WRC参戦マシンの“最もすごいところ”とは?

2023.12.12 あの多田哲哉のクルマQ&A 多田 哲哉
【webCG】クルマを高く手軽に売りたいですか? 車一括査定サービスのおすすめランキングを紹介!

ラリージャパン2023(世界ラリー選手権 日本大会)を見て、目をむくようなラリーカーの爆走に感激しました。こうした走りができるマシンの、市販車との決定的な違いとは何でしょうか? メカニズム的に“最もすごいところ”を教えてください。

加速がすごいクルマは、今や市販車でもざらですね。「0-100km/h加速3秒以下」なんてモデルも、決して珍しくはありません。

WRカー、特に最近のマシンですごいのは、ずばり「サスペンションのストローク量」です。ひと昔前の「ランサー エボリューション」や「セリカGT-FOUR」が活躍していた時代と比べても、サスペンションの可動範囲が全然違うのです。

かつては、穴ぼこなどを避けつつ路面のよいところを走るというのがドライバーの技量のひとつでした。くぼんだところを通過すると、タイヤと路面の接地面積が減ってトラクションが抜け、パワーロス/タイムロスにつながるからです。

それとは対照的に、今のラリーカーでは、路面の凹凸は意識されません。クルマの足が路面の変化に追随して常に接地していられるから、ドライバーはひたすら最短のルートを駆け抜けるよう努めればいい。マシンが大ジャンプする場面で、タイヤが異常に(ホイールハウスより下方に出てしまうほど)下がっていますよね? それこそ、この特殊性があらわになるシーンです。

そんなマシンの車内ではどうかというと、これが、驚くほど乗り心地がいい。同乗試乗させてもらったことがあるのですが、デコボコした不整地を走っていることがわからない。「本当にあんなひどい道を走っているのかな?」と思うほど快適なんです。1990年代のWRカー(ユハ・カンクネンとディディエ・オリオールのマシンで体験)とは全く違う。まさに異次元の世界といえます。すべてのギャップを吸収しつつ、トラクションも常にかかっているなんて、今のラリードライバー以外経験がないと思いますね。

翻って言うと、こうした最高峰ラリーでの知見を生かしたとうたうクルマを市販するならば、出力やエアロパーツだけではなく、前述の長所を再現し実感させてくれる製品を出してほしいですね。独自の足まわりとホイールハウス持つクルマなんて、開発予算が下りないとは思いますが……。

でも、クルマ好きなら、そういう特別な世界は経験してみたいのではないでしょうか。加速やコーナリングスピードといったスーパーカー的な性能については、行き着くところまできた感があります。「めちゃくちゃサスストロークが長いWRカーのようなクルマ」というのは、市販車開発の未体験ゾーン、数少ないフロンティアでしょう。世の中、相変わらず空前のSUVブームですし、SUVならサスペンションストロークを長く取ることも比較的容易です。実現を期待します(笑)。

多田 哲哉

多田 哲哉

1957年生まれの自動車エンジニア。大学卒業後、コンピューターシステム開発のベンチャー企業を立ち上げた後、トヨタ自動車に入社(1987年)。ABSやWRカーのシャシー制御システム開発を経て、「bB」「パッソ」「ラクティス」の初代モデルなどを開発した。2011年には製品企画本部ZRチーフエンジニアに就任。富士重工業(現スバル)との共同開発でFRスポーツカー「86」を、BMWとの共同開発で「GRスープラ」を世に送り出した。トヨタ社内で最高ランクの運転資格を持つなど、ドライビングの腕前でも知られる。2021年1月に退職。