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高齢者だって運転を続けたい! ボルボが語る「ヘルシーなモービルライフ」のすゝめ

2025.12.12 デイリーコラム 堀田 剛資
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免許を取り上げればいいって話ではない

2025年11月の某日、記者はボルボ・カー・ジャパンによるメディアセミナーに参加する機会を得た。お題は「シニアドライバーの安全運転に関して」。講師は、ボルボの安全分野におけるシニア・アドバイザーのトーマス・ブロバーグ氏だ。

氏の名前は、交通安全の研究をしている御仁でもなければ知らないかもしれないが(恐縮だが、記者も存じ上げなかった)、1995年のボルボ入社以来、同社で安全技術の研究・開発・導入に取り組んできた人物である。携わったプロジェクトはシートベルトなどの乗員拘束システムに始まり、衝突安全、自動緊急ブレーキ、先進運転支援システム(ADAS)と多岐にわたり、ヘンリー・フォード技術賞(2008年)や米国運輸省 国際自動車安全技術会議 特別功労賞(2011年)などの受賞歴を持つ、その道の第一人者である。そんな人の話を聞ける機会はまたとなく、記者は勇んで東京・青山のVolvo Studio Tokyoへと赴いた。

しかし……シニアドライバー問題である。高齢者の運転による交通事故が、日本でも深刻な問題となりつつあるのに異論をはさむ人はいないだろう。シニアドライバーの数は増え続けるいっぽうで、免許保有者あたりの死亡事故発生件数は5.2件/10万人と、75歳未満の約2倍。死亡事故の件数そのものも2020年より微増が続き、2024年には410件となっている(警察庁 交通事故分析資料より)。

こうした状況もあって、日本では「高齢者から免許を取り上げてしまえ!」という論調が強まっているが、統計を見るとそんな単純な話ではない。わが国の免許保有者に占めるシニア層(75歳以上)の割合は、全体の17.0%。男性においては19.2%に達する。男性の免許保有者の2割から強制的にそれを取り上げるというのは、いかにもむちゃな話だ。

またセミナーでブロバーグ氏も触れていたが、免許の取り上げ=移動の自由や私的な移動手段を奪うことは、当事者の社会性や活動力を著しく減退させる。「お父さん、免許を返納したら急に老け込んじゃって……」という話は、皆さんも耳にするところだろう。ブロバーグ氏が言うところの「ヘルシーなモービルライフ」を末永く送り続けるためには、どうすればよいか? それが今回のセミナーのテーマである。

ボルボ・カーズ・セーフティーセンターおよびボルボ・カー・コーポレーションにてシニア・アドバイザー(セーフティー担当)を務めるトーマス・ブロバーグ氏。
ボルボ・カーズ・セーフティーセンターおよびボルボ・カー・コーポレーションにてシニア・アドバイザー(セーフティー担当)を務めるトーマス・ブロバーグ氏。拡大
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シニアドライバーにみる運転の傾向

この課題については(というか交通安全全般に関していえることだが)、解決へ向けたアプローチは2つある。ひとつが当事者、すなわちシニアドライバー当人へ向けた働きかけ。もうひとつが、クルマを含めた外部要因に関する取り組みである。

前者についてだが、ブロバーグ氏はシニアドライバーが自身の変化……視覚や筋力の低下、認知・判断の遅れなどを認識できていないことを指摘する。

氏は2012年、35~55歳のドライバーと75歳以上のドライバーを対象に、交差点での視覚に関する調査を実施。高齢者は左右確認をする際に首を動かす頻度が少なく、またその角度も小さい傾向にあり、総じて視野が狭くなっていたという。また注意を向ける対象についても、若いドライバーが動く物体により意識を向けるのに対し、シニアドライバーは静止した物体に気をとられる傾向にあることがわかった。

さらに2014年には、シニアドライバーを対象とする路上での運転評価テスト、およびインタビューに基づく自己評価の調査を実施。路上テストでは、直線道路であっても適切な速度調節に苦労する傾向があること、交差点では注意力の低下によってミスを起こす傾向があることなどが判明した。対して当事者の自己評価を見ると、自身の運転技能を過小評価する人がいるいっぽうで、「何年も運転していて、安全運転を心がけており、これまで一度も事故を起こしたことはない」「邪魔になりたくない。交通の妨げになりたくない」と回答する人がいたとのことだ。

シニアドライバーの運転の傾向に関して、かつての自身の調査内容を解説するブロバーグ氏。
シニアドライバーの運転の傾向に関して、かつての自身の調査内容を解説するブロバーグ氏。拡大

シニアドライバーへ向けた10のアドバイス

これらの調査を踏まえ、ブロバーグ氏はシニアドライバーには以下のような傾向があると結論づけている。(1)自身が観察・判断・操作する時間を確保できないほどの速度を出してしまう。(2)交差点での視覚的注意が不足している。(3)道路状況に合わせた運転ができていないことを認識していない。(4)交通の流れを「妨げている」と思われたくない。(5)自分の運転技能を過大評価している人は、車載のアシスト技術を受け入れにくい。

そして上述の調査結果も合わせ、ブロバーグ氏はシニアドライバーへ向けて10の提言をまとめた。

【速度を控えめに】
特に市街地ではスピードを落とし、観察・判断・操作の時間に余裕を持つようにする。
【焦らず、意図をはっきり伝える】
せかされても無理をしない。ウインカー、車両位置、速度で自分の意図を明確に示す。
【周囲への注意を高める】
加齢で周辺視野や反応が低下することがある。交差点や横断歩道などでは特に集中を。
【運転の練習を続ける】
不安があればためらわず、インストラクターの運転レッスンを受ける。
【パートナーと運転を交代する】
カップルや夫婦の間で適宜運転を交代し、2人とも運転ができるようにしておく。
【交通量の少ない時間帯・昼間に走る】
可能であれば渋滞を避け、見通しのよい日中に運転するようにする。
【事前にルートを計画】
出発前に行き先と経路を確認。最新のナビゲーションシステムの活用も有効。
【安全性能の高いクルマを選ぶ】
衝突安全性が高く、ADASを装備し、明るい良質なヘッドライトを備えた車両を選ぶ。
【正しい着座姿勢とシートベルトの使用】
シート位置を調整して楽に操作できる姿勢をとり、ベルトのたるみを除いて体にしっかりフィットさせる。
【駐車操作はサポート機能を活用】
360°(bird eye view)カメラやバックカメラを使い、周囲の安全を確認する。

本稿を読まれている御仁のなかに、シニアドライバーの方がいたら、あるいは高齢者でなくとも「自分の運転はどうだろう?」と思っている方がいたら、ぜひご留意いただきたい。

ブロバーグ氏の語る10のアドバイスは、いずれも基本的なものだが……常日ごろから守れているかというと、少し自分も不安になる。年齢を問わず、ぜひ読者諸氏も心にとめておいてほしい。
ブロバーグ氏の語る10のアドバイスは、いずれも基本的なものだが……常日ごろから守れているかというと、少し自分も不安になる。年齢を問わず、ぜひ読者諸氏も心にとめておいてほしい。拡大

クルマ単体での予防安全には限界がある

さて、ここまではシニアドライバーの当人へ向けたお話。ここからはクルマやインフラなど、運転者を取り巻く“その他もろもろ”に関するお話である。

高齢者による重大な事故というと、日本では幹線道路での逆走やシフトセレクターの選択ミス(前進/後退)、アクセル/ブレーキペダルの踏み間違いなど、具体的な事故原因が注目され、個別の予防安全装置でもってそれに対応するという、技術的なアプローチが話題に上がりがちだ。いっぽうでブロバーグ氏は、ADASの有用性は認めつつも、インフラも合わせた包括的な取り組みを重視すべきとしている。逆走を防止するシステムを搭載するのではなく(それはそれで大事だが)、逆走しにくい道をつくろう、ということだ。

実際、スウェーデンでは産官学が連携し、1990年代からインフラの改善で交通事故を減らす取り組みを進めてきた。危険な道路を減らし、道路上から危ないものをなくすことで、ドライバーがミスを犯しても重大な事故につながらないようにするのだ。対面交通の道路にワイヤロープ式防護柵を導入したり、郊外の交差点をロータリーに変更したり……。話としてはいささか地味だが、根本にして非常に有効な施策である。

もちろん、インフラの改善だけでは十分ではない。例えば交差点のロータリー化では、重大な事故は減ったものの、後側方や前方の不注意による、軽微な接触事故は増加したという。そこで登場するのがクルマ側の安全装備で、「だったらそこは『シティセーフティ』でなんとかしましょう」といってドライバーをアシスト。クルマとインフラの連携により、事故の予防および事故被害の軽減を実現したのだ。

また、ここでいうインフラというコトバには、コネクテッドの分野も含まれている。ボルボでは2016年より、車載の通信機器とデータサーバーによりクラウドネットワークを構築。2019年より「この先で渋滞アリ/路面凍結アリ。減速セヨ」等の交通情報を共有するシステムを欧州全域に展開し、事故の削減に取り組んでいるのだ。

また彼らは、1970年代から独自にボルボ車の関わる事故の調査を行い、安全技術の開発に活用してきた。もし、上述のネットワークがより高度化すれば、調査員を派遣せずとも事故車およびその周辺車両が通信で状況を送信。コンピューティングが進んだ研究開発とも相まって、より多くのデータをもとに、より素早く、より有用な予防安全システムを逐次開発し、やはり通信を介して各車のADASをアップデートできるようになるかもしれない。

実際、本国のボルボでは通信による予防安全装備のアップデートまで実現しているそうで、またこうした循環型のシステム開発については、完成車メーカーのみならず、一部メガサプライヤーも類似のものを提唱している。今後、さらなる実装や普及に期待がかかるところだ。

1970年代より独自に事故調査を実施し、そのデータを安全技術の開発に活用してきたボルボ。彼らのデータベースには、8万人の人が関わった5万件もの事故データが蓄積されているという。
1970年代より独自に事故調査を実施し、そのデータを安全技術の開発に活用してきたボルボ。彼らのデータベースには、8万人の人が関わった5万件もの事故データが蓄積されているという。拡大

対症療法的に機能を追加していくよりも……

以上が、ブロバーグ氏によるセミナーのあらましである。読者諸氏のなかには、ちょっと肩透かしを食った人もいるかもしれない。特に、“高齢者特効”な予防安全システムのアイデアなどを期待していた人はそうだろう。なにせ日本では、すでに池袋の痛ましい事件などを受けて、メーカーが「急アクセル時加速抑制」などを実用化しているのだ。

この点についてはボルボはというと、「最終的な局面では、車速制御で対処する必要がある」ことは認めつつも、対症療法的な機能の開発・追加については、肯定はするが優先順位は高くない印象だった。ひとつ目の理由はやはり、誤作動の可能性がぬぐえないから(参照)。もうひとつが、マクロな視点で見るとより効率的な施策があると考えているからだ。

上述の急アクセル時加速抑制を例にとると、確かにこれは、ペダルの踏み間違いによる事故の予防、被害軽減には有効かもしれない。しかし、では全死亡事故に占めるペダル踏み間違い事故の割合はというと、65歳未満ではわずかに0.4%、最も割合が多いとされる80~84歳でも8.2%で、実は前方不注意やハンドルの操作ミスによる事故のほうが、はるかに多いのだ(内閣府 令和6年版交通安全白書 交通死亡事故の人的要因比率 平成25年~令和5年の場合より)。

そもそも、いかにシニア層による交通事故が問題となっているとはいえ、事故の全数から見れば、それはあくまで一部にすぎない。彼らの傾向に特化した機能・装備が、どれほどの事故死者数の減少につながるか? それを思うと、要因のいかんにかかわらず交通安全の底上げにつながるような、インフラの最適化やコネクテッド技術の革新、ドライバーの啓発に注力するというボルボの姿勢は、理にかなったものに思われた。

確かに、日本にしろその他の国のクルマにしろ、昨今のモデルはADASの革新により、短期間で劇的に安心・安全なクルマに進化した。いっぽうで、満艦飾な装備によってお値段は爆上がり。日本では、軽であってもおいそれと手が出せない価格となりつつある。それでもなお、安全に関する要望は高まり、規制は厳しくなる一方なわけで……。ここはひとつ、クルマが負っている肩荷の一部を、インフラや人にゆだねるのもありではないだろうか? いや、「人にゆだねる」という言い方は語弊がありますね。クルマよりもインフラよりも、ドライバーこそが安全な交通社会の担い手、当事者なわけですから。読者諸氏の皆さんも、今日も安全運転でいきましょう

(文=webCG堀田剛資<webCG”Happy”Hotta>/写真=webCG、ボルボ・カー・ジャパン/編集=堀田剛資)

セミナーの後、一部報道関係者の個別取材に応じるブロバーグ氏。個人的には、ジャパンモビリティショーの一部コンセプトカーに見られたような小型モビリティーや、オーナーの加齢に合わせ、ソフトウエアアップデートによってクルマを進化させるようなシステムの可能性についてもうかがいたかったが、時間切れとなってしまった。
セミナーの後、一部報道関係者の個別取材に応じるブロバーグ氏。個人的には、ジャパンモビリティショーの一部コンセプトカーに見られたような小型モビリティーや、オーナーの加齢に合わせ、ソフトウエアアップデートによってクルマを進化させるようなシステムの可能性についてもうかがいたかったが、時間切れとなってしまった。拡大
堀田 剛資

堀田 剛資

猫とバイクと文庫本、そして東京多摩地区をこよなく愛するwebCG編集者。好きな言葉は反骨、嫌いな言葉は権威主義。今日もダッジとトライアンフで、奥多摩かいわいをお散歩する。

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