「バンコクモーターショー」の真ん中で日本のメーカーの立ち位置を考える
2023.03.29 デイリーコラム日本との結びつきは想像以上
日本から飛行機で5時間ちょっと。筆者が訪れたのは花粉症とは無縁で、「ほほ笑みの国」とも呼ばれるタイ王国だ。タイといえば「東南アジアのデトロイト」を自称するほどの、東南アジア随一を誇る自動車生産国だということを自動車に詳しい読者ならきっとご存じに違いない。
タイの道を走るクルマの9割以上が日本車といわれ、その日本車率の高さはなんと東京23区以上。トヨタをはじめ日産、ホンダ、マツダ、スズキ、そして三菱が自動車工場を構え、国内需要をまかなうだけでなく輸出拠点にも活用している、日本の自動車業界と極めて深いかかわりを持つ国なのである。
何を隠そう三菱自動車は世界で最も利益を上げている場所が日本や北米ではなくタイを含むアセアン地域だったりするし、2022年12月にはトヨタが現地進出60周年を祝った大イベントを行うとともにタイとの結びつきをさらに深めていくことをアピール。揚げ句の果てには「トヨタが日本を捨ててタイへ出ていくかもよ」なんていうネット記事がバズったことを覚えている読者諸兄も多いに違いない。
とにもかくにも、タイは自動車産業が盛んであると同時に日本の自動車産業との結びつきがとっても強い国。「トヨタ・ハイラックス」をはじめ「日産キックス」、現在はお休み中だけど「ホンダ・アコード」、過去をさかのぼれば「日産マーチ」や「ホンダ・グレイス」などタイで生産し日本へ輸入したクルマも少なくない。日本との関連は想像以上なのだ。
見られて買えるモーターショー
というわけで長い前置きとなったが、そんなタイの首都バンコクで「第44回バンコクモーターショー」が3月22日から4月2日までの日程で開催されている。
多くの人はそんなモーターショーは見たことも聞いたこともないかもしれない。でも、前回2022年の来場者がコロナ禍にもかかわらず約160万人と、前回の東京モーターショー(無料ゾーンも含めたカウントで約130万人)を大きく上回るといえばその盛り上がりがイメージできるのではないだろうか。オワコンが叫ばれている欧米のモーターショーとは違って盛大に盛り上がっているイベントだというのは、どう見ても間違いないのである。
物価水準が日本の半分程度ながら(税金も含めると)自動車の価格が日本よりも高いタイでは、クルマはまだ憧れの対象。だからなのだろう、会場を訪れる人々の熱気に圧倒されるのは決して誇張でもなんでもない。そんな憧れこそが、人々の足をモーターショー会場へ向けるようだ。日本もかつてはそうだった……(遠い目)。
さて、もうひとつ、バンコクモーターショーがにぎわう理由としておもしろいのは、このモーターショーがクルマを眺める場というだけでなく、クルマを買う場所でもあること。それぞれのブースの裏は広い商談スペースになっていて、バンコク近郊から集めたセールススタッフを大勢投入。前回(2022年)だと2週間弱の会期中になんと約3万2000台もの車両を会場内で受注したというのだから、自動車メーカーだって力が入るのも当然だ。
どうしてわざわざ近所のディーラーではなくモーターショー会場でクルマを買うのかって? 低金利キャンペーンなどをやってお買い得だし、「会場でクルマを買った」というのがちょっとした自慢になるのだとか。そのアイデアは、モーターショーを盛り上げるために日本でもマネしたほうがいいと思うのだけど、いかがだろう。
忍び寄る中国メーカー
そんなバンコクモーターショーのすごさはそれだけじゃない。
何を隠そう、現地で「プリティ」と呼ばれるステージモデルやコンパニオンの勢ぞろいっぷりだ。そもそもおねいさんがあんまりいない欧米のショーや縮小傾向にある日本のモーターショーとは違い、さすがとしか言いようがない。
「プリティの量も質も、世界のどのモーターショーにも負けていない自信はある。今度、ギネスブックに申請しようと思っているほどだ。世界のトレンドが違う方向に行っているのは理解しているが、会場が華やかになるし、集客効果も高いから出展者にメリットもある、そして多くの雇用も生み出している。みんなハッピーじゃないか?」
かつて主催者は、どこまで本気でどこから冗談なのかわからないそんなことを言っていたけれど、その後、ギネス申請はしたのだろうか?
おっと、クルマの話もしておかないと。
「どうせタイのモーターショーなんて大した新車は出ないでしょ?」と思ったら大間違い。
今年は三菱が、ピックアップ「トライトン」の次期モデルのほぼ市販仕様となるコンセプトカー「XRTコンセプト」を世界初公開した。トライトンはタイが唯一の生産拠点であると同時になんと同社のグローバル最量販モデル。そういった重要なモデルを日本から加藤隆雄社長が駆けつけてスピーチしてワールドプレミアするのだから大ごとだ。力の入り具合がひしひしと伝わってくる。
いっぽうで、ここわずか数年でメキメキと存在感を上げてきたのが中国メーカー。例えばBYDは今回、最も広いトヨタに匹敵する面積のブースを出展してきたし、軍系からスタートした企業GWM(グレート・ウォール・モーター=長城汽車)、そしていまや中国に売られたMGなどもそれに続く。日本車軍団がこの世の春を謳歌(おうか)していたタイへ、本気で攻め込んでいるのだ。
タイはアセアンの縮図である
そして確かに、バンコクの街を走る中国車は着実に増えている。
タイはこれまで日本車天国で、富裕層を相手にガッチリ稼ぐ欧州のプレミアムブランドはともかく、庶民をターゲットに数で勝負するアメリカ車や韓国車はなかなかシェアを拡大できずに苦しんだ。そんな状況で、中国車がどこまで勢力を広げ、日本車がどこまで踏ん張れるかが見どころといえる。おそらく、タイはアセアン地域の縮図であり、ここで日本車が踏ん張れないようであれば、ほかの東南アジアでも日本車の立ち位置は厳しくなっていくだろう。東南アジアは日本とインドを除く日本車の最後の聖域なのだから、なんとしても頑張ってほしいと日本のクルマ好きのひとりとしてはエールを送らずにはいられない。
ちなみに現地のユーザーの感覚としては、ある年代以上は「日本車は信頼できるし憧れ。中国の製品は信用できない」だが、最近の若者は「スマホだって家電製品だって中国製に親しんでいる。だったらクルマも中国製でいいのでは?」になりつつあるのだとか。つまり、日本車にとってはけっこう厳しい状況。
少なくとも、これまでと違って日本車も安心しきってはいられないのは間違いない。
今はまだ日本車が最大勢力となっているタイのモーターショー会場の中心で、中国メーカーの盛大なブースを見ながら、そんなことを思うのだった。
(文と写真=工藤貴宏/編集=藤沢 勝)

工藤 貴宏
物心ついた頃からクルマ好きとなり、小学生の頃には自動車雑誌を読み始め、大学在学中に自動車雑誌編集部でアルバイトを開始。その後、バイト先の編集部に就職したのち編集プロダクションを経て、気が付けばフリーランスの自動車ライターに。別の言い方をすればプロのクルマ好きってとこでしょうか。現在の所有車両は「スズキ・ソリオ」「マツダCX-60」、そして「ホンダS660」。実用車からスポーツカーまで幅広く大好きです。