MVアグスタ・エンデューロ ベローチェ(6MT)
大人のアドベンチャー 2024.06.10 試乗記 MVアグスタからアドベンチャーモデル「ENDURO VELOCE(エンデューロ ベローチェ)」が登場。“イタリアの宝石”とも称される彼らのニューモデルは、既存のマシンとはどこが違い、このジャンルに新風を巻き起こす存在となり得るのか? イタリアからケニー佐川が報告する。開発に5年を費やしたダカールラリー由来の意欲作
MVアグスタは、走る宝石にも例えられるイタリアの名門。100%イタリア製の、世界一美しく、かつ最高のパフォーマンスを備えたバイクづくりを標榜(ひょうぼう)する老舗ブランドだ。1950~1970年代にはロードレース世界選手権でもタイトルを量産するなど黄金時代を築いた。その後は二輪事業からの一時撤退や、イタリアの新興二輪メーカーだったカジバの資本参加によるブランド復活などを経て、現在はKTMグループの傘下で体制を強化。ニューモデルの開発を加速させている。
今回試乗がかなったエンデューロ ベローチェは、そのMVアグスタが初めて手がけた量販アドベンチャーモデルである。ちなみに“ベローチェ”とはイタリア語で「速い」の意味。快速長距離オフローダーといったニュアンスだろうか。MVによると開発には5年の歳月を費やしたそうだ。つまり、KTMの血が入る以前から着々と進められてきた一大プロジェクトなのだ。MVアグスタのアドベンチャーモデルといえば、モーターサイクルショー「EICMA 2023」では先行して「LXPオリオリ」が発表されているが(参照)、あちらは1990年代にパリ・ダカールラリーでカジバに2度の優勝をもたらしたイタリア人ライダー、エディ・オリオリをたたえた限定モデル。一方のエンデューロ ベローチェは、そのスタンダード版にあたる量産モデルの位置づけである。
新しさのなかに懐かしさも感じさせるエンデューロ ベローチェのデザインは、かつてオリオリ選手がダカールの砂漠で駆った「カジバ・エレファント900」がモチーフになっている。目を引く円形のサイドラジエーターは当時のメインスポンサーだった「ラッキーエクスプローラー」ロゴのオマージュであり、車体色はかつてWGPを席巻したMV伝統の赤×銀のカラーで彩られるなど、随所に栄光のヒストリーがちりばめられている。ちなみにエンジンから車体まで基本スペックはLXPオリオリと共通である。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
足まわりも電子制御も本格仕様
エンジンは逆回転クランクを採用した水冷並列3気筒と、新世代MVを象徴するレイアウトを踏襲しつつ、排気量を931ccに拡大した完全新設計のものだ。最高出力124PS/1万rpmというスペックにも表れている高回転域でのパワーと、3000rpmで最大トルクの85%を発生する低中速トルクを両立させている。フレームはオーソドックスなダブルクレードル型だが、スチールとアルミ鋳造パーツを組み合わせることで剛性バランスを最適化。燃料タンクは容量20リッターと比較的コンパクトで、調整式のシートの高さは850mm/870mmと、このカテゴリーとしては標準的といえる。
サスペンションは前後210mmのホイールトラベルを持つザックス製で、ブレーキにはブレンボの最高峰キャリパー「スティルマ」を装備。足もとには前:21インチ、後ろ:18インチのエキセル製軽量アルミホイールにブリヂストンのアドベンチャー用タイヤ「バトラックス アドベンチャーA41」を組み合わせるなど、本格的な設(しつら)えとなっている。
電子制御も最新だ。4種類のライドモード「アーバン/ツーリング/オフロード/カスタムオールテレイン」や、8段階のトラクションコントロールレベル(5つがロード向け、2つがオフロード向け、1つがウエット向け)から適切な設定を選択できるほか、装着タイヤ(オンロード用/オフロード用)によってトラコン介入度を自動調整する新機能も投入。コーナリングABSとエンジンブレーキコントロールもおのおの2段階の調整機能付きで、急制動時に後輪リフトを抑えるRLM(リアホイールリフトアップ軽減)機能も搭載。クルーズコントロールに加え、最大効率での発進加速を可能にするローンチコントロールやアップ&ダウン対応のクイックシフターも標準で装備される。
また、最新版「MV Ride」アプリとの連携によるナビ機能や、電子デバイスなどの情報をわかりやすく表示するフルカラーTFTディスプレイを装備するなど、MV独自のこだわりを詰め込んだ、最新の機能・装備が与えられている。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
3気筒+逆回転クランクのパワーと安定感
MVアグスタならではのエクスクルーシブなアドベンチャー体験を堪能できるバイクとしてエンデューロ ベローチェは開発された。開発陣によると「ただ美しいだけでなく、誰が乗っても快適で扱いやすく、ワイドレンジで上質な旅が楽しめる」とのこと。実際、見た目は大柄だが、またがるとタンクがスリムで思いのほかコンパクトだ。224kgの乾燥重量もイメージより軽く感じる。
新開発の並列3気筒エンジンは全域で力強くアグレッシブ。2000rpmでも粘る低中速トルクと1万rpmを過ぎても伸びていく高回転でのパワーがきれいにつながっている印象だ。そして、しびれるエキゾーストノート。アクセルを回せばかつてのF1マシンを思わせる官能的なサウンドが響き渡る。また逆回転クランクの慣性力により、加速ではフロントの浮き上がりが抑えられ、減速時は逆に後輪が路面に押し付けられる。この効果により、コーナーへの進入や脱出での車体の姿勢変化は穏やかだ。
ハンドリングは軽快だが安定感があり、オフロード向けのフルサイズホイールとは思えないほどよく曲がってくれる。コーナリング中でも自在にギアチェンジできるクイックシフターも秀逸だ。一点、ペースを上げるとリア側のプリロードを強めたくなるが、それもアジャスターは手で簡単に回せるので便利。本格的なリアキャリアともども、積載走行で重宝するはずだ。
ライドモードはMVらしく出力特性がアグレッシブで、各モードで乗り味が明確に変わるのが楽しめる。スイッチひとつでABS、トラコン、エンジンブレーキなどの設定も最適化されるので、楽で安心だ。また高速道路では大型スクリーンと一体化したカウルが効果的に風をプロテクトしてくれるので快適。街なかでも、このクラスとしては軽い車体とリラックスできる自然なライディングポジションのため扱いやすかった。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
しなやかで快適、期待を上回るオフ性能
試乗会ではオフロードも走行できた。それも存外に本格的なコースである。高級品のMVだけに軽く流す程度だろう、とナメていた自分を猛省。目の前に広がるのは山を切り開いただけの不整地で、しかもけっこうな勾配ではないか。
覚悟を決めて最初の砂地に飛び込んでいく。アクセルを開けて3気筒パワーで突っ切ると、岩がむき出しのガレ場を軽々といなしていった。想定していたよりずっと衝撃が少なく、フワリと走れるのが驚きだ。これはフルサイズの前:21インチ、後ろ:18インチホイールと、専用セッティングのザックス製前後サスによるところが大きいはず。加えてエンジントルクがあるので、低回転でもぐんぐん進むし、車体の動きがしなやかで安定しているため、ライン取りもコントロールしやすい。オフロード走行に備えてテスト車はオプション指定のブロックタイヤ「ブリヂストン・バトラックス アドベンチャークロスAX41」に履き替えられ、ライディングモードも「カスタムオールテレイン」でMV側の推奨値にプリセットされていたが、とはいえ“ガチオフ”での走破性と扱いやすさは予想以上だった。
開発者によると、3気筒逆回転クランクのエンジン特性に加え、専用開発のダブルクレードルフレームが奏功しているようだ。「アルミとスチールの組み合わせがしなやかな剛性バランスを生み、オーソドックスなフレーム形状がバイクの挙動をわかりやすくライダーに伝える」という。自分で実際にオフロードを走ってみて、MVがアドベンチャーに求める上質で快適な走りを実感することができたと思う。日本での発売時期や価格は未発表だが、エンデューロ ベローチェがこのジャンルに新風を吹き込んでくれることは確かだろう。
(文=ケニー佐川/写真=MVアグスタ/編集=堀田剛資)
テスト車のデータ
MVアグスタ・エンデューロ ベローチェ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=2360×980×--mm
ホイールベース:1610mm
シート高:850/870mm
重量:224kg(乾燥重量)
エンジン:931cc 水冷4ストローク直列3気筒DOHC 4バルブ
最高出力:124PS(91kW)/1万rpm
最大トルク:102N・m(10.4kgf・m)/7000rpm
トランスミッション:6段MT
燃費:5.6リッター/100km(約17.9km/リッター、WMTCモード)
価格:--円
![]() |

佐川 健太郎(ケニー佐川)
モーターサイクルジャーナリスト。広告出版会社、雑誌編集者を経て現在は二輪専門誌やウェブメディアで活躍。そのかたわら、ライディングスクールの講師を務めるなど安全運転普及にも注力する。国内外でのニューモデル試乗のほか、メーカーやディーラーのアドバイザーとしても活動中。(株)モト・マニアックス代表。日本交通心理学会員 交通心理士。MFJ認定インストラクター。
-
スズキ・エブリイJリミテッド(MR/CVT)【試乗記】 2025.10.18 「スズキ・エブリイ」にアウトドアテイストをグッと高めた特別仕様車「Jリミテッド」が登場。ボディーカラーとデカールで“フツーの軽バン”ではないことは伝わると思うが、果たしてその内部はどうなっているのだろうか。400km余りをドライブした印象をお届けする。
-
ホンダN-ONE e:L(FWD)【試乗記】 2025.10.17 「N-VAN e:」に続き登場したホンダのフル電動軽自動車「N-ONE e:」。ガソリン車の「N-ONE」をベースにしつつも電気自動車ならではのクリーンなイメージを強調した内外装や、ライバルをしのぐ295kmの一充電走行距離が特徴だ。その走りやいかに。
-
スバル・ソルテラET-HS プロトタイプ(4WD)/ソルテラET-SS プロトタイプ(FWD)【試乗記】 2025.10.15 スバルとトヨタの協業によって生まれた電気自動車「ソルテラ」と「bZ4X」が、デビューから3年を機に大幅改良。スバル版であるソルテラに試乗し、パワーにドライバビリティー、快適性……と、全方位的に進化したという走りを確かめた。
-
トヨタ・スープラRZ(FR/6MT)【試乗記】 2025.10.14 2019年の熱狂がつい先日のことのようだが、5代目「トヨタ・スープラ」が間もなく生産終了を迎える。寂しさはあるものの、最後の最後まできっちり改良の手を入れ、“完成形”に仕上げて送り出すのが今のトヨタらしいところだ。「RZ」の6段MTモデルを試す。
-
BMW R1300GS(6MT)/F900GS(6MT)【試乗記】 2025.10.13 BMWが擁するビッグオフローダー「R1300GS」と「F900GS」に、本領であるオフロードコースで試乗。豪快なジャンプを繰り返し、テールスライドで土ぼこりを巻き上げ、大型アドベンチャーバイクのパイオニアである、BMWの本気に感じ入った。
-
NEW
トヨタ・カローラ クロスGRスポーツ(4WD/CVT)【試乗記】
2025.10.21試乗記「トヨタ・カローラ クロス」のマイナーチェンジに合わせて追加設定された、初のスポーティーグレード「GRスポーツ」に試乗。排気量をアップしたハイブリッドパワートレインや強化されたボディー、そして専用セッティングのリアサスが織りなす走りの印象を報告する。 -
NEW
SUVやミニバンに備わるリアワイパーがセダンに少ないのはなぜ?
2025.10.21あの多田哲哉のクルマQ&ASUVやミニバンではリアウィンドウにワイパーが装着されているのが一般的なのに、セダンでの装着例は非常に少ない。その理由は? トヨタでさまざまな車両を開発してきた多田哲哉さんに聞いた。 -
NEW
2025-2026 Winter webCGタイヤセレクション
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>2025-2026 Winterシーズンに注目のタイヤをwebCGが独自にリポート。一年を通して履き替えいらずのオールシーズンタイヤか、それともスノー/アイス性能に磨きをかけ、より進化したスタッドレスタイヤか。最新ラインナップを詳しく紹介する。 -
NEW
進化したオールシーズンタイヤ「N-BLUE 4Season 2」の走りを体感
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>欧州・北米に続き、ネクセンの最新オールシーズンタイヤ「N-BLUE 4Season 2(エヌブルー4シーズン2)」が日本にも上陸。進化したその性能は、いかなるものなのか。「ルノー・カングー」に装着したオーナーのロングドライブに同行し、リアルな評価を聞いた。 -
NEW
ウインターライフが変わる・広がる ダンロップ「シンクロウェザー」の真価
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>あらゆる路面にシンクロし、四季を通して高い性能を発揮する、ダンロップのオールシーズンタイヤ「シンクロウェザー」。そのウインター性能はどれほどのものか? 横浜、河口湖、八ヶ岳の3拠点生活を送る自動車ヘビーユーザーが、冬の八ヶ岳でその真価に触れた。 -
第321回:私の名前を覚えていますか
2025.10.20カーマニア人間国宝への道清水草一の話題の連載。24年ぶりに復活したホンダの新型「プレリュード」がリバイバルヒットを飛ばすなか、その陰でひっそりと消えていく2ドアクーペがある。今回はスペシャリティークーペについて、カーマニア的に考察した。