クルマの開発で「コストをかけるところ」と「割り切るところ」はどのように決まるのか?

2026.04.28 あの多田哲哉のクルマQ&A 多田 哲哉
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車両開発においては「限られた予算のなかで、顧客満足度を最大化する製品を出す」のが至上テーマだと聞きました。では、その予算配分、つまりコストをかけるところとかけないところはどのようなプロセスで決まるのですか? 開発チームは大人数で、その判断と指示は困難を極めるのではないかと想像しますが……。

まさにこれが、そのクルマが“売れるクルマ”になるかどうかの生命線といえます。チーフエンジニアの仕事の9割はこれだと言っても過言ではありません。

ただし、予算配分やその流れにおいて「こうすればヒットする商品がつくれる」という決まった定石や王道は存在しません。もしあれば、どのメーカーもヒットを連発しているはずですから(笑)。各メーカーが日々、コストの合理的な振り分けをいかにして決めるかに苦心している、というのが実情です。

トヨタの例でいうと、最終的な決定権はチーフエンジニアにありますが、一人の独断で決められるわけではありません。社内には「三権分立」のような仕組みがあり、互いにけん制し合うことで成立しています。

そのうえで特に影響力が大きいのは、営業・販売部門の意見です。彼らは顧客の声を一番近くで聞いているため、「次はここにお金をかけて商品(クルマ)を良くしてくれ」といった要望が非常に重く響きます。

しかし、営業の言うことばかり聞いていると、目先のニーズにとらわれて将来を見据えた技術の投入ができなくなり、エッジの効いていない“普通のクルマ”になってしまう恐れがある。そのため、私たち開発側は「営業は近視眼的だ」などと、仲間内で言い合うこともあります。

それでも営業の意見を聞かなければならない理由は、彼らには「販売価格」と「販売見込み台数」を決める権利があるからです。もしチーフエンジニアが営業の反対を押し切って勝手なことをすれば、販売価格を高く設定されたり、販売台数の見込みを減らされたりするでしょう。

販売台数の見込みが減ると、どうなるか? 一台あたりの部品の仕入れ単価が上がり、製造原価が高くなります。結果として、自分が使いたかった新技術に回せる予算が減ってしまうという、身もふたもない状況に陥るのです。

営業の意見を適度に聞きつつ、自分のやりたいエッジの効いたクルマを実現するための予算をいかに確保するか、その裁量の加減が非常に難しい。それゆえ、社内を納得させるためのプレゼンテーションや説得も、チーフエンジニアの重要な仕事になってきます。

製品開発が本格化する前には、役員会などで、「どこにお金をかけ、どこを割り切るか」を説明する機会がありますが、そこで「その判断は極端すぎるのではないか?」といった注文が入って修正を強いられることも多々あります。

以前のトヨタは、サスペンションをはじめ、走りの質を向上させる点にお金をかけようとすると営業から反対され、「そんなところに1000円使うなら、内装をもっと豪華にしてください」などと言われる傾向が強かったですね。「クラウン」や「カローラ」も、ライバル車よりも内装を豪華にすることで売れてきた、という経緯があります。

しかし近年、とりわけ現会長の豊田章男さんが社長になってからは大きく変わりました。それで最近のトヨタ車は「走りは良くなったが内装が安っぽい」と言われることがしばしばあります。4兄弟になった最新世代のクラウンに対しても、販売現場から「これでクラウンか……」という声が出るほどです。メディアやジャーナリストは「走りが良くなった」と評価しますが、販売現場は危機感を抱いている面もあるのです。

結局のところ、予算という枠があるからこそ、この自動車開発の仕事は面白いのです。予算が無限にあったなら“お値段以上の感動”をつくり出すことはできません。限られたなかでいかに知恵を絞り、どこに魂を込めるか。その攻防こそがクルマづくりの醍醐味(だいごみ)だといえます。

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多田 哲哉

多田 哲哉

1957年生まれの自動車エンジニア。大学卒業後、コンピューターシステム開発のベンチャー企業を立ち上げた後、トヨタ自動車に入社(1987年)。ABSやWRカーのシャシー制御システム開発を経て、「bB」「パッソ」「ラクティス」の初代モデルなどを開発した。2011年には製品企画本部ZRチーフエンジニアに就任。富士重工業(現スバル)との共同開発でFRスポーツカー「86」を、BMWとの共同開発で「GRスープラ」を世に送り出した。トヨタ社内で最高ランクの運転資格を持つなど、ドライビングの腕前でも知られる。2021年1月に退職。