第955回:イタリアでは事情が違う? ニュースにおける高級外車の“実名報道”を考える
2026.04.02 マッキナ あらモーダ!話題となってしまった、あのクルマ
日本では2026年3月23日、東京・八王子でベントレーが追突して多重事故を起こしたニュースが広く伝えられた。同年2月に、同じく東京・中央区でランボルギーニが起こした事故も、読者諸氏の記憶には新しいだろう。今回はこうした事故報道における、車名/ブランド名の扱いについて考察したい。なお論旨を明確にするため、当事者や詳しい事故状況に関しては触れないこととする。
筆者が本件について注目したのは、“ベントレー追突”の翌日である3月24日に『FNNプライムオンライン』が報じた名古屋市内の事故である。自動車2台が絡むもので、映像では2代目スマートが確認できる。にもかかわらず、ナレーションは「白いクルマ」と報じただけで、車名については触れていない。
同メディアは3月26日、幸手市で起きた車両火災も報道している。映像を見ると炎上したのは「フォルクスワーゲン(VW)T3」をベースとしたキャンパー仕様である。さらに詳述すれば、前部の形状からして、空冷ではなく水冷仕様のほうだ。炎が上がっている位置からして後部に搭載されたエンジンから出火したであろうことがわかる。ただしこちらも「ワゴン車」としてのみアナウンスされた。
いずれも輸入車でありながら、ブランド名が報道されるベントレーやランボルギーニと、報じられないスマートやフォルクスワーゲン。違いは言うまでもなく、よりニュースのヘッドラインを衆目に引くものにできるか否かである。
スマートの名称はテレビの一般視聴者に浸透したとはいえないし、VWにワンボックスカーが存在することなど知らない人が大半である。したがって、事件を迅速に、正確に、短く、という報道の原点に立てば、余計な情報となって省略されるのは当たり前である。
それ以前に、記者の知識にスマートやワンボックスタイプのVWがなかったことや、いずれも日本車に見えてしまったことも考えうる。
しかしながら、自動車そのものを基準として見た場合、冒頭に記したベントレーの報じられ方は、異なった見方ができる。
高級外車と大手記者
事故を起こしたベントレーは、ニュース映像を確認するかぎり、初代「コンチネンタル フライングスパー」である。同車のモデルイヤーは2013年が最終年であるから、最も若くても13年落ちだ。超高級車の多くにいえることだが、年がたつにつれ新車時と比較して格段に取引価格が安くなる。日本の中古車検索サイトで確認すると、本稿執筆時点で2011年式が500万円台だ。「トヨタ・クラウン クロスオーバー」の新車が515万円から始まるのとあまり変わらない。にもかかわらず、仮にクラウンが事故を起こしても、同様の取り上げ方はされないであろう。
輸入車が絡む事故を詳細な車名/ブランド名入りで報じる以前、1970年代から1980年代の新聞をはじめとする報道機関には、独自の言い回しがあった。それは「高級外車」もしくは「高級外車を乗り回し」という表現である。
日本車の世界では、1981年に初代「トヨタ・ソアラ2800GT」(4段AT)が275万円、1988年に「日産セドリック/グロリア シーマ」が300万円台後半から400万円台で発売された。そうした価格は普及型輸入車の多くとほぼ同等、もしくはより高額であった。にもかかわらず、メディアでは「高級外車」の表現が消えることはなかった。「メルセデス・ベンツ190シリーズ(W201)」や「BMW 3シリーズ(E30)」といったモデルでさえ、同様のレッテルが貼られていたのを記憶している。
背景には、当時における報道記者の生い立ちがあると考える。筆者のように自動車などにうつつを抜かすことなく、少年時代から熾烈(しれつ)な受験戦争・入社試験を勝ち抜いて一流新聞社や放送局に就職した記者が、「輸入車=高級車」という思考しか持ち合わせていなかったに違いない。
彼らが輸入車をスケープゴートにしたのは、前述のヘッドライン性とともに、所有者への嫉妬があったのは明らかだろう。
ところが面白いことに、1990年代後半、フリーランスとなった筆者が仕事で知り合った大手新聞社・放送局の人々には、輸入車ファンがたびたびいた。彼らは自家用車としてメルセデス・ベンツを愛用していたり、趣味のクルマとしてアバルトを所有していたりした。そして筆者が自動車に関する著述をしていることを知ると、喜々として愛車の話を披露した。「高級外車」の表現が弱まったのには、大手メディアのなかに、こうしたクルマ好きが徐々に増えていったことが背景にあるのは明らかだ。
ただし、そうした一流企業で働く人々にとっても、超がつく高級車を購入できる社員は限られている。したがって、いまだ嫉妬の対象として見出しに盛り込んでしまうこともあるのだろう。
ところで筆者が住むイタリアで、ニュース報道における車名/ブランド名の扱いはどうなっているのだろうか? というのが次の話である。
イタリアの場合はどうか?
イタリアでは長年、高額であるか否かにかかわらず、車名もあわせて報道されることが一般的だ。簡単に言うと、フィアットの「パンダ」や「プント」、ルノーの「クリオ」といった普及車種でも、ブランド名およびモデル名が報じられることが少なくない。
例外は公共放送RAIで、リコールといった車両本体の瑕疵(かし)や著名人に関連した事件(1997年のダイアナ妃事故速報におけるメルセデス・ベンツ)を除き、メーカー名は原則報じない。背景には倫理規定でステルスマーケティングを禁止していることがある。実際に、イタリアを代表する歌謡祭「サンレモ音楽祭」の中継において過去にステルスマーケティングが頻発し、問題になっていることからも、同局が神経質になっていることは容易に想像できる。たとえ事故というネガティブな報道でも、メーカー名の露出はご法度なのである。参考までに、彼らは高価な車両に対して「auto di lusso(アウト・ディ・ルッソ=高級車)」「auto di grossa cilindrata(アウト・ディ・グロッサチリンドラータ=大排気量車)」といった表現を用いている。
いっぽうで、民間メディアはどう報道しているか。その最新事例を紹介しよう。2026年3月23日に、ナポリで自動車運転者が歩行者2名をはねる事故が発生した。いずれもイタリアの主要メディアである、ANSA通信および新聞『ラ・レッププリカ』『コリエッレ・デッラ・セーラ』の電子版は、運転者が乗っていたのはレンタカーのメルセデス・ベンツであったことを記事内で触れている。ルッカ県で同年2月15日に無免許の若者が起こした事故でも、運転していたのが初代「フォード・フォーカス」であったことをメディアは報じている。
興味深いのはトリノの『ラ・スタンパ』だ。同紙は遠く1926年に実質的にフィアット傘下となり、今日でも同社の創業家であるアニェッリ-エルカン家の持ち株会社エグゾールが間接的に所有している(注:2026年3月に別のメディアグループに売却することを決定)。にもかかわらず、フィアットやアルファ・ロメオが絡んだ交通事故では車名を記す。たとえば2026年3月24日、トリノで電動キックスクーターを運転中の少年と自動車が接触した事故でも、自動車がステランティス系の「ジープ・レネゲード」であったことを明確に記している。
エグゾールにとって、同じく虎の子であるフェラーリに関しても同様だ。2025年12月、ビデオゲームデザイナーのヴィンス・ザンペッラ氏が運転中に事故を起こしたニュースも、ラ・スタンパは車両が「フェラーリ296GTS」であったことを伝えている。要するに、最も自動車企業に近いメディアも忖度(そんたく)しないのである。
車名公表の背景には、筆者を含め、欧州で活動するジャーナリストが指針のひとつとしている欧州連合(EU)発行の「報道機関のためのプライバシー保護指針」がある。国民の知る権利を尊重しつつ、個人の住所を特定できる記述や、判決前の被告の報道方法などを、事例を交えて示している。しかしそこでは、自動車のブランドについては指摘されていない。あくまでも個人を特定できるかどうかが基準なのである。
響きがご立派?
冒頭の話に戻れば、日本でランボルギーニの名前が広く一般に認知されたのは、1970年代中盤とバブル期における、スーパーカーブームの影響といえよう。フェラーリに関していえばF1人気も後押しした。
それよりも気になったのはベントレーだ。かつてコーンズが輸入代理店を務めていた時代、ロールス・ロイスと比べて格段に知名度の低かったベントレーが、いつから説明もなくヘッドラインとして通用するようになったのか? そう思って調べてみると、筆者があまり知らないだけで、今日の日本では多数の芸能人や有名人がベントレーに乗っていることが判明した。これなら一般誌でも露出の機会が増えるはずだ。同時に、ベントレー(Bentley)という発音が日本人の耳にとって威厳ある響きであったことは間違いない。同じ超高級モデルでも、マイバッハより明らかに有利だ。
それよりも、ベントレーに関して想像すると興味深いことがある。仮にVWグループ傘下となる以前、旧ロールス・ロイス(R-R)の姉妹車だった時代のモデルが何らかの事件映像に映っていたら? R-Rと勘違いする日本メディアが続発するに違いない。
(文=大矢アキオ ロレンツォ<Akio Lorenzo OYA>/写真=大矢麻里<Mari OYA>、Akio Lorenzo OYA、日産自動車、BMW、ベントレー/編集=堀田剛資)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、25年間にわたってリポーターを務めあげる。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
-
第961回:海賊エンツォ・フェラーリ 敵に取り囲まれる 2026.5.14 F1における、フェラーリとイギリスのコンストラクターの戦いにフォーカス。「トリノ自動車博物館」でスタートした企画展「ドレイクの敵たち—エンツォ・フェラーリと英国のチーム」を、イタリア在住のコラムニスト、大矢アキオがリポートする。
-
第960回:レクサスは欧州人のマナーを変えた? 「ミラノ・デザインウイーク2026」の自動車ブランド出展から 2026.5.7 イタリア・ミラノで世界的なデザインの祭典「デザインウイーク」が開催された。アウディ、レクサス、ルノー、イタルデザイン……と、自動車関連の出展も数多く見られた会場の様子を、伊在住の大矢アキオがリポート。今回はどんな展示が注目を集めていたのか?
-
第959回:「うすらデカいフィアット」がもたらしてくれたもの 2026.4.30 11年にわたりモデルライフを重ねてきた、フィアットのCセグメント車「ティーポ」が、ついに生産終了に……。知る人ぞ知る一台の終売の報を受け、イタリア在住の大矢アキオが、“ちょっと大きなフィアット”の歴史を振り返り、かつての愛車の思い出を語る。
-
第958回:欧州BEVのゲームチェンジャー? 「ルノー・トゥインゴE-Tech」と初対面 2026.4.23 いよいよ欧州で販売が開始された、新型「ルノー・トゥインゴ」。初代を思わせるデザインをまとい、電気自動車のみのラインナップとなって現れた4代目は、マーケットの勢力図を変える一台となり得るのか? 欧州在住の大矢アキオが、実車に触れての心象を語る。
-
第957回:伝説のベルトーネが復活 新経営陣が目指すブランドの未来 2026.4.16 イタリアを代表するカロッツェリア&デザイン開発会社だったベルトーネ。新たな資本のもとで再起を図る彼らが見据えたビジネスと、新生ベルトーネのクルマの特色とは? 温故知新で未来に臨む名門の取り組みを、イタリア在住の大矢アキオがリポートする。
-
NEW
ホンダCR-V e:HEV RS(FF)【試乗記】
2026.5.16試乗記「ホンダCR-V」のエントリーモデルとして位置づけられる「e:HEV RS」のFWD車に試乗。ライバルとして北米市場で激しい販売競争を繰り広げる「トヨタRAV4」との比較を交えながら、世界規模でホンダの屋台骨を支えるグローバルベストセラーSUVの実力に迫る。 -
第870回:熱きホンダをとことん楽しむ これが「Honda All Type R World Meeting 2026」だ!
2026.5.15エディターから一言「シビック タイプR」をはじめ、“タイプR”の車名を持つホンダの高性能車ばかりが集う、激アツのイベントが開催された。気になるその内容は? 会場となったモビリティリゾートもてぎの様子を詳しくリポートする。 -
新しくなった「GRドライビングエクスペリエンス」を体験取材! GAZOO Racingのレーサーに運転を学ぶ
2026.5.15デイリーコラムトヨタのGAZOO Racingが主催するドライビングセミナー「GRドライビングエクスペリエンス」が大幅リニューアル! これまでとは何が変わり、どんなことが新しく体験できるようになったのか? webCG編集部員が、現役のレーシングドライバーから運転を学んできた。 -
ドゥカティ・ハイパーモタードV2 SP(6MT)【海外試乗記】
2026.5.15試乗記刺激的な走りを追求した「ドゥカティ・ハイパーモタード」の2気筒モデルがフルモデルチェンジ。まったく新しい「ハイパーモタードV2」が登場した。エンジンもフレームも刷新されたニューモデルでドゥカティが追求した走る喜びとは? 伊モデナから報告する。 -
第289回:最強の格闘家は破壊されるクルマに自分を重ねた 『スマッシング・マシーン』
2026.5.14読んでますカー、観てますカードウェイン・ジョンソンが映画化を熱望した伝説の格闘家マーク・ケアーの栄光と没落の人生を描く。東京ドームで行われた総合格闘技イベント、PRIDEグランプリ2000を完全再現! -
第961回:海賊エンツォ・フェラーリ 敵に取り囲まれる
2026.5.14マッキナ あらモーダ!F1における、フェラーリとイギリスのコンストラクターの戦いにフォーカス。「トリノ自動車博物館」でスタートした企画展「ドレイクの敵たち—エンツォ・フェラーリと英国のチーム」を、イタリア在住のコラムニスト、大矢アキオがリポートする。










