「レースの技術」は本当に市販車に生かされているか?
2023.11.21 あの多田哲哉のクルマQ&A自動車関連の記事で「モータースポーツで培った技術が生かされた〇〇」というフレーズを目にすることがありますが、いまどきそうした例はあるのでしょうか? 自動車創成期ならともかく、今は宣伝のために後付けした文言ではないかと思えるのですが。
かつてのイメージでいうところの“技術的フィードバック”は、ご指摘のとおり、現在は「ない」といっていいでしょう。夢をぶち壊すような話ですけれども……。
確かにはるか昔、レースの技術がそのまま市販車の開発に直結していた時代はありました。しかし、それもあるレベルを超えてしまうと「レース用のマシンと市販車はまったく別」ということになり、お互いに関係のない時代が長く続きました。
その結果、世の中のレース用車両に対する興味は非常に薄れてしまいました。以前はレースで活躍したクルマ(やその技術)を自分でも買えるというイメージがあって、その憧れゆえにクルマが売れて、レースにも関心を持ってもらえたのに、それがすっかりダメになってしまったわけです。
このことに気づいたメーカーは、積極的に「レースでの技術が市販車に生かされています」とアピールするようになったものの、今度は形だけ市販車に似せて中身は全く違うといった、実質の伴わないレーシングカーばかりに。「あんなのはインチキだ」というファンの声にさらされることになります。
そうした経緯で、メーカーは「レースと市販車との結びつきはマーケティング上重要だ」と強く認識し、モータースポーツを主宰する側も「お客さんに興味を持ってもらえるかたちでレースをやろう」という姿勢になりました。今では、かのF1ですら、市販車との結びつきを意識してレギュレーションそのものを変え、技術をフィードバックできるように配慮していますね。
つまり現状として、レースと市販車が結びついているところは、ポツポツあります。しかしそれは、冒頭に申し上げたように、かつてのような技術的フィードバックではなく、ある意味ムリヤリというか、販売戦略の一環としての結びつきなのです。それは「宣伝のための投資」と見ることもできますが、投資効果でいうと“遠回り”になる、つまり、お金と時間を直接技術開発に回したほうが費用対効果がよくなる可能性は高い。もっとも、このあたりは「経営判断」ですが。
実際の成果はどうかといえば、この10年間ほどは、自動車ファンの関心は戻ってきているという印象を受けます。
ちなみに、量産車の技術をレースに応用するという“逆パターン”はあります。例えば、レーシングカーの耐久性を上げるためのノウハウを市販車の開発部門に求めるとか。具体的には、エンジンのシリンダー内面のコーティング技術や部品の品質管理の仕方など、さまざまです。そうした技術の活用は、トヨタに限らず多くのメーカーで行われているはずです。

多田 哲哉
1957年生まれの自動車エンジニア。大学卒業後、コンピューターシステム開発のベンチャー企業を立ち上げた後、トヨタ自動車に入社(1987年)。ABSやWRカーのシャシー制御システム開発を経て、「bB」「パッソ」「ラクティス」の初代モデルなどを開発した。2011年には製品企画本部ZRチーフエンジニアに就任。富士重工業(現スバル)との共同開発でFRスポーツカー「86」を、BMWとの共同開発で「GRスープラ」を世に送り出した。トヨタ社内で最高ランクの運転資格を持つなど、ドライビングの腕前でも知られる。2021年1月に退職。