ジウジアーロってどんな人? ―「オートモビル カウンシル」にやって来る天才の足跡をたどる―
2025.02.07 デイリーコラム17歳にしてイタリア自動車界の偉人をうならせる
2025年4月11日~13日に、千葉・幕張メッセで開催される「オートモビル カウンシル2025」。そこに降臨するジョルジェット・ジウジアーロ氏は、希代のマエストロと称賛される人物だ。悠久の自動車の歴史においても、おそらくは最高のデザイナーであり、その名声はクルマ好きなら誰もが知るものであろう。しかしながら、来日を機に、ここにあらためて紹介することにしよう。
ジウジアーロ氏は1938年8月7日に、北イタリア・ピエモンテ州クネオ近郊の小村ガレッシオに居を構える芸術家一族に生まれる。曽祖父(そうそふ)のパオロ、祖父のルイジ、父のマリオは画家だったという。当然のごとくジョルジェット少年も幼時から画才を発揮し、14歳になると画家を志してトリノの名門美術高校に進む。しかし、この時代にたまさか描いたという「フィアット500トポリーノ」のイラストが、その設計者であるダンテ・ジアコーサ博士の目にとまる。ジョルジェット少年は1955年に美術学校を中退し、フィアットのデザインセンター、チェントロスティーレの一員となった。当時まだ17歳だった。
そして1959年になると、20世紀を代表する名門カロッツェリアのひとつ、ベルトーネの総帥ヌッチオから熱心にスカウトされ、21歳の若さでベルトーネのチーフスタイリストに転進。ついに自らの主導でデザインワークを手がけられることなったジウジアーロ氏は、第1作となった「ゴードン・キーブルGT」を皮切りに、デザインスケッチを兵役中の兵舎で描き上げたという「アルファ・ロメオ・ジュリアGT」など、あまたの傑作を手がけることとなった。
カロッツェリアの世界に革命を起こす
1965年にはふたたびヘッドハントを受けて、カロッツェリア・ギア社に移籍。ここでは、初代「マセラティ・ギブリ」や「いすゞ117クーペ」などの傑作を残した。しかし、ギアが1967年に、経営権のみならずデザインに至るまでのすべてを支配したいと望んでいたアレハンドロ・デ・トマゾ氏を新社主として迎えたことから、ジウジアーロ氏は1968年2月をもって同社を退職する。
ただ、ギア時代にジウジアーロ氏がデザインを手がけ、1966年のモーターショーでショーデビューさせたいすゞ117クーペについては、いすゞ自動車側が生産化に向けてデザインワークの継続を希望していた。そこでベルトーネ時代に知り合った友人である宮川秀之氏の協力を得て、彼はあらかじめイタルスタイリング社を設立し、ここをいすゞとの業務の窓口とした。このイタルスタイルを前身とし、ジウジアーロ氏のギア退職と同じ1968年2月に誕生したのが、イタルデザインだ。
イタルデザインには、ボディー架装職人としてキャリアを積んだアルド・マントヴァーニ氏や、エンジニアリングの専門家ルチアーノ・ボシオ氏らも加わっており、これが旧態依然としていたカロッツェリアの世界にドラスティックな革命をもたらすことになった。彼らは、既存の自動車メーカーに代わってデザインワークからエンジニアリングまでを行う能力を持ち、依頼主の商品の美的側面や品質まで向上させることができたのだ。
世界のマエストロと日本の蜜月関係
こうして、自らの城のあるじとなったジウジアーロ氏は、持ち前の素晴らしい画力とともに、パッケージングまでデザインに表現するエンジニアリングセンスを発揮。初代「フォルクスワーゲン・ゴルフ」や初代「フィアット・パンダ」「アルファ・ロメオ・アルファスッド」そして「フィアット・ウーノ」などの歴史的傑作を数多く残していく。また革新的な小型車だけでなく、ミドルサルーンでは初代「ランチア・テーマ」、スーパースポーツでは「マセラティ・ボーラ/メラク」「ロータス・エスプリ」「BMW M1」と、幅広いジャンルで名作を輩出した。
これらの功績を受け、1999年には「カー・デザイナー・オブ・ザ・センチュリー」賞を受け、2002年にはアメリカ・ミシガン州ディアボーンの「自動車殿堂(Automotive Hall of Fame)」 に列せられる。また、イタリア国内では最も権威の高いデザイン賞「コンパッソ・ドーロ」を6回も受賞し、1984年には生涯功労賞も授与された。
しかし、私たち日本人が忘れてはならないのは、ジウジアーロ氏の日本メーカーとのかかわりの深さである。ギア時代からプロジェクトが受け継がれた117クーペを除くと、イタルデザインによる日本メーカーとの協業第1作となったのが、1969年に市販された小さな軽商用バン「スズキ・キャリイ(L40)」である。その後も、スズキには「フロンテ クーペ」の原案を提案するいっぽうで、もちろんいすゞとの関係も大切に守り、初代「ピアッツァ」や2代目「ジェミニ」などを世に送り出していった。さらには、「スバル・アルシオーネSVX」なども彼らの手になるものだ。イタルデザイン-ジウジアーロの関与を公表していないモデルまで加えれば、その作品リストは、膨大な数にのぼることになるだろう。
その傍らで、1981年には自動車分野以外の製品をデザインするジウジアーロ・デザイン社を設立。ニコンの一連のカメラやセイコーの腕時計、ブリヂストンの自転車にオカムラのデスクチェア、果ては日本酒の猪口(ちょこ)や徳利(とっくり)までデザインを手がけることもあったという。つまりジウジアーロ氏と日本は、切っても切れない好ましい関係を築き上げてきたのだ。
今なお衰えないカーデザインへの意欲
イタルデザイン社は2010年にフォルクスワーゲン・グループの傘下に収まり、新たな局面を迎える。2015年7月には、ジウジアーロ家はイタルデザインの株式をすべて売却。同年末に、息子のファブリツィオ氏とともに自動車設計分野のプロジェクト開発に特化した新会社、GFGスタイル社を設立し、86歳となった現在でも意欲的な作品を輩出し続けている。
ジョルジェット・ジウジアーロ氏の素晴らしさは、並みいる歴史上の自動車デザイナーでも随一と称される圧倒的な画力のみならず、そのデザインに生産性やエンジニアリングまで盛り込むことのできるセンスにも見いだすことができる。
また、あくまで筆者の個人的な思いとともに称賛したいのは、その人柄である。2005年の東京モーターショーにて、彼の自動車デザイン歴50周年を記念したコンセプトカー「フェラーリGG50」が世界初公開された際、プレゼンテーションを終えたジョルジェット氏とたまたま雑談する機会を得たのだが、筆者の片言のイタリア語やオタク的な好奇心に困惑のそぶりを見せることもなく、満面の笑みを浮かべながら懇切丁寧に応じてくれたのだ。
読者諸氏におかれては、本年4月の「オートモビル・カウンシル2025」会場では、ぜひとも伝説のマエストロ・ジウジアーロの肉声に触れていただきたいところである。
(文=武田公実/写真=BMW、GFGスタイル、いすゞ自動車、オートモビル カウンシル、スズキ、ステランティス、スバル、フォルクスワーゲン、webCG/編集=堀田剛資)

武田 公実
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