第834回:過剰表現に終止符を! 教皇車のデザイナーが提案する「EV時代の高級車」
2023.11.16 マッキナ あらモーダ!制作期間、わずか45日
ランチア時代にローマ教皇専用車や2001年発表の「テージス」などを手がけ、ベルトーネではエグゼクティブ・デザインダイレクターを務めたマイケル・ロビンソン氏。その彼が2023年11月8日、ミラノの二輪車ショー「EICMA」において新作コンセプトカー「アーキタイプ」(Archetype)を発表した。
アーキタイプは、中国深センを本社とし、イタリアにも拠点をもつ試作開発支援企業のホンピー・テクノロジーズ(紅品晶英科技)が、自動車モデル試作の速度と品質を示すために制作したプロトタイプである。完成に至る所要日数は、わずか45日であった。
ロビンソン氏は、その電気自動車(EV)用アーキテクチャー上に構築したラグジュリーセダンの説明を、車名から始めている。Archetypeは通常「元型」と訳され、共通項をもつ人々が同じ経験や体験を繰り返すうちに、伝説、神話などに基づく独特の共通的無意識をもつことと定義されている。ただし語源は、古代ギリシアの動詞archein(始まり、起源)+名詞typos(モデル、形)にさかのぼる。哲学の世界では「本質」と訳される場合もある。
このクルマでロビンソン氏は、過剰な線、長年用いられてきた素材といった過去の高級車のルールから脱却。代わりに本質的な線とプロポーションによって、可能な限り最小限にデザインしたとしている。外観ではほほすべてのラインを排除し、極めて低く幅広いスーパーカーと、高級リムジンの超ロングホイールベースが融合した、既存の内燃機関車ともEVとも異なる形態に到達。黒で統一された外観は、一体化された黒いウィンドウとともに、無垢(むく)から切り出された印象を生み出し、現代のクルマの視覚的ノイズをさらに低減している。
黒一色のエクステリアと対照をなす淡い暖色の室内でも、“ミニマリズム”“本質"が徹底されている。インストゥルメントパネルに備わるのは、空調吹き出し口と、中央に置かれた左右後方を映し出す画面のみだ。ロビンソン氏は説明する。「デジタル時代の今日、人々は携帯電話やクラウドなど、各自がおのおののウェルビーイングを車内に持ち込みます。そこにファクトリー(もしくはデザイナー)が騒々しいビジュアルを追加すればするほど、人々は混乱を引き起こしてしまいます」
ステアリングはバイ・ワイヤ方式で、外的状況および運転者の入力に応じて切り角を毎秒5回自動調整する。現在ほとんどのクルマがロックトゥロック=972~1152°、すなわち2.7から3.3回転となっているのに対して、90°以上回転させる必要がない。その恩恵はステアリングホイールのデザインに及んだ。中央に情報用画面を配置でき、そこに速度、電池残量、GPS地図などを簡単に表示する。画面両側に配置されたボタンは、ステアリングを離さず親指で操作可能だ。
GTリムジンという解
当然ロビンソン氏も、45日という時間のなかでは、綿密な実現可能性の検証や素材の認定を行う時間がなかったことは認めている。同時に「地図や料理のメニューが、実際の領土の詳細を表したり、料理の細部をとらえたりはできないのと同様、プロトタイプは最終製品と比較して、完全な解決策ではない」と説明する。しかし同時に、将来の市販車に関する興味深い提案と、挑発的な考えが包括されていると解説している。
以下は、アーキタイプを視察するため国外から来訪するクライアント対応に追われながらも、発表の翌々日にロビンソン氏が文書で寄せてくれた、こちらの問いに対する回答である。
大矢:今回の45日という制作期間を振り返ると?
ロビンソン氏(以下、ロビンソン):エクステリアとインテリアをおおむね7~10日間でデザインしました。まったく新しいデザインの方向性を生み出すには、笑ってしまうような期間です! しかし、時間的制約が厳しいおかげで、伝統的な開発過程ではなく、直感で物事を進めざるを得なくなりました。まずエクステリアをデザインし、ラフなパッケージング案を加えました。大まかな案を紙に書き出し、不具合を洗い出しました。それを即座にレンダリング(筆者注:アイデアスケッチの後に制作する、より詳細な部分まで記した画像)の段階に移し、フロント3/4、側面、リア3/4のビューを含めて、モデラーがフォルムとフォルムのつながりをより理解できるようにしました。それらすべてのレンダリングをつくったところで、室内を掘り下げました。残念ながらインテリアは、大まかなコンセプトスケッチを描いた時点でもう時間がなかったので、レンダリングは省略しました!
大矢:あなたのランチア時代の仕事「ディアロゴス コンセプト」や「テージス」は、伝統的なロングノーズでした。対してアーキタイプは明らかなキャブフォワードです。より合理的なパッケージングですが、保守的な客層をもつ高級車の世界では、このようなデザインが標準になる可能性はあるのでしょうか? もちろん、これはスタディーであることは理解していますが……。
ロビンソン:クラシックな3ボックスセダンは、急速に2ボックスのファストバックセダンに取って代わられつつあります。これは空力のためでもあり、純粋にスタイリング的潮流の方向性のためでもあります。メルセデス・ベンツの“バナナ型”セダンを見れば、おわかりいただけると思います。いっぽう、伝統的なロールス・ロイスの箱型セダンはかなり時代遅れで、新しい、より現代的な方向性に対して、伝統を守るために戦っています。
大矢:思えば第2次世界大戦前、フランスのカロシエたちは、高級車のホイールを隠すデザインをよく試みていました。同様の傾向は、あなたの故郷である米国で、戦後のドリームカーにも見られました。いっぽうEVや自動運転車の時代になった今日でも、ホイールはますます大径になっています。車輪の存在は、やはり見る者の精神的安定に必要なのでしょうか?
ロビンソン:ホイールを覆うカバーは一過性のもので、しばらくは復活しないと思います。美しい女性がハイヒールを誇らしげに履くように、今日人々は大きなホイールを誇らしげに履いています。なぜ隠す必要があるのでしょう? セクシーでファッショナブルなのです! 空気力学の専門家たちが、ホイールを見せながらも空気抵抗を減らす方法を発見したことも寄与しました。
大矢:今回、GTリムジンというジャンルを提案しています。
ロビンソン:新しい2ボックスのファストバックに、(マルチェロ・ガンディーニとベルトーネの手になる1968年の「アルファ・ロメオ・カラボ」にさかのぼる)ハイパーカーの“キャブフォワード”アーキテクチャーを加えれば、これは大きなゲームチェンジャーとなるのです! それはエレクトロニック・ハウス・ミュージックとクラシック音楽をミックスするようなもので、結果は衝撃的なものになります。ただし、どんなクロスオーバーミックスでも難しいのはレシピです。陰と陽をどう混ぜ合わせるかによって、結果は大きく変わってきます。
大矢:そのキャブフォワードは、近い将来普及するでしょうか?
ロビンソン:今回、私の根底にあった直感は、空中を軽々と滑っていくような、長く低い官能的な乗り物をつくることでした。フロントガラスを前方に押し出し、キャビンを前方に出すことで前席乗員も前方に移動し、後席乗員の足元スペースが極めて拡大します。そう、GTリムジンの完成です! そうすると前後ともに巨大なV8エンジンを搭載するスペースはないので、バッテリーを満載したフラットフロアのEVしか選択肢はありません。
私は、このアーキテクチャーがすぐ普及すると信じています。なぜなら、美しくモダンで、室内空間が広く、EVを(最終的に)エキサイティングなものにするからです。EV販売不振の理由は、コスト削減と、顧客に退屈しのぎをさせるため内燃機関車をわずかにフェイスリフトしたようなデザインです。あふれかえる、そっくりなクルマたちに世界中が飽き飽きしているからです!
高級車の達人でなければできない
ロビンソン氏はイノベーション的観点からアーキタイプを解説しているが、最後に筆者自身は美的な視点から観察してみたい。
ロビンソン氏が語るように、アーキタイプのフォルムは簡潔で好ましい。凝りに凝った造形をもつ今日のSUVを含む高級車が、ルネサンスのあと方向性を失ってしまった画家たちが試行錯誤を繰り返した16世紀後半のマニエリスム的とするなら、アーキタイプは古代ギリシアに範をとった18世紀中盤から19世紀初頭の新古典主義である。原点回帰だ。
音楽でいうなら、アーキタイプを眺める筆者の脳裏を流れていたのは、あの「ボレロ」で知られる作曲家モーリス・ラヴェルによる1920年初演の管弦楽曲「ラ・ヴァルス」である。Valseとはフランス語でワルツだ。彼がイメージしたのは、19世紀中頃のウィーンであり、そうした良き時代を20世紀の斬新な管弦楽法で表現することを試みている。アーキタイプも、自動車にとって良き時代の、新たな解釈と筆者の目には映った。歴史的自動車でたとえれば、1936~1938年の「ブガッティ・タイプ57SCアトランティーク」である。うわべのトレンドとしての流線形に惑わされることなく、極めてシンプルな構成で純粋さを追求している。にもかかわらず、あふれ出る優雅さと妖艶(ようえん)さがある。
過去と未来の絶妙なミックス。高級車を知り得たデザイナーだからこそできる品格だ。繰り返しになるが、それをたとえ1カ月半でもこなせるところがロビンソン氏の力量なのである。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA> 写真=ホンピー・テクノロジーズ、ステランティス、Michael Robinson Archive、Akio Lorenzo OYA/編集=堀田剛資)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、25年間にわたってリポーターを務めあげる。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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