どうしてピアノブラックの内装材は多用されるのか?
2026.06.02 あの多田哲哉のクルマQ&A私は「ピアノブラック」の内装材が苦手です。需要が多いのだろうとは思うものの、「脂汚れやほこりが目立って嫌だ」「ヘアラインの傷がついたら取れない」などと周りでもあまりいい声を聞かないので、なぜ製品に多用されるのか疑問です。つくりやすさやコストの都合など、理由があるのでしょうか?
まず大前提として、「色」というのは個人の好みが大いに分かれるもので、流行も毎年変わっていきます。そのため、「どの色が一番良いか」を選ぶのは、開発において非常に難しい事柄なんです。
それでも皆さん、色にはこだわりがありますし、最近では「いいと思える色がないからこのクルマは選ばない」というケースが増えているため、開発サイドにとっても非常に注目されるジャンルではあります。国際的に色を研究している機関もあり、毎年「今年の流行色」といったリポートが発表され、自動車メーカーだけでなく飲料やアパレルのメーカーも、結構な高額でその情報を得ては参考にして商品開発を行っています。
そうした背景もあり、最近のクルマは外板色(ボディーカラー)の選択肢が非常に増えました。一方で、内装色に関しては、多くても2種類程度しか選べないクルマが大半です。外板のように何色も用意することはできません。内装はシートをはじめ多くのパーツで構成されているため、色違いを何パターンも抱えると在庫管理や工場の塗装工程が非常に複雑になってしまうからです。そのため、メーカーとしては内装色の数はできるだけ抑えたいという本音があります。
内装色を1、2色に絞るとなると、何色にするかが大きな問題になります。そこで出てくるのが「ピアノブラック」。これはまさに、「無難を絵に描いたような色」なんです。
ものすごく好きという人もいなければ、ものすごく嫌いという人もいない。ユーザーが嫌がる理由である「汚れやすさ」「指紋が目立つこと」に関しても、実はコーティング材や表面処理技術の進化によって日々改良されています。世の中に出始めたころに比べれば、今のピアノブラックははるかに掃除もしやすく、傷もつきにくくなっています。
それに、「ピアノブラックが嫌だ」という人に「じゃあ何色がいいですか?」と聞いても、明確な答えはすぐには出てこないことが多いんです。「青がいいのか、赤がいいのか、あるいはアルミのむき出しがいいのか?」と聞いても、皆さん実は、これといった答えを持っていません。内装色というのは、ユーザー自身が明確な方向性を決めづらいものでもあるのです。
実際、私自身、部下がクルマのデザインを決めて内装の案を持ってきたときに「おい、またピアノブラックかよ」と文句を言ったことがあります(笑)。そのとき部下に「じゃあ何色がいいんですか?」と聞き返されて、私も「うーん……」と言葉に詰まってしまったのです。まさに、そういうことだと思います。
ピアノブラックは、総じていえば、色の好みが分かれにくく、長く使っても大きな不満が出にくい、非常にバランスのとれた色なんです。積極的な採用理由がある、というより、商品開発において「一番無難で間違いない選択肢」として成り立っている。実用上も、車内に明るい色を使うとガラスに反射してドライバーの運転の妨げになることがありますが、黒系であればその心配はさほどありません。安全上の配慮という面でもプラスになりますし、あらゆる意味でバランスがよく、商業的にも非常にまっとうな理由で選ばれている素材といえます。

多田 哲哉
1957年生まれの自動車エンジニア。大学卒業後、コンピューターシステム開発のベンチャー企業を立ち上げた後、トヨタ自動車に入社(1987年)。ABSやWRカーのシャシー制御システム開発を経て、「bB」「パッソ」「ラクティス」の初代モデルなどを開発した。2011年には製品企画本部ZRチーフエンジニアに就任。富士重工業(現スバル)との共同開発でFRスポーツカー「86」を、BMWとの共同開発で「GRスープラ」を世に送り出した。トヨタ社内で最高ランクの運転資格を持つなど、ドライビングの腕前でも知られる。2021年1月に退職。