これからの車両開発に人間のテストドライバーは必要か?

2026.06.23 あの多田哲哉のクルマQ&A 多田 哲哉
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多田さんはたびたび、自動車の開発ではテストドライバーが大切だというお話をされています。一方で、AI技術の急速な進化は、車両開発のシーンでも同様に起きていると想像します。その点、AI時代になっても、最後の最後に人間(テストドライバー)が試作車に乗って評価する必要はあるのでしょうか? ご意見をお聞かせください。

AIがどうこうという以前に、シミュレーションの技術がどんどん発達してきて、今ではクルマをテストコースで走らせなくても、パソコンの画面の中で走らせる(=シミュレーションする)ことで、大半の実走行試験は代用できるようになっています。

つまり今どきのクルマは、最初の試作車をつくった段階ですでに、完成度はかなりのレベルに達しています。そこからテストドライバーが最終チェックを行い、万が一にも“抜け”がないかを確認したり、そのメーカー・ブランド特有のいわゆる“味わい”を引き出す微妙な調律(チューニング)を行ったり、といったことをやっています。

ところが、BYDのような新興メーカーは、もうそんな従来のやり方に頼らず、シミュレーションの精度を徹底的に上げることでクルマを開発しています。乗ればそのことがはっきりと分かります。それを「なんとなく無味乾燥でつまらない」と思うのは、私のような古い価値観の人間だけであって、逆に、そういうことにこだわってあれこれ言う人は、これからの時代は減っていくのでしょう。AIのことを語る前に、まずそういう流れがあります。

一方、AIの進化というのも確かにすさまじい。いわゆる名人ドライバーといわれた、例えばトヨタの成瀬 弘(ひろむ)さんのようなドライバーの運転操作や評価ポイントをAIにどんどん学習させていけば、先に述べたこれまでのシミュレーション技術に加えて、「メーカー独自の味わい」といった領域までテストドライバーの技量を学習したAIが実現していくようになるわけです。

ニュースでも話題になったので覚えている方も多いと思いますが、最新のAIは、人間と従来のコンピューターの演算では到底到達しなかったレベルに一瞬にして到達してしまうという話があります。プログラムのバグの発見や、セキュリティーの脆弱(ぜいじゃく)性を見つけるといった作業も、AIであれば瞬時にできてしまう時代になったのです。もう人間のレベルを超えたものが生まれているわけですから、クルマの味わいや最終チェックをするためのテストドライバーを超えるAIというのも、当然、近い将来出てきます。これはもうはっきりしています。

ですから、「テストドライバーが必要か不要か」という議論自体がナンセンスになってしまうかもしれない。そもそも、テストコース自体が要らなくなるのではないでしょうか? 今、自動車メーカー各社は、地球上のありとあらゆる環境をシミュレーションで再現し、そこを走るさまざまなドライバー(ものすごくうまいプロから初心者まで)の運転パターンをすべて取り込んだ「運転する人」の幅広いノウハウや動作を学習したAIモデルを一生懸命つくっているはずです。

その解析のレベルが上がってきて、実際にテストコースを走らせるという、お金も時間もかかるプロセスそのものを持たなくても成立する自動車メーカーが出てくれば、そちらのほうがはるかに低コストで、速くクルマをつくることができるようになる。ひょっとすると、より優れた製品に仕上げられるかもしれない。そうなると、もう既存のメーカーは太刀打ちできません。「いやいや、最後は名人がチェックしなきゃダメだ」といった昔の価値観にこだわっていると、業界での生き残りは難しくなります。

大規模なテストコースを維持するくらいなら、でっかいデータ処理センターをつくり、ガンガン発電するソーラーパネルでも並べて、クリーンなエネルギーで解析をしたほうがいい……という例えは極端かもしれませんが、そんな時代もすぐそこまで迫っています。これは良し悪しの問題ではなく、生活環境や技術に関する“時代の流れ”だと思います。

昔の価値観における自動車メーカーの“切り札”は、「エンジンルームの設計の難しさ」と「名人テストドライバーの育成の難しさ」に対するノウハウがあるということでした。そのため、新規の参入障壁が非常に高く、そう簡単に新しいメーカーが生まれず、既存メーカーは既得権益を守ることができていました。

しかし、エンジンルームの設計はEVになれば不要ですし、テストドライバーのような技能も、次世代のAIが出てくれば人間の名人を凌駕(りょうが)するものができるわけですから、要らなくなる。そうなれば、新興メーカーでもどんどんクルマをつくれる時代になります。

私としては、「それでもテストドライバーは大事」と言いたいところなのですが、現実にはそうでもない。これはいろいろな反論や議論が山ほど出てくる話題だと思います。「名人芸にはかなわない」と言いたい人はたくさんいるでしょうし、私も本当はそうであってほしいと願っています。しかし、最近の技術を見ていると、残念ながら、それを超えるものがもう出てきてしまっているという現実を認めざるを得ません。

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多田 哲哉

多田 哲哉

1957年生まれの自動車エンジニア。大学卒業後、コンピューターシステム開発のベンチャー企業を立ち上げた後、トヨタ自動車に入社(1987年)。ABSやWRカーのシャシー制御システム開発を経て、「bB」「パッソ」「ラクティス」の初代モデルなどを開発した。2011年には製品企画本部ZRチーフエンジニアに就任。富士重工業(現スバル)との共同開発でFRスポーツカー「86」を、BMWとの共同開発で「GRスープラ」を世に送り出した。トヨタ社内で最高ランクの運転資格を持つなど、ドライビングの腕前でも知られる。2021年1月に退職。