アバルト・プント エヴォ(FF/6MT)【試乗記】
ちょいとハードなスポーツカジュアル 2010.11.10 試乗記 アバルト・プント エヴォ(FF/6MT)……289万円
「フィアット・プント エヴォ」のアバルト仕様が登場。1.4リッターマルチエアエンジンを搭載し、足まわりも強化されたホットハッチの走りを試す。
ラリー車好きにはたまらない
フィアットのベース車両が「グランデプント」から「プント エヴォ」に文字どおり進化したのにともない、アバルトの方もリニューアルを遂げた。そしてこれを機に、エンジンも最新の1.4リッターマルチエアユニットにアップデートされたというのが、今回一番のニュースである。
大きく口を開けて、その真ん中に黒いバンパーをドンッとすえた「フィアット・プント エヴォ」の顔つきは、どちらかといえば三の線(オバQっぽい?)に見えて仕方がなかったが、こうして「アバルタイズ」されると、それなりにコワモテになるのだから面白いものだ。
この秋、アバルトの周辺はとてもにぎやかで、このクルマのほか「フィアット500C」ベースの「アバルト500C」が発表され、さらには569万5000円というスーパーなお値段の限定車「アバルト695トリブート フェラーリ」の受注も始まった。先日、フィアット本社のアバルト事業本部からアントニーノ・ラバーテ事業本部長が来日して、アバルト東京で記者会見を行った。本部長によれば、2007年に始まった新生アバルトのプロジェクトは、世界的にみて順調に推移しているという。
なんでも、約3年間の世界累計で2万2000台の公道用車両と、5000個のチューニングキットが売れたそうだ。単純に割り算をすれば、4台に1台がつるしではない、いじったアバルトということになる(もっとも、純正の「エッセエッセ」チューニングキットもつるしといえばつるしだが……)。世界に141カ所のショールームと300カ所のサービス拠点があり、6カ所のレーシング・ワークショップがある。
全体の販売の40%を母国イタリアが占める。アバルトはヨーロッパラリー選手権で2009年のシリーズチャンピオンに輝いており、それが母国における好調なセールスにつながっているのかもしれない。
ヨーロッパラリー選手権といえば、かつて「ランチア・ラリー037」「デルタS4」「デルタ インテグラーレ」なども戦った由緒正しきシリーズだ。ご存じのとおり、ラリー・ランチアの多くは当時のアバルトが開発したものであり、そういう意味でもアバルトのプントは「正しい」道のりを歩んできているマシンと言えそうだ。うーむ、こりゃイタリアのラリー車好きにはたまらんストーリーですな!
緩急自在
従来型の「アバルト・グランデプント」のエンジンは、スペック的には「アルファ・ロメオ ミト」と近いものがある。従来の1.4リッターDOHCターボ時代は、どちらも155ps/5500rpmおよび20.5kgm/5000rpmで、カタログ上はまったく同じ。今回マルチエアユニットに換装されたら「アバルト・プント エヴォ」が163psであるのに対し、「ミト クアドリフォリオ ヴェルデ」(以下、ミトQV)では170psとわずかな差がつけられたが、これもまあ、おおむね同じとみていいだろう。
しかしだ、これもまた従来型からの不思議なのだが、同じ数字を持つ「アバルト・グランデプント」と「ミト」を乗り比べると、決して同じではないのだ。従来型では明らかに「アバルト・グランデプント」の方が速く、加速時に放つオーラというか、迫力にしてもよりスポーティなものがあった。
今回も「ミトQV」に対して7ps控えめであることなどまったく感じさせず、体感的には引き続きこちらの方が速いのでは? と思えるくらい活発に走る。もちろん従来型の「アバルト・グランデプント」と比べても、いちだんと吹け上がりがシャープ、かつ獰猛(どうもう)になっている感触がある。
また、最大トルクがより太く、しかもピークの回転数が大幅に下げられているので、低速時の扱いやすさが高まった。日常使いでは、むしろこちらの方がわかりやすい進化だろう。
走行モードスイッチを「NORMAL」にしておいても、1000rpm台の後半ですらトルクの細さは感じられないし、2500rpmも回すと「わき出る」という表現がぴったりなほどグイグイと前に進む。しかもエンジンスタート&ストップシステムまで付いていて、停止時にエンジンをストンと止める小ワザまで身につけている。新型は「緩急自在」といった感じだ。
アバルトの奥深さ
とまあ、このように「アバルト・プント エヴォ」と「ミトQV」のエンジンは、カタログ数値的には近くても感触ではかなり違うものを持っているワケだが、それ以上にこの2台を違うものにしているのが、足まわりのセッティングである。「アバルト・プント エヴォ」のスプリングは、動き出した瞬間から、レートがかなり高い(硬い)ことがわかる。標準型の「フィアット・プント エヴォ」との比較では約2割硬いそうだ。
また、どちらかといえばロールさせるのがお家芸のアルファに対し、こちらはずっとロール剛性が高く、ステアリングを切った瞬間からノーズがピッとコーナーの内側に向く俊敏さが持ち味である。コーナリングスピードは相当に高いから誰でもそれなりに楽しめる。でも、それでいて荷重移動に対して姿勢変化の自由度が高い、つまり手だれが乗ればそれ相応に速く走れるのがアバルトの奥深さと言おうか。古典的だと言えばそのとおり。でもこういうクルマ、この10年でめっきり減ってしまった。
フレアの強いオーバーフェンダーに赤いアバルトストライプ、それにメカメカしいデザインのホイールはそれなりに目立つらしく、みんなけっこうこのクルマをジロジロと見る。だからこそ、こういうクルマはマジで飛ばしちゃ格好が悪い。それなりに酸いも甘いもかみ分けたオトナなドライバーがさらりと羽織ってこそ、ちょいとハードなスポーツカジュアルは2010年代のイカした見え方になってくるのではないか? そんなふうにフト思った次第だ。
(文=竹下元太郎/写真=荒川正幸)
