開発車両の公道テストに“目立つカムフラージュ”をなぜ使う?

2026.06.16 あの多田哲哉のクルマQ&A 多田 哲哉
【webCG】クルマを高く手軽に売りたいですか? 車一括査定サービスのおすすめランキングを紹介!

ごくたまに、派手なカムフラージュ柄で覆われた開発車両に公道で出くわすことがあります。かえって目立つのでは? という印象を受けますが、あえてそうする理由(期待感のあおり)や規則(法規上の決まり)でもあるのでしょうか?

実は、渦巻き模様のカムフラージュ柄を貼って一般道をテスト走行するという手法をトヨタ、ひいては国内の自動車メーカーに広めたのは、私が開発にたずさわったスポーツカー「86」なんです。このクルマの開発において、日本で初めて本格的に、あの渦巻き模様でクルマを包み公道を走らせるというテストの手法を一般化させました。

それ以前のテスト車両がどうしていたかというと、クルマのボディー形状が変わってしまうほど、詰め物で車体を膨らませていたんです。その上からプラスチックのパネルなどで覆って外観の形状が絶対に分からないようにしたうえで、試走を行っていました。

しかし、そんな大がかりな覆いを付けて走ると、空力のデータ(空気抵抗の値)がめちゃくちゃになってしまいます。初代の86は空力性能に非常に力を入れて開発していたため、こうした状態でドイツのアウトバーンなどを走らせても正確なデータが取れなくて「これではテストの意味がない」と強く感じていたんです。

だからといって、発表まで秘密であるべきデザインを完全に露出させた状態で走るわけにもいかない。どうしたものかと悩んでいたところ、社内に「人間の目をくらませて、正確な立体造形を分かりにくくする幾何学模様」を研究しているチームがあることを知りました。

しかも、ちょうどその模様の特許を申請している段階だと聞き、実際にそのカムフラージュ用のテープを見に行きました。試しに車両に使ってもらって眺めてみると、ボディーの表面に沿ってぴったりと貼られているにもかかわらず、その複雑な模様の錯視効果で空間がゆがんで見えるようになり、ボディーの微妙な凹凸やラインが本当に分からなくなるんです。「これならいける! これでテストをしよう」と決めました。

当初は「こんなもので走ったら形がバレてしまう、何を考えてるんだ!」とすごく怒られました。社内のあちらこちらからいろいろと文句を言われましたが、そうやってもめている間に、公道での試走に出してしまったんです(笑)。

当然、自動車雑誌などにたくさんスクープ写真を撮られました。しかし、公開された写真を見ても、意外と細かい形状までは分からない。それを見た社内の人たちも「バレないもんだな」と納得せざるを得なくなり、そのまま既成事実と化していきました。

ちょうど同じころ、ヨーロッパの自動車メーカーも同様の錯視によるカムフラージュを研究していたようで、ほぼ同時期に世界中のメーカーがこの手法を取り入れるようになっていきました。模様のデザイン自体は各社で異なりますが、考え方は一緒です。

“張りぼて”化せずに本来のデザインのままで公道テストできたほうが、開発にフィードバックできるデータの精度ははるかに高く、得られる恩恵は非常に大きい。「ボディーの外観が知られてしまう」という心配よりも、正確なデータが取れるメリットのほうが勝ったわけです。それに、スクープ写真として世に知られることで、「お、次は何が出るんだ?」という、これから出る新型車に対するユーザーの期待感を高めるプロモーション効果もあり、トータルで考えてプラスになるという判断が定着しました。今ではもう、これが世界の車両テストの当たり前の風景になっています。

このように、「カムフラージュ車両での公道テスト」は極めて合理的な理由から生まれたものです。現在ではさらに研究が進んでおり、ただ隠すだけではなく、そのブランドのイメージや個性を表現するようなカムフラージュ柄も登場しています。例えばGR(GAZOO Racing)の車両では、「GR」のロゴやイメージを落とし込んだ独自の幾何学模様を採用しています。「スープラ」の開発の際にもそれを使いました。

ちなみに、自動車メーカーのなかには、こうしたカムフラージュ柄のデザインだけを専門に研究・開発している、一般の方からみると非常に特殊な人たちもいます(笑)。「ただの白黒のヘンな模様」に見えて、デザインの隠蔽(いんぺい)のほかに空力性能の分析、ブランドのプロモーションなど役割は多い。非常に奥の深いものだといえるでしょう。

ですから、そうした模様のテスト車両を目撃したら、その裏に隠されている開発の意図や技術の歴史を感じながら見ていただくと、また面白いのではないかと思います。

→連載記事リスト「あの多田哲哉のクルマQ&A」

多田 哲哉

多田 哲哉

1957年生まれの自動車エンジニア。大学卒業後、コンピューターシステム開発のベンチャー企業を立ち上げた後、トヨタ自動車に入社(1987年)。ABSやWRカーのシャシー制御システム開発を経て、「bB」「パッソ」「ラクティス」の初代モデルなどを開発した。2011年には製品企画本部ZRチーフエンジニアに就任。富士重工業(現スバル)との共同開発でFRスポーツカー「86」を、BMWとの共同開発で「GRスープラ」を世に送り出した。トヨタ社内で最高ランクの運転資格を持つなど、ドライビングの腕前でも知られる。2021年1月に退職。