「他社と似たようなクルマ」の開発にはどう取り組みますか?
2024.08.06 あの多田哲哉のクルマQ&Aクルマにも流行(はや)り廃りがあって、他社と企画が似る、あるいは積極的に後を追うといった場面があるのではないかと想像します。そうした場合、多田さんはどう開発に臨みますか? 少しでも違うものにするか、ユーザーのニーズとあらばとことん意に沿うものにするのか……。そもそもどうあるべきかなど、ご意見をお聞かせください。
このアプローチは、開発するクルマのカテゴリーによっても変わってくると思います。
いわゆるファミリーカーの場合は、無理やりでも他社と違う技術を使って独自性を示し……ということに注力するのではなく、お客さまのニーズをしっかりとらえて、たとえマネしているといわれることになっても、世の人が一番使いやすいものを目指してまとめていくのが正しいと思います。
トヨタはよく、二番煎じでもうけているといわれることがありますね(苦笑)。(自身が開発にかかわった)「ウィッシュ」にしたって「ホンダ・ストリーム」のパクりといわれ、ホンダの「オデッセイ」が売れたらトヨタは「イプサム」かと。それはまぁ、いわれても仕方ありません。
新たに市場を開拓するというのはもちろん大事なことですが、お客さまがその製品を買い求める決め手となる要素を冷静に分析して、それを一定の値段で実現できるようにするというのは非常にドライな作業なんです。それを無理にほかの技術で実現しようとがんばって結果的にコストが上がったり、使い勝手が犠牲になるというのは、まったく本末転倒なことです。
技術者のプライドとしては、マネだといわれるのは最も嫌なことだし、アプローチを変えたいのはやまやまなのですが、バカなプライドを開発に持ち込むのはナンセンスだと思います。
ただ、これが趣味性の高い車種、例えばスポーツカーとなると話は変わってきます。お客さまは理屈を超えた開発チームやメーカーの心意気みたいなものに一票を投じて買ってくださるのですから、マネ的なことは絶対にダメです。
例えば「86」の場合、開発テーマのひとつに「他のクルマの部品の流用を極力減らす」というものがありました。そのころのトヨタには“部品共通化委員会”があり、「新車を出す際には共通部品を〇%以上使うべし」というものすごく厳しいルールが設けられていたにもかかわらず、です。
部品の共有化は、もちろん効率化(コストダウン)を考えてのことですが、それ以上に信頼性の向上、つまり市場で実績のある“壊れない部品”を使おうというのが重要な目的です。それを乗り越えてのことですから、社内では当然「なぜ86には新しい部品を使わなければならないのか」という説明を、コストアップはどうやって帳尻を合わせるのかという点も含めて求められました。思い返すに、ものすごく嫌な会議でしたね(苦笑)。
その点、当時の私は逆に、「共通の部品を使わなければならないなら、その理由を説明してみせろ」と迫りました。そうしたらみんなびっくりして、「理由といったって……既存の部品があるから使うだけじゃないですか」というわけです。
それでは、ダメなんです。スポーツカーのユーザーは、ほかの部品が使われていると思っただけで、血の気が引いてしまう。それがミニバンの部品だったりすると、「そんなものは買いたくない」と思うものです。
結果的に86では9割以上の部品が新設計されているのですが、なにせ(デザインに直接かかわるものは除いて)7~8割のパーツを流用するのがふつうな時代でしたから、このオリジナリティーに対する考えをチームに浸透させるまでには本当に苦労しました。
そんな次第で、車両開発においてはユーザーニーズを最も優先すべきと考えますが、求められるものは車種によって変わるので、開発もそれに合わせて対応する必要がある、というのが答えです。
→連載記事リスト「あの多田哲哉のクルマQ&A」

多田 哲哉
1957年生まれの自動車エンジニア。大学卒業後、コンピューターシステム開発のベンチャー企業を立ち上げた後、トヨタ自動車に入社(1987年)。ABSやWRカーのシャシー制御システム開発を経て、「bB」「パッソ」「ラクティス」の初代モデルなどを開発した。2011年には製品企画本部ZRチーフエンジニアに就任。富士重工業(現スバル)との共同開発でFRスポーツカー「86」を、BMWとの共同開発で「GRスープラ」を世に送り出した。トヨタ社内で最高ランクの運転資格を持つなど、ドライビングの腕前でも知られる。2021年1月に退職。