「A290」の登場でアルピーヌはどう変わるか? 市販車とモータースポーツ参戦の関係をCEOに尋ねた
2024.07.02 デイリーコラムルマンに挑み続ける理由
周知のとおり、2024年のルマン24時間で「アルピーヌA424」は6時間を待たずして、エンジントラブルで2台ともリタイアの憂き目を見た。翌日の午前中、インタビューに応じたアルピーヌのフィリップ・クリエフCEOは、エンジントラブルの原因はまだ分析が済んでいないとしながらも、意外にサバサバした様子でこう答えた。
「ハイパーポールまで#35が進出したように、一定の速さ、ペース自体は改善されています。ルマンに参戦する理由? それはアルピーヌが昔からそうであるとおり、モータースポーツを核とするブランドで、1978年には総合優勝も果たしているように、それがブランドのDNAですから。勝利を再現することも大事ですが、過去に鑑みればこの先も、アルピーヌがWECやF1といったモータースポーツシーンの先頭を走ることは戦略。コミュニケーション、マーケティングのうえでも、です」
ハイパーカークラスにワークスチームがひしめく今、WECの現行レギュレーションがさまざまなコンストラクターに魅力的、というだけではない。アルピーヌが今回のルマンでジネディーヌ・ジダン氏を乗せてデモランを披露した水素エンジンのプロトタイプ「アルペングロー」のように、未来のテクノロジーの実験場、その成果を発信する場としても、ルマンには魅力があるという。
「思うにレースはエモーション。勝つためにやる。レギュレーションも興味深いところですが、まずは競争して勝ちたい。そこに理由はないですよね」
ではさまざまなコンペティターが参入しているなかで、アルピーヌは他のスポーツカーブランドとはどう異なるのか?
「アルピーヌブランドの基本になる三本柱は、ライトウェイト、ドライビングプレジャー、そしてフレンチタッチ。現行『A110』がそうですが、軽量のスポーツカーであること。開発にあたって、10kg軽くするかパワーを上げるか、どちらに優先順位があるか? それは前者です。そしてコックピットに座っただけでも一体感、操る喜びが感じられること。さらにスポーツカーセグメントでフランスのブランドは他にないですから、フレンチタッチから常に何かを生み出せます。内燃機関車(ICE)のA110がスポーツカーのなかでも卓越して軽く楽しい一台であるとおり、電気自動車(BEV)の次世代ベルリネットもそうなります」
次世代A110は「さらによくなる」
これまでA110しかラインナップしていなかったアルピーヌは、今年のルマン24時間で「A290」というハッチバックのBEVを登場させた。プレミアムBセグメントに参入することで、市場でブランドの方向性やターゲットに変化はあるのだろうか?
「今後のアルピーヌを考えるうえで、いずれもプレミアム市場向けですが、2つのプロダクトラインがあります。ひとつはA290というスモールクロスオーバー、それからより大きなクロスオーバー。どちらもクルマとして多かれ少なかれボリューミーでも、常に軽く、プレジャーでフレンチタッチ、つまりアルピーヌです。もう一方のラインは、新しいA110ですね。ピュアなアイコンで、プレジャー、アルピーヌフィーリング。A290とより大きなクロスオーバーは(ルノーグループの)既存のプラットフォームです。A110はアルミニウムの新しいプラットフォームで、そこからニッチだけどハイパフォーマンスなクルマと、よりボリュームのあるクルマとをつくっていきます」
ここでいう、より大きなクロスオーバーとは「A390」とウワサされる。BEVの次世代A110でモジュラー化されるアルミプラットフォームのほうは2+2クーペにも派生して、往年のネーミングよろしく「A310」となることが、すでにフランス本国で盛んに報じられている。いずれもネーミングはともかく、ドリームガレージコンセプトの3台に続いて、アルミプラットフォームのボリューミーな一台が開発中であることを、クリエフCEOは隠さない。今後のアルピーヌは下2ケタ“90”がライフスタイル系と呼ばれるライン、同じく“10”がアイコニックなスポーツカーのライン、というロジックとも符合する。そしてA290に続くBEVの第2弾となる次世代A110についても、彼はこう述べる。
「A110は現行モデルよりも、さらによくなります。重量は増しますけど、BEVになってバッテリーを積むことで重心が下がり、電子制御によってコックピットも操る楽しさも、よりファンタスティックに。だから現行よりも楽しく、よくなるのです。逆にA290のようなライフスタイルプロダクトは、よりバーサタイルで快適、でもドライビングプレジャーについてはA110に準じて、エッセンシャルで喜びが感じられるものになります」
日本市場とアルピーヌの親和性
今回発表されたA290もそうだが、プレミアムなBEVほどテレメトリー機能は充実しているもの。今後ますます、BEVのソフトウエア面はeスポーツやゲーム的な要素を強めていくのだろうか?
「アルピーヌはあらゆる電子制御やデバイス、インフォテインメントやコネクティビティーを重視していきますが、特にプログラムやテレメトリーは特別なものにします。A290に搭載しているようにライブで各種の走行データを確認できるほかにも、ドライビング上のチャレンジやコーチングなど、ロングタームで楽しめるプログラムを各モデルに搭載していく予定です」
その一方で、昔のルノー・スポール系、つまり「R.S.」のようなサーキットオリエンテッドなホットハッチとの違いについて、クリエフCEOはこう説明する。
「スポーツ性の点では同じ哲学ですが、BEVの世界ではよりグローバルで、R.S.と同じレベルのパフォーマンスを備えながら、より使い勝手が幅広く、日常域にも対応するクルマだということ。R.S.はサーキット志向でニッチだったけれども、A290はよりプレミアムで幅広い顧客に合わせた乗り味を提供していきます。ユーザー像でいえば、より若く、女性も多く、世界の動きに敏感でモダンな感覚の人々。R.S.に乗っていた方々ももちろん満足できるけど、より多くの顧客層をカバーできるのがA290なのです。R.S.ほどエクストリームなドライビングではないけれども、よりイージーにその領域にたどり着けるような」
ルノーグループに移籍する以前はミシュランに勤め、日本にも5年間の駐在経験があるフィリップ・クリエフCEOは、日本市場でA290がどのように受け入れられるか、大いに期待しているという。
「日本人はクルマのことに詳しいですし、莫大(ばくだい)な自動車文化がありますから、とても成熟した市場ですよね。ですからアルピーヌがターゲットとしているカスタマー層がA110の顧客以外にも、日本にはたくさんいると考えています。カルチャー、品質の高さへの要求とこだわり。それこそアルピーヌに合致するプロファイルなんです」
再びニュルブルクリンクに挑むのか?
ちなみにA290に搭載されるという、多くの特許を取っているというベクタリングシステムだが、それはアルゴリズムやアプリとして今後の他のモデルにも汎用(はんよう)的に使われ、搭載されるものなのだろうか?
「A290に使われているものはブレーキベクタリングです。トルクベクタリングを使うには2つ以上の動力源、つまりモーターを備える必要がありますが、1モーターですから、基本的には現行A110のものに近いですよ。トルクベクタリングは……まぁ来年、次の段階と申し上げておきます。ブレーキバイワイヤだから特許ではなく、駆動力のコントロール、制御のアルゴリズム自体に特許があるということですね。ただ電子制御のおかげで10分の1秒で正確なコントロールが効くので、アンダーステアも出なければトルク過多にもならないという、効率が高くパーフェクトな駆動制御ができます」
R.S.の時代に行われていたような、ニュルブルクリンクでのタイムアタックも考えていないわけではないとか。
「エンジニアリング上の目標として、参考になりますから。開発エンジニアたちにとって、目標設定になるということです。ニュルでパフォーマンスを出せるということは、ドライバーにとって一定以上のクオリティーがあるということ。その考え方は保っています」
それにしても、WECそしてF1というモータースポーツのトップカテゴリー双方に参戦しているのは、フェラーリとアルピーヌのみ。小規模コンストラクターとして投資負担は過大ではないのだろうか?
「確たる数字ではありませんが、イタリアのほうは年間1万~1万5000台ぐらいを販売していて、人員は5000人ぐらい。アルピーヌは2023年が4328台で人員は2000人。しかし開発に関わっているスタッフは、イタリアのほうでは1500人ぐらいでアルピーヌは800人ほど。ですので同じぐらいと考えています。今のところ、ルノーグループから予算上のサポートはありますが、独立採算化を図っているところで、2026年にはレーシングも含めてアルピーヌ全体としてポジティブになるよう進めています。まさに販売ボリュームをつくり出すためにクロスオーバーの市販モデルが立ち上がったところで、ここから数年かけてさらなるキャッシュフローをつくっていくのです」
なるほど、歴史的に見てもモータースポーツと、ライトウェイトでファントゥドライブな市販車は、アルピーヌのDNA。それらがこの先、ブランドの両輪として密接に結びついて回っていくかどうかだが、アクセルはすでに踏み込まれた今この瞬間、こちらも「トルクベクタリング」の効果を待つフェイズといえそうだ。
(インタビューとまとめ=南陽一浩/写真=ルノーグループ、南陽一浩/編集=藤沢 勝)

南陽 一浩
1971年生まれ、静岡県出身、慶應義塾大学卒。出版社を経てフリーライターに。2001年に渡仏して現地で地理学関連の修士号を取得、パリを拠点に自動車や時計、男性ファッションや旅関連を取材する。日仏の男性誌や専門誌へ寄稿した後、2014年に帰国。東京を拠点とする今も、雑誌やウェブで試乗記やコラム、紀行文等を書いている。
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