架装や保守・点検など売ったあとの手厚さこそが勝負どころであって、おのおのの領域でさまざまな業者が切磋琢磨(せっさたくま)している。つまりガチガチの地場最強ビジネスであって、輸入車が付け入るスキはない。それは日本に限らず、前述の地域でも同様だ。
が、いざ迎えた導入の正式発表で、なるほどと腹落ちした。デュカトは定価が設定されているものの、基本的にB2B商材として現時点で5社の販売ネットワークを介することとしている。それらはいずれもキャンピングカーの製造や販売で実績を持つところだ。つまりデュカトの大半がそのベース車両として扱われることを想定しているというわけだ。それこそハイエースじゃ手狭だけどエルフじゃトラック感がきついといったニーズをくみ取ろうというところなのだろう。
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運転系装備は全部入り
そういう点ではデュカトの車格は絶妙だ。日本に導入されるのは「L2H2」「L3H2」「L3H3」の3モデル。これが何を意味するかといえば、L2とL3が全長、H2とH3が全高で、例えばL3H3では全長5995mm、全高2765mmに達する。取り回しに気は使えど、この車室空間はハイエースではさすがに賄えない。
ちなみに今回の試乗車は最も小さなL2H2。全長5410mm、全高2525mm、全幅は他2グレードと同じ2050mmとなる。これを乗用車になぞらえると、高さ以外のところでは「キャデラック・エスカレード」がほど近い。制約の多い都会では面倒だけど、地方では日常性もギリギリ担保できる、そんなサイズだろうか。
装備は全モデル共通だが、かなり充実しているのに驚かされた。インフォテインメントはスマホ連携も完璧な10インチのナビゲーションが用意されており、バックカメラ映像が映し出されるほか、バックソナーも装備。左側方視界もカメラでカバーされるほか、走行時の後方視界はルームミラーに内包されたモニターに高精細映像で映し出されるなど、視界関係はデフォルトでフルスペックに近い。先進運転支援システムには追従型クルーズコントロールこそ備わらないが、歩行者検知機能付きの衝突被害軽減ブレーキやアクティブレーンキープアシスト、ブラインドスポットアシストなどが標準装備だ。“ならでは”のところでは、FFヒーター用に燃料を取り出すバイパス管も配されるなど、キャンピングカー架装前提の配慮もなされている。
搭載エンジンは第3世代のマルチジェット4気筒2.2リッターディーゼルのみ。キャパシティーからアルファ・ロメオに搭載されるジョルジオ由来のそれを想像するが、ボア×ストロークや排気量から推するに、ブロックが高負荷対応となったジープ系に搭載されるものをベースとしているのだろう。トランスミッションは9段ATとなる。
駆動方式はこの手のクルマとしては珍しいFFで、ベッド部はラダーフレーム構造となる。このため後軸にデフホーシングはなく、絵に描いたようなリーフリジッド構造だ。そして前軸にはマクファーソンストラットサスを採用している。
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意外なほど小回りが利く
デュカトの乗降性はバンというよりトラックに近く、乗り込みの度にキャビンによじ登る感がつきまとう。Aピラーの内側に取っ手を付けておくなど、メーカーならではの工夫は欲しいところだ。対して、ドラポジはトラックのようにステアリングを抱えてペダルを踏み下ろすような感覚ではなく乗用車寄りで、ハイエースあたりからでも違和感なく乗り換えられそうだ。
2050mmの全幅を生かしてか、FFでありながら前輪の切れ角は大きくとられている。それもあって操舵はロック・トゥ・ロックでほぼ4回転にも及ぶが、操作量は多くても小回りは望外に利くという印象だった。ちなみに最小回転半径は6.3mと発表されている。
今回は空荷での試乗となったため、乗り心地的には不利な状況だったが、快適性はさすがに乗用車のようにはいかない。エンジンはいかにもディーゼル的な硬質の透過音がやや強く、高速巡航でも常にホッピングが表れる。それを具のみっちり詰まったシートが和らげてくれるような感触だ。商用車なんだからと言い聞かせつつも、こういうところをつまんでいくとハイエースの出来のよさをあらためて思い知る。ちなみに標準装着タイヤはキャンピングカー用に高負荷対応したCPコード付きということもあって、空気圧は500kPa以上に指定されている。このあたりも乗り心地には響いたのだろう。
気持ちをフレッシュにしてくれる
逆に空荷が奏功していたのだろう、好印象だったのが動力性能だ。100km/h巡航でも余裕があり、高速道路でも登坂車線のお世話になる必要がないほどよく走る。その域を多用しながら巡航していれば燃費も10km/リッターを軽く超えるなど、素地としては効率もよさそうだ。もちろんここからキャンピングカーとしての架装を加えればあっという間に数百kgは重く(最大積載量は1250kg)なるから、大なり小なりの影響はあるだろう。と、そんな高負荷状態では、ワイドレシオの9段ATがいい仕事をしてくれそうでもある。ちなみに乗り心地や音・振動はさておき、全体速度域の高い欧州を本籍とするバンだけあって、運動性能的にはなんら不満や不安を感じることはなかった。
イギリス仕様がベースだという試乗車は、交通環境に合わせて左側にスライドドアが配されている。そのドアはハイルーフの天頂部付近まできちんと可動し、合わせて開口部も天地に高くとられている。背の高い現地の人でもかがんでアクセスせずに済むようにという配慮だろうか。おかげで181cmの筆者でも、気にすることなくホイッと荷室にアクセスできる。ちなみに荷室は架装前提ゆえ、フルスケルトン渡しの総鉄板づくりだ。
なんなら住めそうなくらいガランとしたハコの中を見ていると、もう何十年も前にひとり暮らしを始めたときのような初々しい気持ちがよみがえってくる。新生活への期待なんて忘却のかなただったはずなのに、きゅっと時計を巻き戻してくれる、そんなパワーがキャンピングカーにはあるのだろうか。感慨に浸っていると編集の藤沢くんが「このままだとなんか護送車みたいですね」とつぶやいて、思い切り現実に引き戻された。
(文=渡辺敏史/写真=向後一宏/編集=藤沢 勝)
テスト車のデータ
フィアット・デュカトL2H2
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=5410×2050×2525mm
ホイールベース:3450mm
車重:2080kg
駆動方式:FF
エンジン:2.2リッター直4 DOHC 16バルブ ディーゼル ターボ
トランスミッション:9段AT
最高出力:180PS(132kW)/3500rpm
最大トルク:450N・m(45.9kgf・m)/1500rpm
タイヤ:(前)225/75R16 CP 116R/(後)225/75R16 CP 116R(コンチネンタル・バンコキャンパー)
燃費:--km/リッター
価格:512万5000円/テスト車:512万5000円
オプション装備:なし
テスト車の年式:2022年型
テスト開始時の走行距離:6059km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(7)/山岳路(1)
テスト距離:320.0km
使用燃料:32.4リッター(軽油)
参考燃費:9.9km/リッター(満タン法)/11.7km/リッター(車載燃費計計測値)

渡辺 敏史
自動車評論家。中古車に新車、国産車に輸入車、チューニングカーから未来の乗り物まで、どんなボールも打ち返す縦横無尽の自動車ライター。二輪・四輪誌の編集に携わった後でフリーランスとして独立。海外の取材にも積極的で、今日も空港カレーに舌鼓を打ちつつ、世界中を飛び回る。