「赤いブレーキキャリパー」にはどんな意味があるのか?
2025.11.18 あの多田哲哉のクルマQ&A高性能をうたうブレーキシステムのキャリパーは、赤いものが多いように思います。なかには、「価格は高いが色が赤いだけ?」と思えるアフターパーツもありますが……。こうした鮮やかな色のキャリパーが定番のようになっているのはなぜか、車両メーカー側の考えを聞かせてください。
それは、「カッコいいから」です。以上。……と言いたいところですが、話を続けます(笑)。
ブレーキはもともと、お客さまからお金を取れるだけの付加価値があるとは考えられていないものでした。「エンジンパワーがあってスピードが出る」みたいな話はアピールしやすいのですが、「うまく止まれます!」というのは、極めて大事なことではあるけれど、自動車の歴史において、あまり日の当たることがらではなかったのです。
これはあくまで私の記憶によるものですが、ブレーキキャリパーに初めて色らしい色を付けたのは、ポルシェとブレンボではないでしょうか。私が1993年から1995年までの3年間ドイツに駐在していたころ、ポルシェのキャリパーに赤いものが出てきて、「こりゃすごいな」と思ったのを覚えています。
その後、メーカーとしての独自色を出したいということで、各社の製品に青いものや黄色いものも見られるようになり、やがて「このメーカーのキャリパーは〇色」みたいなすみ分けもできてきました。
トヨタでも、2010年前後に「GR」というスポーツブランドを始めるにあたって、キャリパーの色を工夫しようという話が出たのですが、その時すでに、ほとんどのカラーは他社・他ブランドで使われていました。
そこで、独自色で塗れるとしたら「白」しかない、じゃぁ白でいくか! という流れになったのですが、当然ながらホワイトのキャリパーはブレーキダストの汚れが目立ちます。いかにダストの付着を防ぐか、もし汚れても容易にダストが落ちるようにできるか、というのが命題になったものの、これが困難で、大変苦労しました。防汚に加えて、塗料の耐熱性にも配慮しなければなりません。「白だけは勘弁してほしい」と訴えるブレーキメーカーを説き伏せて、何度もテストを重ねて、がんばってもらいました。
結局この件は「メーカー側の考えでユーザーに色を強要しなくてもいい」「ユーザーに人気のある色にするほうが好ましい」という話になり、白は使われなくなっていきましたね。
ともあれ根本的に、ブレーキキャリパーの色に性能を左右する要素はないのです。あくまでファッションであり、製品に付加価値を上乗せするものであるといえます。
私は「トヨタ86」の「GRMN」仕様を開発するにあたって、イタリアのブレンボ本社を訪問したことがあります。その際、話をしたところでは、色つきキャリパーについてはブレーキメーカー側も、「予想外にウケてしまった」と認識しているようでした。「赤だから、金色だからもっと払ってもいいという反応があるのは驚きだ」と。それでカラーサンプルをダーッと並べて、「さぁ、今回は何色にしましょうか?」なんて調子でした(笑)。ブレーキパッドを押さえつけるピストンを4ポットから6ポットにするよりも、キャリパーの色を変えたほうがよっぽどわかりやすいアピールになる、というのが現実なのです。
ブレンボ自体がそうした見せ方のノウハウをよく知っている会社だからでしょうか、社屋・施設のつくりがすごくかっこよかったのも強く印象に残っています。

多田 哲哉
1957年生まれの自動車エンジニア。大学卒業後、コンピューターシステム開発のベンチャー企業を立ち上げた後、トヨタ自動車に入社(1987年)。ABSやWRカーのシャシー制御システム開発を経て、「bB」「パッソ」「ラクティス」の初代モデルなどを開発した。2011年には製品企画本部ZRチーフエンジニアに就任。富士重工業(現スバル)との共同開発でFRスポーツカー「86」を、BMWとの共同開発で「GRスープラ」を世に送り出した。トヨタ社内で最高ランクの運転資格を持つなど、ドライビングの腕前でも知られる。2021年1月に退職。
