日産GT-RプレミアムエディションT-spec(4WD/6AT)
教科書に載せたい 2023.07.08 試乗記 デビューからすでに16年。長いこと「ソロソロ……」とささやかれていた「日産GT-R」がめでたく一命をとりとめた。当面の課題をクリアした最新モデルの進化をひとことで表すなら「洗練」である。「プレミアムエディションT-spec」の仕上がりをリポートする。前後のデザインを刷新
2022年のT-spec&「NISMOスペシャルエディション」投入でいよいよ命脈尽きたかにみられていたGT-Rに、まさかのおかわりがあった。主要仕向け地である米国の慣例に倣って2024年型と呼ばれるそれは、販売終了説の根拠となっていた車外騒音規制をクリアするだけでなく、外観や足まわりの変更、ホイールのペイントフィニッシュに至るまで事細かに手が及んでいる。
例によってというべきか、日本仕様の販売枠は一気に埋まってしまったようだが、軽くふた桁億には及ぶだろうマイナーチェンジへの投資に鑑みれば、日産が一度の頒布のためにここまでの労を費やすとは考えづらい。2021年のT-specとは違い、今回はまだ買える可能性があるという想定でこのT-specを紹介できそうだ。勝手な予想なのでハズレだった場合はひたすら申し訳ないけれども。
新しいGT-Rのエクステリアは、直近までのCIだった「Vモーショングリル」が廃され、同色の横はりがグリルを分割する水平が強調された顔立ちとなった。空気抵抗の低減を狙って開口部は小型化されているが、インテークガイドやグリルメッシュの角度・距離などを最適化し、前型と同等の流量を確保している。また、7ドットのデイタイムランニングライト(DRL)を擁する前側面は車体側方へときれいに走行風を送るエアガイドの役割を、その下方のカナード形状は乱流によってホイールハウス内のこもりを抜き出すような効果を果たしているという。合わせてリアバンパーまわりの形状も一新され、フロア下からの風抜けをよくしたほか、サイドエッジをより後方へと伸ばして走行風の断ち切り性能を高めた。リアフォグ形状もDRLに呼応するように7ドットへと改められている。
リアスポイラーはデビューから16年で初めて形状変更を受けて、翼部をより後方に移動、翼断面もマウント位置に合わせて最適化されるほか、翼端部もシャープな形状となっている。これらの意匠は、長いモデルライフのなかで劇的に進化したコンピューターの演算速度や空力解析能力によって発見された新たな気づきを盛り込んだもので、機能的理由のない形状変化は一切ないと開発陣は断言している。ちなみに数値的には対前型比で最大ダウンフォース量が13%、ライントレース性は12%向上しているという。そして、このエアロダイナミクスに合わせ込むかたちでGセンサーを刷新し車体挙動の検出精度を高めたうえで、ビルシュタインの「ダンプトロニック」は制御プログラムの変更を受けている。
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確かに静かになった
最大の課題だった車外騒音については、排気系の一新で規制値クリアが可能となった。従来的手法であればサイレンサー容量を3倍採る必要があり、トランクスペースを侵食するどころかタイヤ幅も狭めることになるとされていたが、現物はタイコ部を少し幅広化しただけでパッケージに影響はない。
その幅広分にメインパイプから分岐して低音成分を集める消音室を設け、音圧を低減。中高音成分はパイプ形状の工夫で排気の気流を細かく渦化し、音のエネルギーを分散させている。これは厳しい消音性能が求められる航空機のジェットエンジンのタービンブレード形状に着想を得た日産独自の技術で、長い研究時間を経て日の目を見ることになったという。生産はこれまでと同様、フジツボが担っている。
スタートボタンを押すと、セル作動音からエンジンのかかり始めの一寸は今までどおりに思えるが、すぐにその音量と音色が変わっていることに気づく。バリバリやボーッといった濁音成分が減少しているあたりは、低音低減を担う新たな消音室の成果だろうか。今回の取材環境では分かりかねるが、壁面に囲まれた地下駐車場などではその消音効果が分かりやすく現れそうだ。
タウンライドでも伝わってくるその静かさは、裏返せば別の音を際立てることにもなる。と、そこで気づいたのがGR6型トランスミッションのメカノイズが前型と比べてもさらにひと回り低減していたことだ。今回のマイナーチェンジの変更点としては挙がっていないが、アクチュエーターの作動音や変速のメカノイズなど、当初は壊れるんじゃないかと不安になるほど盛大だったそれらはほぼ顔を見せず、クラッチのリンケージも変速のつながりもすこぶる滑らかに感じられる。つくり込み続けることによる熟成が、われわれにも説明がつかない性能向上として現れることがある……とは、GT-Rの開発陣がよく口にする言葉だが、これもまたそのひとつだろうか。
速さの質が少し変わった
回転が高まるとともにガ行のメカノイズとザ行のエキゾーストノートが入り交じることで生まれていた、ドスの効いたGT-Rサウンド。新型では代わってフォーンやヒィーンといったハ行の音質が際立つエキゾーストノートによって、迫力というよりも精緻さが前に立つようなサウンドへと変貌した。車内騒音は規制の対象外だが、音環境の変化もあってか、巡航時などパーシャル状態でのノイズレベルも幾分落ち着いた印象だ。そして3000~5000rpmあたりでシュワーンと車内に響き渡るジェットサウンドは、1980年代前半、L20ETを積んだ「セド/グロ」や「スカイライン」が発していたターボのそれを思い起こさせる。
一方、エキゾーストノートがスマートになったことによる副産物だろう、速さの質は少し変わったように感じられた。猛烈な火力で爆発的に押し出されるような印象というよりは、加速とサウンドが精緻にかみ合うような印象だ。エキゾーストシステムのわずかな排圧損失はエンジンマネジメント側で微調整し、従来と変わらないパワーを得るも、体感的にはちょっと遅くなったように感じられなくもない。それほど、音量や音質がクルマの印象を大きく変えてしまうということなのだろう。
加えて速さを感じなくなったもうひとつの理由が、史上最良と思われていた前型のT-specに対しても、さらなる洗練がもたらされた乗り味だ。バネ下や上屋のホップは確実に減り、路面の多少の凹凸はものともせずピターッとフラットに突き進むサマは、もはやアウディRSなにがしのようでさえある。挙動安定化にはダンピングコントロールの適正化に加えて空力性能の改善が効いているのは明らかで、それは80km/hくらいからの高速巡航的な速度でもはっきりと伝わってくる。
語り継がれるべき存在に
2007年の春、ニュルブルクリンクにほど近いガレージで艤装(ぎそう)が施されたGT-Rと初めて出会ってから16年の時がたつ。13年にわたる第2世代GT-Rの歴史よりも、さらに長きにわたって一台のクルマの成長を見続けることになろうとは、そのクルマがこれほど化けまくることになろうとは、当然ながらまったく想像できなかった。そして、この先も恐らくこんな経験をすることはないだろう。
その気持ちをもって、個人的にもGT-Rは私的記念碑として手元に置いておきたいという衝動に駆られる。NISMOとは対局にあるT-specは、自分が求める速さだけではない価値をまとったスポーツカー像に最も近い。さりとてずいぶん上がった価格をみれば諦めもつくが、今回のマイチェンの内容や今後の補修部品供給等にまつわる費用と、想定生産台数とをてんびんにかければ、きつい値上げもやむなしかとは思う。
次にGT-Rに訪れる試練は2025年末、継続販売車にも適用される衝突被害軽減ブレーキの搭載義務だろう。車載の電子アーキテクチャーをやり直すという大ごとぶりからしてみれば、存続においてはこのタイミングが今回以上の分水嶺(れい)となるのではないかというのが個人的な読みだ。齢(よわい)で言えば生まれてから高校を卒業するくらいのところまで一線を張り続けたとすれば、それは930世代の「911」さえも超える年次で成熟されたスポーツカーということにもなる。
日産自らもR35の集大成をうたう2024年型。あとはもう、それを熱望する一人でも多くの手元に届けてくれることを願うばかりだ。それすなわち、GT-Rがいかに独自の世界観をもったクルマであったかを、後に伝えるための手数が増えるということでもある。日本の自動車文化において、このクルマが刻んだ時はしっかりと語り継がれるべきものではないだろうか。
(文=渡辺敏史/写真=山本佳吾/編集=藤沢 勝)
テスト車のデータ
日産GT-RプレミアムエディションT-spec
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4710×1895×1370mm
ホイールベース:2780mm
車重:1760kg
駆動方式:4WD
エンジン:3.8リッターV6 DOHC 24バルブ ターボ
トランスミッション:6段AT
最高出力:570PS(419kW)/6800rpm
最大トルク:637N・m(65.0kgf・m)/3300-5800rpm
タイヤ:(前)255/40ZRF20 101Y/(後)285/35ZRF20 104Y(ダンロップSP SPORT MAXX GT 600 DSST CTT)
燃費:7.8km/リッター(WLTCモード)
価格:1896万1700円/テスト車=1946万9192円
オプション装備:特別塗装色<ミレニアムジェイド>(16万5000円)/SRSサイドエアバッグ<運転席・助手席>&SRSカーテンエアバッグ(7万7000円)/プライバシーガラス<リアクオーター+リア>(3万3000円) ※以下、販売店オプション 日産オリジナルドライブレコーダー(8万9557円)/ウィンドウはっ水12カ月<フロントウィンドウ1面+フロントドアガラス2面>(1万1935円)/NISSAN GT-R専用フロアカーペット<プレミアムスポーツ、消臭機能付き>(13万2000円)
テスト車の年式:2023年型
テスト開始時の走行距離:4598km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(7)/山岳路(1)
テスト距離:322.6km
使用燃料:39.4リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:8.2km/リッター(満タン法)/8.4km/リッター(車載燃費計計測値)
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渡辺 敏史
自動車評論家。中古車に新車、国産車に輸入車、チューニングカーから未来の乗り物まで、どんなボールも打ち返す縦横無尽の自動車ライター。二輪・四輪誌の編集に携わった後でフリーランスとして独立。海外の取材にも積極的で、今日も空港カレーに舌鼓を打ちつつ、世界中を飛び回る。
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